いかにしてクイズは作られたか(4)
2023年12月17日に、企画『Rotten Ritual』を開催した。本記事では、出題したクイズの一部を振り返りながら着想元や作問の経緯などについて記述したい。
解説
Q. 消化管に存在する人名を冠した神経叢で、粘膜下にあるものはマイスネル神経叢といいますが、筋層間にあるものは何という?
A. アウエルバッハ神経叢 [Auerbach’s plexus]
山科正平『カラー図解 新しい人体の教科書 上』で学んだものである。
この本が発行されたのは2017年なので、6年ほど前から着想はあったのだが、当時は解剖生理学の知識もなく、適切に情報を整理して成文化することができなかった。最近あらためて消化管などの勉強をする中で知識を深めることができ、上記のような問題文でまとめることができた。
クイズ界では生理学や神経学に関する問題が量・質ともに乏しいのではないだろうか。専門家が積極的に作問・出題を行うことで知識を広めていってほしいと思う。
Q. 1990年に認知科学者のスティーブン・ハルナッドが指摘した、AIは言葉の意味を理解しておらず、記号を実世界での意味に結びつけられないのではないかという問題を何という?
A. シンボルグラウンディング問題【記号接地問題】
昨今はAIの発展が著しく、時事の意味でも何かしらAI関連のクイズを作りたいところであった。以前「ハルシネーション」という問題を出した際は、正解率は30%台であった。この分野のクイズはちょうどよい難易度になりやすい印象がある。
本問については、『Newton』でChatGPTに関する特集があり、その中でシンボルグラウンディング問題について紹介されていたのが発端である。
当日の正解率は18%だった。ほどよく差がつく問題だったと言えよう。
クイズでもシンボルグラウンディング問題が起きているのではないかとしばしば感じる。すなわち、辞書的な意味や断片的な情報を記憶してはいるが、それがどのようなものであるか本質的には理解できていないという懸念である。たとえば本問は「スティーブン・ハルナッドが指摘した」という情報だけで正解を導くことができるが、そうして正解した人が「シンボルグラウンディング問題とはどのような問題か」を正しく理解しているとは限らない。
断片的な知識だけで勝負になるのがクイズの良いところであり、悪いところでもあると思う。
Q. 軍神アレスの策略により家族を殺してしまい、その灰が全身に纏わりついて肌が白くなったことで「スパルタの亡霊」と呼ばれている、ゲーム『ゴッド・オブ・ウォー』シリーズの主人公は誰?
A. クレイトス
出題ジャンルのバランスを調整するため、とりあえずゲーム関連のクイズを作ろうと思っていたところで、以前から温めていたネタを形にした。
実を言うと、私がクレイトスというキャラクターを知ったのは『ゴッド・オブ・ウォー』ではなく、2010年のゲーム『Mortal Kombat』である。『モータル・コンバット』シリーズは度々他作品からゲストが登場するが、彼も同作にゲスト出演した1人だった。
アメリカでは非常に高い人気と知名度を誇るキャラクター(参考:1, 2)だが、日本ではほとんど知られていないようである。そこで、この企画で出題することでクイズ的な面での知名度を調べてみようと考えた。当日正解率は28%で、概ね予想通りといったところか。逆に参加者がどのようにして知ったのかを教えてもらいたい。
問題文のまとめ方には結構苦労した。検索すれば色々な情報が得られるものの、どのように取捨して一文にするかが意外と難しかった。自分は漫画やゲーム関係のクイズを作るときに成文化に難儀しやすいように思う。
Q. パンサラッサ海の広域で起こった大規模な火山活動が原因とされており、深海底での無酸素化によってアンモナイトやコノドントの絶滅が起こった一方、陸上では哺乳類の出現や恐竜の多様化を導いた、三畳紀後期に約200万年にわたって長雨が続いた現象を何という?
A. カーニアン多雨事象 [Carnian pluvial episode]
尾上哲治『大量絶滅はなぜ起きるのか 生命を脅かす地球の異変』(講談社、2023)を読んで得た知識である。
本書では脚注に短い説明があるのみだったので、より詳細に調べるにあたって東京大学のプレスリリースを大いに参考にした。
三畳紀は前期、中期、後期に分けられ、さらに前期はインドゥアンとオレネキアン、中期はアニシアンとラディニアン、そして後期はカーニアン、ノーリアン、レーティアンという時代に分けられる。カーニアンは今から約2億3700万年前〜2億2700万年前の期間である。
余談だが、本企画を行ったのは競走馬のパンサラッサが引退を発表した直後だったので、問題文の出だしで競馬問題かと思った人もいたのではないだろうか。たまたま次に出題されたのが種牡馬のトウルヌソルを訊く問題だったので、プライミング効果が起きたかもしれない(笑)。
Q. Avicii の『Waiting For Love』では「Thank the stars」、JITTERIN' JINN の『にちようび』では「電話でごまかす」、ロシア民謡の『一週間』では「糸巻きもせず」と歌われているのは、いずれも何曜日?
A. 金曜日
Aviciiの音楽が好きなので、以前から彼の曲に関したクイズを作りたいと思っていた。『Waiting For Love』には一週間の流れが描かれている。過去のクイズでロシア民謡『一週間』の歌詞から曜日を問う問題があったことを思い起こし、共通点を組み合わせて作問しようと考えた。
ヒントが2つだけでは物足りないと感じ、3つ目の曲を探すことにした。2つは海外の曲なので、邦楽でちょうどいい曲を探すことにしたのだが、私は邦楽にあまり詳しくないため、自身の音楽知識では適切な曲が浮かばなかった。そこで「歌詞 一週間 邦楽」といったワードで調べてみると、知恵袋など様々なページが引っかかった。なかなか理想的な曲が見つからなかったが、下の記事でJITTERIN' JINN の『にちようび』が紹介されているのを見つけ、アーティストの知名度も高いことからヒントとして十分だと思った。私はこの曲を聴いたことがなかったのだが、オリコンチャートで1位を獲得しており、JITTERIN' JINNで最も有名な曲の1つである。
一週間の流れを歌った曲が世界中にあるというのは、文化的な共通性を感じて興味深いと思った。
Q. 10の20乗eVを超えるような高エネルギーの宇宙線は、宇宙マイクロ波背景放射との相互作用によってエネルギーを失うため、地球へ到来するものが減少するという予想を、1966年に提唱した3人の研究者の名前の頭文字から何という?
A. GZKカットオフ(GZK限界)[Greisen–Zatsepin–Kuzmin cutoff/limit]
eVは電子ボルトのことで、エネルギーの単位である。また「宇宙マイクロ波背景放射」という言葉が何の説明もなく現れているが、これは宇宙の全方向からやってくる初期宇宙由来の光子で、ビッグバンがあったことの証拠とされている。宇宙マイクロ波背景放射はそれ自体がクイズの答えになるようなワードであり、本問は発展的な内容だと言える。
作問のきっかけは「アマテラス粒子」が発見されたというニュースである。
これについて作問するために原著論文を読んでみたところ、イントロダクションでGZKカットオフという用語を見つけた。
GZKカットオフについて調べてみたところ、天文学辞典やWikipediaにも記事があり、日本語での情報収集が比較的容易であったため、まずはこちらについて作問した。
一方で、論文中には「アマテラス粒子」という言葉は出てこず、この言葉は一部のプレスリリースで使われているのみであった。マスメディアではもっぱら「アマテラス粒子」の名で報道しているが、一般的な呼び名ではないのではなのかと訝しく思い、出題を控えることにした。
この例では、ある事柄の出典を確認することで副産物的なクイズが作れたわけだが、このような芋づる式の作問は体系的な知識が身につきやすいし、作問効率も高くなる。
一方で、「ある事柄をクイズにするとき、何をもってそれが一般的であるか(または一般的な呼称であるか)を判断すればよいのか」という疑問が生まれた。たとえば私が「全国規模のクイズ大会で10回以上優勝し、問題集を5冊以上出版している人物を『知識大魔王』と命名します」と宣言したとしても、それは現在は一般的な呼称ではないだろう。ではどの段階まで行けば一般的といえるだろうか。公的機関が認めたときか、あるいは特定の地域・集団で一定の割合以上の人がそれを認識できるようになったときか。
いずれにせよ、作問者はしっかりと一次情報を確認し、取り上げる対象の本質を見極めた上でクイズを作成することを心がけてほしいと思う。
Q. 今年9月にはアメリカの番組『アメリカズ・ゴット・タレント』で決勝進出を果たした、制服姿におかっぱの髪型という出で立ちが特徴的である、振付師のakaneがプロデュースするダンスグループは何?
A. アバンギャルディ
問題文に「今年」とあるが、2023年のことである。
私はダンスグループに特に関心があるわけではないのだが、ミュージックビデオなどを見ていると気になるダンサーを発見することがある。たとえば、下はDon DiabloのMVに出ていたEL SQUADというグループである(ダンスユニット「WRECKING CREW ORCHESTRA」の内部グループ)。
アバンギャルディはSteve Aokiのライブを眺めていたときに見つけた。
ここまで外見を統一しているのは珍しいのではないだろうか。
America’s Got Talent決勝の動画はこちら。
決勝には他に日本から、新潟出身のダンスグループ「Chibi Unity」が進出した。
優勝したのはドッグトレーナーのAdrian Stoica & Hurricaneであった。
現在のクイズ界では、海外のエンターテインメントに関するクイズは映画や音楽などは多いものの、全体的なバランスは日本国内のそれに比べると物足りなく感じる。英語など複数の言語での情報収集能力を身につけて、グローバルな着眼点をもったクイズを提供することで、プレイヤーの知識の幅を広げることができるだろう。
以上で振り返りを終えたい。
最近は文章を書くことの難しさを実感することが多くなった。昔はいい加減な文章でもあまり気にせず投稿していたし、高校や大学のレポートでは文章についてのフィードバックがもらえるわけではなかった。しかし近年はnote記事や論文を書いたりする中で、論理的な文を組み立て、適切な単語選びをする必要性を強く感じている。クイズという行為は文を通じてコミュニケーションを行う能力が必須である。『みんはや』のフリーマッチでは稚拙な問題文もよく見かけるが、出題者は文章力を磨き、洗練されたクイズを作ることを意識してほしいと思う。
とはいえ、最近はAIのおかげで文章作成もだいぶ楽になった。これからもChatGPTの助けをそれなりに借りつつ、自分のクイズ観を共有していきたい。
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