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ジョー・力一になりたい

人生を記録したフィルムがあるとしよう。
それにグサッと釘を刺すようなイメージ。


それくらい強い影響を受けた人物が、過去数人いる。
いい意味でも、悪い意味でもね。


その中の何人かは「憧れ」という意味での影響で、画家や小説家やミュージシャンがほとんど。

私は、憧れや好きの気持ちが強いほど「その人になりたい!」と思ってしまう。
その人の言葉を吸収し、好きなものを調べ、発想のルーツを追い、ファッションを真似、仕草や口調まで研究する。

今の私のほとんどは、過去に憧れた人たちから吸収したものでできている。



”憧れの継ぎ接ぎ”の結果が、今の私だ。



大人になると、恋愛でも何でも”感情の熱量”ってのは下がるもんで、ここ数年はそういう「この人になりたい!」ってほど憧れる人に出会わなくなった。

まぁ、特に寂しくもない。
そんなもんだろうと思っていた。


ところが約2年前、私はまた”そういう人”に出くわした。

VTuberのジョー・力一さん。
作家やミュージシャンばっかりだったところに、突然のピエロである。



力一さんを知ったのは、ちょうど仕事で独立してやって行こうと決めた時期だった。
思い返すと、絶妙なタイミングだったと思う。

なんだろう、最初はどこでどうやってたどり着いたのか全く覚えてない。
ただ、しばらく見ていくうちに「あれ?この人あたしと似たようなところで似たようなものを見てきた人だな」と思って興味を持った。


興味を持つと気が済むまで調べ尽くす性質があるので、丸1日かけて力一さんを調べまくった。
調べ終えた頃には、少なくとも「ファン」にはなってたな。

全てが「気づいたら」で進んで行った。
気づいたらずっと見てるし、気づいたら一番興味がある人だったし、気づいたら「この人になりたい」と思ってた。


自分が「この人になりたい」って思ってるって自覚した時、わりと衝撃を受けたっけ。

もう一生そんな感情は湧かない気がしてたから。
でもまぁ、思っちゃったら止められない。



多分、一番惹かれたのは力一さんの「ストーリー性」の部分なんだと思う。

話してるその言葉の奥に、ものすごく緻密にずっと積み重ねられてきたであろう努力や知性や才能、それ故の苦悩が見えて、しかもそれがここで報われつつあるという、そのストーリー性。

そこに強く惹かれて、憧れたんだろう。


それに、なぜか見てると「やっぱそういうことだよな、人生って」ていう確認ができる気がする。

「自分の生き方も、それほど間違ってなかったよな」て思える。




そう。
勤め人としてやってる時は、それなりにやりこなせてれば金になってた。
でも、独立して自分で仕事やっていくってなると、急に世の中から「さあ、お前は何者なんだ」と問われる。

「あれもできる、これもできるって、そんなの他にも沢山いるよ。で、お前じゃなきゃダメな理由はなんだ」

それに答えられないと、仕事が来ない。



─なんでも出来るは、なんにも無いのと同じ─



器用さだけではどうにもならなくなった。

私は、大人になる過程で「個性」よりも「普通になる」ことを選んだ側の人間だ。
自分の個性を殺し、好きなものを捨てて世間に馴染むことにシフトした時期がある。

それを大いに悔やんだ。




─なんであのとき諦めたんだ。

人からなんて言われようと続けてればよかった。
好きな物にのめり込んどけばよかった。

それが、あたしの宝物になっただろうに。─


そう後悔し始めたとき、力一さんに出会った。
今思い返すと本当にラッキーだった。

なるべきだったはずの「好きなものを捨てなかった自分」が見えた気がしたし、「まだ取り戻せるのかも知れない」とも思えたから。




推しの力というのは凄いもので、長年捨ててきた「絵を描く」ということもまた始めた。

自己顕示欲のためには描けなくなってるけど、推しのためなら描けるんだ。


ibisPaintで力一さんを描いて「生まれて初めて、デジタルで絵を描きました!」てツイートした。

「もうすぐ力ちゃんのお誕生日だから、久しぶりに油絵でも描こうかなっ」て、押し入れの奥から絵の具を出してきて、いそいそ準備を進めてる自分がいた。

描き始めたら、楽しくておどろいた。
油絵なんか、もう描くことないと思ってた。


もう何年も日々ただ生きるための事だけ考えていたけど、最近はラジオに投稿するネタを考える時間ができた。
普段使う頭と全然違うところを使う作業だ。

面白いと思うことを絞り出して、それを力一さんに選んでもらう。
力一さんが笑ってくれると、何よりも嬉しい。


過去や日常から面白いことを探して、それを面白く仕立てる作業が習慣化されてきた。

そうしてるうちに「昔あたし、こんなことばっかり考えてたっけな」て、やっと思い出してきてる。


ほんと、なんで捨てようとしたんだろう。
思い出せてよかった。
 



人生の中に「この人がいるから生きていよう」と思える人がいるのはすごく大事なことで、その人が自分の隣にいなくても、見える場所にいてくれるのはとても幸せだ。

”夢”とまでは言わないけど、この先に行きたい場所ができるのは楽しい。


とにかく私は今、力一さんになりたい。


※2021年10月2日に書いた文章です。

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