レス・ザン・ゼロ〜青春文学と映画に衝撃を与えたカジュアル・ニヒリズムの極致
『レス・ザン・ゼロ』(LESS THAN ZERO/1987年)
1980年代後半。日本でもちょっとした話題になった、アメリカ発の新しい文学の動きがあった。
それは「ニュー・ロスト・ジェネレーション(あらかじめ失われた世代)」と呼ばれ、新しい感覚を持った書き手たちが、続々と衝撃的な小説を発表するようになった。この動向は当時、トラベル作家の故・駒沢敏器さんが編集者で参加していた頃の雑誌『Switch』が積極的に紹介していた。
アメリカには1920年〜30年代に「ロスト・ジェネレーション(失われた世代/迷える世代)」と称された作家たち(フィッツジェラルドやヘミングウェイなど)がいて、まさにその再構築的なムーヴメントだったわけだ。
ジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』は、NYを舞台にした20代のための甘い生活を描いた救済物語だったが、今回紹介するブレット・イーストン・エリスの『レス・ザン・ゼロ』は、LAを舞台にした10代のための“カジュアル・ニヒリズム”の金字塔的作品。
1985年に刊行(日本訳版は1988年)されてベストセラーになった本作は、語り手の18歳のクレイが東部の大学からクリスマス休暇で、故郷のLAに戻って来るところから始まる。
書き出しの「ロスのフリーウェイって合流するのが怖いよね」という恋人ブレアの台詞から、この物語が何かとてつもない力を秘めている、そんな予感がしたことを覚えている。
登場人物の多くがハリウッド映画界の重役の子弟たちで、みんなプール付きの豪邸に住んでいたり、高級車を乗り回しているようなリッチに環境にいる。
主人公のクレイは、恋人ブレアや親友ジュリアンらとその場限りのような空虚な会話を交わしながら、パーティ、ドラッグ、音楽、セックス、クラブ、レストラン、ビーチといった行動や場所を延々とループ(繰り返す)。
そこには、若さの特権とも言える前向きな姿勢や欲望など一切ない。あるのは金と時間だけだ。
多発する犯罪や売春といったLAの汚れた光景や、冷め切った関係の両親や妹たちのせいか、クレイは女の子たちを見ると、“あいつも売りに出ているのか”と思わずにはいられない。
そして、仲間たちの最悪の事態を期待している自分もいたりする。恋愛にも深入りしない。好きにならなきゃ、苦しまなくてすむ。嫌な思いなんかしたくない。
その反面、高校時代のことや祖父母との想い出は、純粋すぎるほど大切に回想もできる。そんな現実と過去を行ったり来たりしながら、クレイは何も答えを出さず、ただ刹那の日々を続ける。そんな束の間の休暇を過ごしたのち、東部の大学生活に戻るためにLAから去って行く。
淡々とぼんやりと描写されていくだけの物語が「MTV文体」と言われた。エリス曰く「高校時代の同級生たちの生活をただスケッチしたかっただけ」なので、恐ろしいほどのリアリティがあり、例えば東京・山の手のリッチな青春ともシンクロしていた。
登場人物たちは何か大切なものが自分たちに欠けているという自覚さえ持っていない。“ゼロにも満たない”というタイトルは、エルヴィス・コステロの同名曲から付けられた。クレイの部屋にはコステロのポスターが貼ってあった。
映画版『レス・ザン・ゼロ』(LESS THAN ZERO/1987年)は、日本では1989年4月に公開された(アメリカは1987年11月)。“退屈な人生にさようなら”というチラシのコピーも印象的だったが、その内容は小説のごく一部にスポットをあてたもの。
親友ジュリアン(ロバート・ダウニー・Jr.)が、クレイ(アンドリュー・マッカーシー)がいない間にブレア(ジャミー・ガーツ)と出来ていたり、ドラッグ中毒でリップ(ジェームズ・スペイダー)から多額の借金があり、返済するために男娼として身体を売る羽目になるという、こちらも衝撃的なストーリーだった。
小説には無数のロックやポップ音楽が登場するが、映画のサウンドトラック盤も痺れる選曲。
エアロスミス、ポイズン(キッスのカバー)、スレイヤー(アイアン・バタフライのカバー)などのハードロック勢から、LLクールJやパブリック・エナミーなどのヒップホップ勢。そしてジョーン・ジェットやバングルズ(サイモン&ガーファンクルのカバー)、未収録だが、映画ではジミ・ヘンドリックスの「Fire」もクラブのシーンで使われている。
中でも、エンディングで流れていたロイ・オービソンの「Life Fade Away」は、この映画を観てきた者の心を、最後になって静かに優しく包み込んでくれる名曲だった。全編に流れるトーマス・ニューマンのスコア音楽も素晴らしい(こちらは2016年に奇跡的リリースされたが、現在は入手困難な模様/上記画像)。
文/中野充浩
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