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コーヒー&シガレッツ〜同じテーブルで対話するイギー・ポップとトム・ウェイツの奇跡

『コーヒー&シガレッツ』(Coffee and Cigarettes/2003年)

ジム・ジャームッシュの映画作りは、一貫してキャスティングから始めることは有名だ。まず完成した脚本があって、それから打診するのが一般的な進め方だが、彼はそうしない。

気楽に作りたかった。僕が出てほしいと思った人たちにまずは声をかけてみる。承諾してくれたら脚本を書いて撮影するって感じだね。役者の組み合わせを考えるのがとにかく楽しいんだ。イギー・ポップとトム・ウェイツ、ビル・マーレイにはGZAとRZAとか。(ジム・ジャームッシュ)

『コーヒー&シガレッツ』パンフレット、DVD特典映像より

その独特とも言える、役者が持つイメージや雰囲気を活かした映画作りは、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』とジョン・ルーリー、『ダウン・バイ・ロー』とロベルト・ベニーニあるいはトム・ウェイツ、『ミステリー・トレイン』とジョー・ストラマー、『デッドマン』とジョニー・デップなどに反映され、妙なクセがありつつも、愛すべき作品を次々と生み出してきた。

『コーヒー&シガレッツ』(Coffee and Cigarettes/2003年)は、そういった意味で最もジャームッシュ流儀を貫いた作品かもしれない。

11本のエピソードが並べられたこの映画には、ハリウッド俳優、ミュージシャン、ラッパー、コメディアン、謎の美女まで様々な役者が登場する。しかもほとんどは本人役で、演じているのか、そのままなのかも分からない点がまた面白い。

コーヒーと煙草を口にしながら会話するだけのシンプルな構成。ドラマチックさとは無縁な日常の場面を描いただけの11本。しかし、観終わった後に訪れるこの至福感は一体何なのだろう。

日本公開時の映画チラシ

もともとは1986年に、人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』から1本の短編を依頼されたのが始まりだった。

それが最初のエピソード「変な出会い」で、ロベルト・ベニーニとスティーヴン・ライトが登場。歯医者に行くのが面倒臭い男が、暇な男に頼んで代わりに行ってもらうというオチ。

2本目の「双子」は1989年撮影。スパイク・リーの弟ジョイと妹サンキーがどうでもいい話をしているところに、スティーヴ・ブシェミが絡んできてエルヴィスの伝説話を持ち出すが、黒人の二人にはさらにどうでもいい話。

1992年撮影の3本目「カリフォルニアのどこかで」は、イギー・ポップとトム・ウェイツという、ロックファンにはたまらない二人の曲者が同じテーブルで対話する奇跡。

店のジュークボックスに「お前の曲は入ってない」といきなりかましてくるイギーだが、後で一人になったトムがそれを確かめていると「あいつの曲もねえじゃねえか」と呟く。店で流れているのがずっとハワイアン音楽というのも絶妙で、このエピソードは、1993年のカンヌ映画祭短編映画部門のグランプリを獲得した。

登場人物と場所を考えてBGMを選曲するのも楽しみの一つなんだ。イギーとトムの場面にはなぜかハワイアンが合ったんだよ。(ジム・ジャームッシュ)

『コーヒー&シガレッツ』パンフレット、DVD特典映像より

そのすぐ後に撮られたのが、5本目の「ルネ」と6本目の「問題なし」。前者は傑作で、プロフィールも何もない謎の美女ルネ・フレンチが店で一人でくつろいでいると、店員のE.J.ロドリゲスがコーヒーを頻繁に注ぎに来てナンパしようとする。

ルネはコーヒーの色や温度に拘っているので、その度にカップを手で覆う。読んでいるのはその美貌からしてファッション雑誌かと思いきや、実は銃マニア向けの通販雑誌だ。

なお、4本目の「それは命取り」と7本目以降の「いとこ同士」「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」「いとこ同士?」「幻覚」「シャンパン」は、2003年に撮影。

中でも7本目の「いとこ同士」は、あの美人女優ケイト・ブランシェットが一人二役(映画スターで品のある本人と無名で柄の悪い親戚という対照的な役)をこなす。

舞台は高級ホテルのラウンジなのでもちろん禁煙だが、スターと一緒にいれば何をやっても許されることが分かるオチ。ジャームッシュ映画とは距離感がある、メジャーなキャスティングが新鮮。

8本目の「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」は、その名の通りホワイト・ストライプスの二人が登場。バックにはストゥージズが流れている。

テスラコイルというマニアックな装置を購入したジャックが、自慢げに店で実験するというハチャメチャな行動に出るが、実は全く興味なさそうにしていたメグの方が、ジャックよりもテスラコイルに詳しい。

10本目の「幻覚」では、ウータン・クランのGZAとRZAが登場。音楽と医学の関係について話す二人(イギーとトムのエピソードでも触れられる)は、健康のために紅茶を飲んでいるが、そこになぜか店のウェイターとして働いている映画スターのビル・マーレイが、コーヒーを注ぎに絡んでくる。

ビルに依頼した時、彼は内容のことをまったく聞かずに、どれくらいの時間が掛かるだけを気にしていた。僕が1日だって言ったら、彼は半日にしてくれないかって(笑)。で、撮影前夜に時間と場所だけを教えてくれって言うから、半信半疑で留守電に残したら、次の日に本当に来たからビックリしたよ。(ジム・ジャームッシュ)

『コーヒー&シガレッツ』パンフレット、DVD特典映像より

最後のエピソードは「シャンパン」で、名優テイラー・ミードとビル・ライスの老コンビによる、詩的で味わい深い演技が感動的。ビルの清掃員として働き、薄暗い地下室で、紙コップに注がれたコーヒーを休憩時間に傾ける二人。煙草の煙がゆっくりと舞う。

「このコーヒーをシャンパンと思おうじゃないか」
「何でだよ?」
「人生を祝うんだ」

“悲くして美しい世界”で、映画『コーヒー&シガレッツ』は締めくくられる。

文/中野充浩

参考/『コーヒー&シガレッツ』パンフレット、DVD特典映像

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