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ビッグ・ウェンズデー〜人生で大切なものを失ったことがある人たちへ

『ビッグ・ウェンズデー』(Big Wednesday/1978年)

生きていれば誰もに十代という日々があるように、生きていれば誰もが年を重ねながら、その意味を少しずつ知っていく。何か大切なものを失いながら。避けがたい何かと直面しながら。それでも人は耐え、現実と向き合って懸命に生きていこうとする。

『ビッグ・ウェンズデー』(Big Wednesday/1978年)は、そんなことを教えてくれる素晴らしい映画だった。

青春から人生へ。そして世代から個人へ。出逢いと別れを織り交ぜながら、一貫した友情を支えにイノセンスと美学を保とうとする登場人物たちに、静かに心打たれる。これは間違ってもそのへんにあるサーフィン映画ではない。

監督/脚本のジョン・ミリアスにとって、この映画を作ることは長年の夢だった。

自分が書いた脚本を、勝手に変更する心ない連中から守るために監督業を始めたという彼は、サーフィンに情熱を捧げる青春ストーリーのアイデアを10年近くも温め続けた。

それは自分自身の物語であり、友人たちの物語だった。『ビッグ・ウェンズデー』で描かれる出来事は、実話なのだ。

主演した3人の俳優=ジャン・マイケル・ヴィンセントとウィリアム・カットとゲイリー・ビジーは、子供の頃からサーフィンをしていたし、サーフィンのシーンで登場するジェリー・ロペスら現役プロサーファーたちは、プロ大会の出場を断念してまで撮影に取り組んだ。映画が素晴らしい出来栄えになることを知っていたからだろう。

日本公開時の映画チラシ

1962年、夏。

西海岸カリフォルニア。とあるビーチのポイントでサーフィンに明け暮れる3人の若者たち。マット(ジャン・マイケル・ヴィンセント)、ジャック(ウィリアム・カット)、リロイ(ゲイリー・ビジー)。

地元では有名な彼らは、パーティや馬鹿騒ぎには必要不可欠な存在。“今ここにいること”がすべてのように、ひと夏の青春とロマンスは綴られる。十数年に一度だけ訪れる伝説の波。何もかも押し流す壮絶な波、ビッグ・ウェンズデーを待ちわびながら。

この章で聴こえて来るのは、リトル・エヴァの「Locomotion」やシュレルズの「Will You Love Me Tomorrow」といった快適なガールポップ・ナンバーばかり(両曲ともジェリー・ゴフィン&キャロル・キングの作詞作曲)。英国のビートルズが登場する前夜だった。

1965年、秋。

そんな彼らにも、いよいよベトナム戦争の招集令状が届き始める。周囲の仲間たちが何とか徴兵を逃れようと奮闘する中、生真面目なジャックだけは自ら志願した。

1968年、冬。

移動する者。家庭を築く者。仲間の戦死……周囲の状況だけでなく、時代の雰囲気や価値観もすっかり変わり果てている。

昔の行きつけのダイナーは、今やインド音楽とお香が漂うヒッピーのたまり場となり、マットも過去のサーファーとしてすっかり忘れ去られていた。そして、ベトナムから生還したジャックとの3年ぶりの再会。

亡くなった仲間の墓の前で、三人は戦争について語り合う。「どんな思いだった?」という問いに、「怖かったよ」と一言だけ答えるジャック。愛し合った3年前の恋人は、すでに誰かの妻となっていた。

1974年、春。

遂にその時が来る。ビッグ・ウェンズデー。友たちの消息も分からぬまま、一人でボード片手に馴染みのポイントへ向かうマット。しかし、そこにはジャックとリロイが待っていた……。

こうしてストーリーを記したのには理由がある。

とにかくこの映画には、左胸を直撃されてしまうシーンが満載だ。中でも3人の波乗りの大先輩であり、親父的存在であるベアー(サム・メルヴィル)。

酒に溺れてクズのような日々を送るマットに、成功した自分のサーフショップで、好きなボードを持って行けという第2章のシーン。

自己嫌悪に陥り弱音を吐くだけのマット。店にはサーファーとしてのマットを慕う子供たちで溢れていて視線が集まっている。そんな中、ベアーはこう言うのだ。

人生は何もかもうまくいったりなんかしない。
お前がどう思おうと、あのガキどもはお前のことを崇拝しているんだ。

これだけじゃない。修復不能と思えた友情の橋渡しはするわ、一転して落ちぶれてホームレスになっても、マットのためにサーフボードを作るわ、とにかく泣かせる男なのだ。そして、マットも伝説の波に挑む前、泣ける台詞を吐く。

あれはベアーの波だ

さらに一番秀逸なのは、ビッグ・ウェンスデーに打たれた自分のサーフボードを、「最高のライドでした」と賞賛して見つけてくれた若者に差し出すシーン。

またこんな日が来たら乗ればいい

ベアーからマットへ。そして自分を慕ってくれた新しい若者へ。一度はこんな世界に生きてみたいと思うはず。紛れもなく、超一級の青春映画だ。

ベアー(BEAR)のサーフボード。映画では物語設定としての架空のものだったが、1986年に実際のブランドして蘇った。この有名なロゴなら見かけたことがある人は多いだろう。

映画のオープニング。スコアはベイジル・ポールドゥリスによるもの。ここだけに限らず、全編に渡ってこのようなストリングス音楽が流れ、各シーンを感動的に仕上げていることにも注目してほしい。

長い間サウンドトラック化されていなかったが、見事、限定生産で蘇った奇跡。ベイジル・ポールドゥリスのスコアが完全収録されている。

Jan-Michael Vincent 1945-2019

文/中野充浩

参考/『ビッグ・ウェンズデー』パンフレット

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