ライトスタッフ〜荒野の大空で宇宙を垣間見た孤高のパイロット
『ライトスタッフ』(The Right Stuff/1983年)
宇宙がまだ見ぬ未知の光景だった頃。1957年10月、ソ連は遂に人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。これを機に宇宙開発の幕が切って落とされた。そしてその一ヶ月後には、ソ連は早くも犬を乗せて2号を打ち上げ。
この立て続けの事態に一番衝撃を受けたのは、言うまでもなくソ連と冷戦状態にあったアメリカだった。
“鉄のカーテン”の中の出来事を現実として受け入れざるを得なかったアメリカは、本格的な宇宙開発に取り組むべく、1958年10月にNASAを設置。翌年には宇宙飛行に相応しい人材探しを始める。
こうして、カプセルに人間を入れて宇宙に打ち上げるという、有人衛星計画「マーキュリー計画」が発表された。
「宇宙を制する者が世界を制す」
これは軍事的レベルのプライドだ。ソ連にこのまま先を越されてはたまらない。アメリカは躍起になって計画を進めた。
飛行の候補に上がったのは、アクロバット芸人やサーファーなど、超越した体力の持ち主。冗談のようだが本当の話だ。最も適していたとされる空軍のテストパイロットたちは、「無謀」「反抗的」という理由で当初は敬遠されていた。
だが、そんな綺麗ごとなど言ってられない。結局、「マーキュリー計画」には奇妙な適性検査や過酷な訓練を経て、テストパイロットたちを含むプロの先鋭たちが選出された。
アラン・シェパード(海軍)、ガス・グリソム(空軍)、ジョン・グレン(海兵隊)、ドナルド・スレイトン(空軍)、スコット・カーペンター(海軍)、ウォルター・シラー(海軍)、ゴードン・クーパー(空軍)ら、アメリカ初の7人の宇宙飛行士たちが誕生したのだ。
1961年1月、ケネディ新大統領が就任。“偉大なるアメリカの創造”が早急に求められていた時期。7人にはTVや新聞の報道の影響もあり、国民的ヒーローとして過剰な期待が寄せられる。
一方で、肝心のロケット自体の発射は爆発続き。不安な状況の中、7人は「実験室のネズミ、チンパンジー」と揶揄されながらも、“従順なるクルーカットのロボット”から脱却する。
1961年5月、ソ連のガガーリンに続き、アメリカのアラン・シェパードが宇宙に旅立つ。アランは国家的英雄に祭り上げられ、パレードや表彰、ホワイトハウスでの会食に招かれた。
だが、ゴードン・クーパーによれば、偉大な開拓者は別の場所にいるという。その名はチャック・イェーガー。彼こそ自分が憧れる真のパイロットなのだと。「マーキュリー計画」は、そんなゴードンの1963年5月の飛行で終了。宇宙開発は第2章へ突入していく……。
『ライトスタッフ』(The Right Stuff/1983年)は、1979年にニュージャーナリズムの旗手である作家トム・ウルフが、「ローリング・ストーン」誌で6年間連載された原稿をもとに発表した同名ベストセラーの映画化。
“体制に従順”な宇宙飛行士たちのイメージからかけ離れた、“個性溢れる”真実を描いて大きな話題となった作品。
物語は、空軍のテストパイロットとして身を貫く“無名”のチャック・イェーガーと、7人の“有名”な宇宙飛行士の対比を通じて、人間としての尊厳、苦悩する妻たちの姿、失敗する者の悲哀、時代の移り変わり、フロンティア・スピリットなどを追う。
中でもイェーガーの存在は印象的だ。特にオープニングシーンが素晴らしい。
空軍のテストパイロットであるイェーガーは、1947年に前人未到の音速の壁(サウンド・バリア)を破る。
それから、記録の更新という孤独な世界に生きる彼は、当然「マーキュリー計画」の最有力候補だったが、大卒でないなどという理由から対象外にされてしまう。しかし、イェーガーはそもそも、国や政治のために利用されるモルモットになど興味はなかった。
“正しい資質”(ライトスタッフ)の具現者としてのイェーガーは、無限の空間が広がる空の世界に自らの夢、希望、ロマン、未来を追い求める。
この映画の胸打たれるクライマックス。孤独なヒーローは、宇宙飛行士たちが盛大なパーティで祝福を受けている頃、閉鎖された空軍基地で、たった独り戦闘機で荒野の大空へ舞い上がる。
そして、高度計の針が限界に達した時、彼は成層圏の彼方の“宇宙”を、人知れず垣間見ることに成功する。
妻たちの姿の相違も意味深い。宇宙飛行士たちの妻は、長年の不安な歳月に対する当然の報酬(ホワイトハウスでの名誉や会食)を受けようとする。しかし、イェーガーの妻グリニスは違う。夫と同様、一匹狼で挑戦者なのだ。彼女は言う。
すると、夫はこう呟く。
「俺は恐れを知らない男だけど、お前ばかりは死ぬほど怖い」
映画の中で、二人はパティ・ペイジの「テネシー・ワルツ」で身を寄せ合う。現在のアメリカは、これを観て何を想うのか。
文/中野充浩
参考/『ライトスタッフ』パンフレット、『80年代アメリカ映画100』(北沢夏音監修/芸術新聞社)
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