トゥルー・ストーリー〜トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンが描いた“奇妙なリアル”
『トゥルー・ストーリー』(True Stories/1986年)
それは、1983年の『ストップ・メイキング・センス』ツアー中でのこと。トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンは、タブロイド新聞をめくっては、自分が面白いと思った記事を切り抜き始めた。
翌年になると、それらの実話をもとに、架空の町で繰り広げられる出来事をスケッチ。脚本も仕上げていった。こうして映画『トゥルー・ストーリー』(True Stories/1986年)の準備はゆっくりと進められた。
しかし、ミュージシャンが監督を担当する初めての映画に、ハリウッドの資金はなかなか集まらない。結局は、所属するレコード会社が500万ドル以内という条件で製作費を提供することになった。
ロケハンは、LAやNYは金が掛かりすぎるので断念し、テキサスを選んだ。バーンは自分が思い描いた町が、目の前の景観に潜んでいることを確信。ダラスから北30マイル先のマッキネイという町に決まった。
「映画は音と映像の組み合わせで、ストーリーは観客の興味をそらさないためのテクニック」という美学を持っていたバーンは、キャスティングの匿名性に拘り、できるだけ顔の知られていない役者たちを起用した。さらに一発芸を持った人々も大量に集められた。
そして1985年9月、6週間の撮影が始まった。トーキング・ヘッズの同名タイトルのアルバム『トゥルー・ストーリー』もテキサスで録音されることになった(余談だが収録曲には「レディオ・ヘッド」があり、90年代に英国のバンドを生むことになる)。
思えば、デヴィッド・バーンは映像の人だった。もともとは大学で建築やデザインを学んだが、子供の頃から映画や写真を遊びで撮っていたらしい。
1980年代前半はMTV開局もあり、バーンは自らのバンドのビデオクリップも監督した。トーキング・ヘッズの音楽性同様、型にはまらない映像作りは、現代美術館の永久保存コレクションになるほど。MTVからも先駆的作品賞を贈られている。
それにしても『トゥルー・ストーリー』を観ていると、東京の郊外や地方の都市空間とそっくりなことに少し驚く。
・消費の象徴である巨大なショッピングモール
・定期に行われる代わり映えのない街のイベント
・動画サイトに投稿されるような日常
・画一化された住宅
・突然訪れる風景の広がり
・雇用を支える先進的企業
・クセは強いがどこか寂しさを漂わせる登場人物
……タワーマンションの乱立や箱型ショッピング施設の増殖で、都心の表情までも郊外化しようとする現在、この映画には“奇妙なリアル”を感じる。
日本好きなバーンは、あるプロジェクトのために、1980年代半ばに様々な場所をロケハンしたことがあるらしいが、彼は果たして何を見たのか?
音楽評論家の故・中村とうよう氏は、本作を「デヴィッド・バーンが描いたアメリカ文化論」と評した。
世界的ゴスペルグループ、ステイプル・シンガーズのリーダーであるローバック"ポップス"ステイプルズや、テックス・メックスのアコーディオン奏者スティーヴ・ジョーダンなどがキャスティングされているなど、音楽地図も決して見逃せない。
また、冒頭のテキサスの歴史説明や、当時アップル社を退いていたスティーヴ・ジョブズの言葉も貴重なシーンだ。
映画は、カウボーイの男(デヴィッド・バーン)が、テキサスにあるという「ヴァージル」の町をナビゲートするスタイル。そこのコンピュータ会社の労働者や資本家(婚活で自分PRに余念がない男、嘘ばかりついている女、ベッドで生活する怠け者の金持ち女、3年間会話を交わさない町の実力者夫婦など)の日常を中心に、“奇妙なリアル”が綴られていく。
文/中野充浩
参考/『デヴィッド・バーンのトゥルー・ストーリー』パンフレット
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