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さらば青春の光〜“完璧な10代のライフスタイル”を追求したモッズ族

『さらば青春の光』(Quadrophenia/1979年)

それは1973年の初め、暗く冷たい冬の夜のこと。27歳だったピート・タウンゼンドが自宅のコテージに一人座りながら、記憶の旅に出たのが始まりだった。

新しい音楽と物語の構想に明け暮れていたピートの心に、突如として1964年のブライトン・ビーチでの想い出が蘇ってきたのだ。

自分はロックスターとしてではなく、「ファンの担い手となるべき」と考えていたピートは、ノートに一人のモッズ少年を主役にした風景を綴っていく。

その新しい音楽と物語である『Quadrophenia』(四重人格)は1973年10月にリリースされ、大ヒットを記録。

ブックレットには、写真家イーサン・ラッセルによる40ページものモッズ族のフォト・ストーリー(下の写真)が収録され、ピートが心に描いた風景をヴィジュアルとして見事に再現していた。

ザ・フーのアルバム『Quadrophenia』(四重人格)のブックレットより

それから6年後。

パンクを機に、音楽シーンが若返っていたイギリスには、ザ・ジャムやシークレット・アフェアーといった新世代のバンドが登場して、モッズ・リヴァイヴァルが起こっていた。

そしてザ・フーの『Quadrophenia』(四重人格)を原作にした映画『さらば青春の光』が1979年に公開されると、すぐさまネオ・モッズたちのバイブルとなり、同年後半にはスペシャルズなどのツートーン・スカも登場。ヨーロッパだけでなく、東京にもモッズシーンが出現するまでに至った。

日本公開時の映画チラシ

モッズ(モダニスト)とは、テッズ(テディボーイ)に代わって1958年のロンドンで生まれた新しい若者風俗のこと。

ティーンエイジャーの人口増加や消費力が注目される中、一部の洒落た若者たちがイタリアン・ルックに身を包み、モダンジャズを聴いたり、ヴェスパやランブレッタといったスクーターを走らせ、カフェバーやクラブに集まり始めたのだ。

1962年に、モッズがメディアを通じて紹介されると、より多くの若者たちに刺激と影響を与え、63〜64年頃には、世界のポップカルチャーの中心になっていた“スウィンギング・ロンドン”の空気を吸い込みながら黄金期を迎える。マーク・ボランもデヴィッド・ボウイもロッド・スチュワートもスティーヴ・マリオットも、みんなモッズだった。

三つボタンのサイドベンツの細身のスーツ、フレッドペリーのポロシャツ、アメリカ軍の放出品パーカ、デザートブーツなどに着眼するファッション性。R&Bやモータウンやスカなどを愛聴する音楽性。

溜まり場のクラブやフェイス(顔役)やチケット(仲間)といった集団性。デコレーションされたスクーターや週末のビーチといった移動性。パープルハーツに代表されるドラッグ性。

様々な表情を覗かせながら、“完璧な10代のライフスタイル”を追求する。ザ・フーも、そんなモッズたちに強く支持されたバンドの一つだった。

一方で、モッズの過激性も次第に増していった。1964年4月のクラクトン・ビーチでは、敵対する革ジャン姿のロッカーズと大乱闘。翌月も夏もその種の事件が相次いで新聞沙汰になると、乱闘目的でモッズになる者さえ現れた。

そして1966年の夏、イギリスが経済危機に見舞われると、“スウィンギング・ロンドン”は陰り始め、年末には人気音楽番組『レディ・ステディ・ゴー』も打ち切られ、モッズは姿を消していく(スキンヘッズやヒッピーの台頭)。若者文化のうねりは既に、アメリカのサンフランシスコに向かっていた。

1964年を舞台に、一人の少年の葛藤する姿を描いた映画『さらば青春の光』(Quadrophenia/1979年)は、良質な青春映画でもあり、60年代モッズシーンの風景映画でもある。

主人公ジミーは、昼間はメールボーイの仕事をしながら、夜になるとスクーターに乗ってクラブやパーティーをハシゴする典型的なモッズ。

クスリを調達する仲間もいるし、片想いの女の子もいる。みんなの話題は週末のブライトン・ビーチでの集まり。何かが起こる期待に胸躍らせてスーツを新調するジミーだったが、乱闘に巻き込まれて警察に拘束されてしまう。

顔役のエース(演じるのはポリスのスティング)の手助けもあって地元に戻るが、仲間や恋にも、親や仕事にもすべてに嫌気が差していた。ジミーはもう一度、海岸の町に出向くのだが……。

サントラ盤にはザ・フーの曲のほか、ジェームス・ブラウンやロネッツなどのモッズが愛したナンバーが収録されている。映画では、ジミーが幼馴染みのロッカーズが口ずさむジーン・ヴィンセントの「Be-Bop-A-Lula」を嫌い、キンクスの「You Really Got Me」を歌って対抗するシーンが印象的だ。

文/中野充浩

*参考/『ピート・タウンゼンド自伝:フー・アイ・アム』(森田義信訳/河出書房新社)、『イギリス「族」物語』(ジョン・サベージ著/岡崎真理訳/毎日新聞社)

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