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ブルーバレンタイン〜多くの夫婦やカップルがいつか必ず直面する現実について

『ブルーバレンタイン』(Blue Valentine/2010年)

『ブルーバレンタイン』(Blue Valentine/2010年)を初めて劇場で観た時、そのリアルさに胸が締め付けられるようになり、どうしようもない気持ちになった。そこには愛の始まりだけでなく、終わりも描かれていたからだ。

ネットでこの映画を検索すると、「これから結婚する人や結婚したばかりの夫婦は絶対に一緒に観てはいけない」と警告する人も結構いるほど。

でもこれだけは言える。夫婦生活はいつまでもロマンチック・コメディとはいかない。誰にでも平等に試練やその瞬間は訪れる。

世の中には、若い男女が紆余曲折を経て結ばれるまでを描いたストーリーで溢れ返っているが、その後の続きを誰も知ろうとしない。SNSで結婚報告する人はたくさんいても、離婚報告する人は滅多にいない。

だが、この映画は続きを描く。多くの夫婦が直面する現実をこれでもかと伝えてくる。

特に離婚したことのある人、あるいは大恋愛の末に別れたことのある人なら、この映画のどこかに必ず自分の姿を見つけるはずだ。カッコつけることは誰にでもできる。でもみっともないくらいカッコ悪いことは、とことん人を好きにならなきゃできない。

縮めようとすればするほど、離れていく心。
埋めようとすればするほど、深まっていく溝。

そう、あの惨めな気持ちを経験したことがあるなら、あの自己嫌悪と後悔に覆われた夜を過ごしたことがあるなら、『ブルーバレンタイン』はとっておきの映画になる。

日本公開じの映画チラシ

ドキュメンタリー畑出身のデレク・シアンフランス監督は、このインディーズ映画を完成させるのに12年も費やした。その間、66回も脚本を書き直し、1224枚も絵コンテを描いたそうだ。

撮影は結婚前〜結婚後の順に進めたが、主演した二人=ライアン・ゴズリングは役のために額の毛を抜き、ミシェル・ウィリアムズはだらしなく太ってみせた。しかも監督は、夫婦役の二人には「共通の想い出」が必要だと考え、実際に一ヶ月同じ家で暮らしてリアルを追求した。

物語は、ディーン(ライアン・ゴズリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)の出逢い/喜び、別れ/苦しみが同時進行しながら交錯する。その対比が切なく、そのどちらの描写も静かに胸を打つ。

流れる音楽もパット・ベネターの「We Belong」やペニー&ザ・クォーターズの「You and Me」といった、今どきこんな選曲あるか的なのもいい。ちなみに、ゴズリングのウクレレ演奏とウィリアムズのダンスが披露されるブライダルサロン前のシーンは、何と即興とのこと。

──結婚して7年。ディーンとシンディの夫婦からは、愛が消えかけている。

小さな子供の面倒を見るのは、音楽の才能がありながら一向に活かそうとしないディーンの役目。一方、家事に追われる看護士のシンディは、今朝も慌しく病院へ車通勤。

この冷め切った関係を何とかしたい。心の中でずっとそう思っていたディーンは、今夜ラブホテルで過ごすことを提案。予約した部屋の名前は「未来ルーム」。

だが、シンディにとって、もはやディーンとのセックスは苦痛以外の何ものでもなく、女心は本能的な拒絶レベルにまで達してしまう。

こんな二人にも始まりがあった。

ある日、仕事先の施設にいた大学生のシンディに一目惚れするディーン。積極的にアプローチを続け、デートを成功させる。シンディはDV的な元カレとの子を妊娠していることが発覚するが、彼女を愛するディーンは自分たちで育てようと決意。二人は結婚する。

……ラブホテルで一人目覚めたディーンは、取り残された虚しさと昨夜の屈辱などが混ざり合い、理性を無くした行動を取ってしまう。

シンディの職場である病院に押しかけて、激しく口論した挙句、仲裁に入った医者を殴り飛ばしたのだ。「もうあなたを愛してないの!」と遂に本音を口にするシンディ。

ラストシーン。花火が打ち上がる中、背を向けて歩き去るディーンの姿に、挫折の権威であるF・スコット・フィッツジェラルドの言葉が重なった。

彼は終わった愛を未だに愛しており、その愛を捨て去ることをためらっているのだ。

この世にはあらゆる種類の愛があるが、同じ愛は二度と生まれない。

僕たちは道を見失ったが、お互いを失ったと思ったことはない。

人生がこんなにも味気なく、絶望的な気がしたのは一度もなかった。

二人は精一杯やったのだ。

文/中野充浩

参考/『ブルーバレンタイン』DVD特典映像

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