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her/世界でひとつの彼女〜スマホ片手に都会で虚しく静かに生きる人たちへ

『her/世界でひとつの彼女』(Her/2013年) 

『her/世界でひとつの彼女』(Her/2013年) の主人公セオドア(ホアキン・フェニックス)は、昔は新進気鋭の書き手だったが、今はネット企業に勤めていて代筆ライターの仕事に就いている。

妻とは1年以上別居しており、離婚調停中だ。女友達が気にかけてくれるが、紹介された相手と深い関係になることはなく、セオドアは、妻との楽しかった想い出の中でただ“虚しく静かに”生きている。

物語の舞台は、ちょっと未来のロサンゼルス。だから、人も風景も現在とたいして変わらない。セオドアが住んでいるのは眺望の良いタワーマンション。と言っても、窓から見えるのは同じような高層ビルだけ。

昼間の空の色はブルーというより、どこかグレー。こんなところにいると、想い出は“自分に都合よく”勝手にアップデートされていく……。

日本公開時の映画チラシ

映画が始まってからしばらく、なんとも言えない切ない感じ。それでいて妙に懐かしくもあり、心地良い感じにも包まれた。多分、自分も同じような経験をし、同じような場所で暮らしてきたからだろう。

運河に架かった橋を、歩く蟻のように見える人々がどんな服を着ているのか、雨がどれくらい降っているのか、そこからは何も感じない。

実際に街へ出ても、それらをクリックして中へ入っていく感覚はすでになく、スマホの画面をタップしてSNSの投稿を次々とフリックしているような、上滑りしていく浮遊感だけが強く残る。

自分の場合、あの時生まれた感覚を「書かなければ」と思い、2016年にWebマガジンで配信したことがある。

『her/世界でひとつの彼女』の主人公セオドアは、そんな世界に生きていた。だからこそ、人工知能のOSに手を出したのだ。

愛の復活を願いながらも、どうしようもできない者にとって、純真で、セクシーで、ユーモアがあるAIが話し相手(スカーレット・ヨハンソン)になってくれるなら、リアルであるか否かなど問題ではない。

ただ一つ、世界の全てを知ろうとする彼女が凄まじい勢いで“進化”することを除けば。

テクノロジーが、僕らが人と結びつき合うことをいかに助けているのか、いかに妨げているのかについて描きたかった。そしてこの映画で人が人と繋がり合いたいという願望とその必要性について描いたつもりだ。(スパイク・ジョーンズ監督)

『her/世界でひとつの彼女』パンフレットより

この映画は、PCやスマホが欠かせない人ほど、ぼんやりと眺めて観るのが一番いい。人間とAIの恋をサポートするための「代理セックス・サービス」を試みる主人公セオドアとAIサマンサ。

このシーンをウトウトとぼんやりと眺めながら、近い将来、こんなことも当たり前になってくるんだなと、目を閉じた。

文/中野充浩

参考/『her/世界でひとつの彼女』パンフレット

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