バニラ・スカイ〜“哀切な現実”と“甘美な夢”の境界線で
『バニラ・スカイ』(VANILLA SKY/2001年)
映画館を出た後や観終わった後、しばらくその映画のことが頭から離れない、という経験をしたことがないだろうか。
その場限りの娯楽大作や分かりやすい内容の作品ならそんなことは滅多にないが、稀に何日も、何週間経っても、心の中に存在している映画というものがある。
『バニラ・スカイ』(VANILLA SKY/2001年)は、そんな不思議な体験をさせてくれる映画だった。
正直言って、一度観ただけでは分からない。でも作品全編に漂う哀切甘美なムードに完全に魅せられた。それから4、5回は観ただろうか。すると、観る度に分からなかったことがはっきりと見えるようになったり、まったく新しい発見をすることもあった。
ただ、この作品と向き合う時の心情はいつも同じで、人生に疲れていたり、希望を見出す力が弱っていたり、ポジティヴやハッピーとは程遠い状況。そんな時に必ず『バニラ・スカイ』が観たくなった。
人生の苦さを知ることによって、ひとときの甘美が分かるようになる。生きることは切ない。それでも人は夢を掴もうとする。
前作『あの頃ペニー・レインと』を撮った後、映画作家キャメロン・クロウは、ほぼ同じスタッフと『バニラ・スカイ』に取り組んだ。
アレハンドロ・アメナバル監督・脚本のスペイン映画『オープン・ユア・アイズ』(1997年)のリメイク作品だが、舞台がニューヨークに移されたほか、タイトル通りにバニラ色の空に包まれた世界ができあがった。
主演は、原作映画に惚れ込んでいたトム・クルーズ。共演にペネロペ・クルス(『オープン・ユア・アイズ』にも同じ役で出演)、キャメロン・ディアス、カート・ラッセルなど。
音楽の選曲の良さはキャメロン・クロウ作品の楽しみの一つで、本作ではオープニングでいきなりレディオヘッドの「Everything in Its Right Place」が聴こえてきたり、シガー・ロスやケミカル・ブラザーズから、ジェフ・バックリーやボブ・ディランまで、様々な表情を持つ歌や曲がどこかで流れている。
また、サントラ盤には未収録だが、ローリング・ストーンズの「Heaven」やビーチ・ボーイズの「Good Vibrations」も印象的だった。この種の映画では、音楽の使い方は物語を綴っていくための一つの大きな要素になる。
デヴィッド・エイムス(トム・クルーズ)は、30代前半で大手出版社の株式51%を所有するオーナーであり、リッチな独身貴族。それは亡き父から引き継いだもので、他の役員たちとの確執が心配の種だが、華やかな生活を楽しんでいた。
そして、誕生日パーティで親友からジュリー(ペネロペ・クルス)を紹介されると、デヴィッドは本物の愛に触れた気がして彼女に恋をする。人生を決意したのだ。
しかし、それまでセックスフレンドの関係にあったソフィア(キャメロン・ディアス)がストーカー化し、デヴィッドをドライブに連れ出して心中を図る。
ソフィアは死に、デヴィッドだけが生き残る。美貌は破壊され、社会生活を送る心は閉ざされ、それまでの日々は失われた。
ジュリーのことが忘れられない孤独なデヴィッドは、仮面を被って夜のクラブへ繰り出す。親友と仲良くしている彼女を眺めながら酒に溺れ、そのまま舗道で独り潰れる……目覚めると、そこには手を差し伸べるジュリーが微笑んでいた。
デヴィッドは彼女の励みもあって、顔の修復に成功。失われた幸せと愛を見出そうとするが、何か夢を見ている感覚にも襲われる。そして、死んだはずのソフィアがリアルに現れていよいよ混乱してしまう。
ベッドで愛するジュリーを誤って殺してしまったデヴィッドは、暗い取調室で分析医(カート・ラッセル)が父親のように理解を示す中、氷が溶けていくように徐々に真実を知る。
ストーリーはこれ以上は書けないが、デヴィッドが現実と夢の境目、本当の人生を知る時、すべてが切なくなる。
そこを感じることができる人は、きっと人生の苦さとひとときの甘美を知っている人に違いない。
文/中野充浩
参考/『バニラ・スカイ』DVD特典映像
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