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ブレードランナー〜あらゆるカルチャーを圧倒した80年代SFの金字塔
『ブレードランナー』(BLADE RUNNER/1982年)
21世紀初め。
アメリカのタイレル社は、人間そっくりのネクサス型ロボットを開発。
それらは「レプリカント」と呼ばれた。
特にネクサス6型レプリカントは、体力も敏しょうさも人間に勝り、
知力もそれを作った技術者に匹敵した。
レプリカントは地球外基地での奴隷労働や
他の惑星の探検などに使われていたが、
ある時、反乱を起こして人間の敵に回った。
地球に来たレプリカントを処分するために、
“ブレードランナー特捜班”が組織された。
2019年11月、ロサンゼルス。その暗黒都市の姿が、スクリーンいっぱいに映し出される。
数百階建ての不気味なビル群。吹き出す炎。飛び交う車。瞳に映る光景。もうその瞬間、魅了される──映画『ブレードランナー』(BLADE RUNNER/1982)はこうして始まっていく。
近未来SF映画の金字塔として、その名を永遠に刻むであろう本作は、「最後のアナログSF映画」とも言われる。つまり、デジタル処理が一切施されていないのだ。
CGなどまだなかった時代に、気が遠くなるような繊細な模型やセット作り、根気強いテイクの積み重ねといった、“人間の力”だけで仕上げた「奇跡的な作品」でもある。冒頭の有名な風景も、実はすべて手作りのセットというから驚きだ。
私は決してセットや舞台に妥協しない。セットは景観(ランドスケープ)だ。私の作品のすべてだ。景観と舞台はキャラクターだ。(リドリー・スコット監督)
監督はリドリー・スコット。『エイリアン』(1979年)で映画監督としての評価を得ていた、イギリス人にして完全主義者。
『ブレードランナー』の一番の特徴=荒んだ街並、降り続ける酸性雨、煙と光、漢字やカタカナのネオン看板、コカコーラや芸者が映るヴィジョン広告、薄汚れた雑踏などに、監督は執拗に拘り続けた。
コミック誌『Heavy Metal』にインスピレーションを受けたり、工業デザイナーのシド・ミードに信頼を寄せていたリドリーは、元美術監督でもあった。
美術スタッフが総力を決してセットを“組み終わった”ある日、やって来たリドリーは見渡しながらこう言ったそうだ。
「よし、この調子で作り続けてくれ!」
膨れ上がる予算(当時で2000万ドル以上)と、何度も遅延するスケジュール。資金提供者からのプレッシャーに、まるで12ラウンドを闘い抜く傷だらけのボクサーのように、監督は攻めながら耐え続けていた。
昼間はいい映像が撮れずに時間が掛かるという理由で、夜の撮影しかしなかった。それも節約のためだった。
疲労と不満、緊迫した撮影現場では、アメリカ人スタッフとの関係も最悪だったという。
衝突した彼らは、「支配者なんてクソ喰らえ!」とプリントされたTシャツを着たこともあった。リドリーは「外国人嫌悪はやめろ!」というTシャツを作って対抗した。
こんなことがきっかけで現場の空気は和み、それ以来、誰も着なくなった。監督もスタッフも特別な体験=「今、凄い映画を作っていること」を実感していたからに違いない。
原作は20世紀を代表するSF作家、フィリップ・K・ディック。サンフランシスコの自宅で執筆して、1968年に発表した長編小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』で、これがディック作品初の映画化。
その後、『トータル・リコール』『スクリーマーズ』『マイノリティ・リポート』『スキャナー・ダークリー』など続々とスクリーン化されることになるが、作家は『ブレードランナー』の完成を待たずに亡くなってしまう(完成の4ヶ月前)。
『ブレードランナー』は、サイエンスフィクションとは何か。今後は何ができるのかについての私たちの認識に、革命をもたらすであろう。(フィリップ・K・ディック)
冒頭や一部のシーンを撮り終えたリドリーは、10分程度の映像をフィリップに観てもらったそうだ。その時、フィリップは感激して上の言葉を贈ったと言われる。まさに自分が長年想い描いた世界が、目の前に広がっていた。
しかし実は、映画の企画者、脚本家、プロデューサー、監督の誰一人として、ディックの小説を読んだことがなく、SFファンでもなかった。
脚本を書いたハンプトン・ファンチャーは、引退した刑事がアンドロイドを追いかけるアイデアに心奪われ、1940〜50年代に全盛を誇ったフィルム・ノワールを想定した。舞台も、原作の過疎化した昼のサンフランシスコから、人口過剰でカオス状態になった夜のロサンゼルスに変更された。
当初のタイトルは『デンジャラス・デイズ』だったが、ウィリアム・バロウズの小説を参考に『ブレードランナー』になった。そして脚本が知的すぎたので、デヴィッド・ピープルズが新たに雇われ、アンドロイドは「レプリカント」という呼び名に変えられた。
ロバート・ミッチャムやダスティン・ホフマンが有力視されていた捜査官デッカード役には、コッポラやルーカスやスピルバーグと仕事をしていたハリソン・フォード。50日間雨が降る夜のセットの中で演技を続けた彼は、いつも夜明けとともに帰宅した。
レプリカント役のルトガー・ハウアーに至っては、写真を見ただけでリドリーが決めてしまった。映画のクライマックスのあの感動的で有名な台詞は、なんとルトガーのアドリブ提案というから驚きだ。
お前ら人間には信じられぬものを見てきた。
オリオン座の近くで燃えた宇宙船や
タンホイザーゲートのオーロラ。
そういう想い出もやがて消える。
時が来れば、涙のように。
雨のように。
その時が来た。
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革新的な映画すぎたので、分かりやすいアクション映画のような雰囲気になっている。
『E.T.』に象徴されるような、健全で心温まるSFファンタジーが求められていた1982年に、『ブレードランナー』は公開された。
批評家たちは視覚的には賞賛しつつも、ストーリー的には酷評した。そんな影響もあって、映画は期待を裏切ってヒットしなかった。暗く陰湿な世界よりも、単純明快なヒーローものを望んでいたのだろう(日本のチラシのコピーにもそんな現れがが)。
しかし、一部の熱狂的なファンによるクチコミ、ビデオやDVDといった二次視聴時代の後押しで、『ブレードランナー』が次第に伝説化していくのは必然だった。
この作品にはナレーションの有無、ラストシーンの相違などいくつかのバージョンが存在するが、やはり監督が本来作りたかったというナレーションなしのディレクターズ・カット/ファイナル・カット版が秀逸。
また、ヴァンゲリスによる壮大なシンセサイザー音楽も重要な要素の一つで(リドリーは雰囲気を出すために撮影中の現場に大音量で鳴り響かせた)、サウンドトラック盤は公開から12年後の1994年に正式リリースされた。
最後にちょっとした関連話を二つ。
●ウィリアム・ギブスンの小説『ニューロマンサー』
──映画『マトリックス』を生むきっかけともなった作品。電脳空間(サイバースペース)に侵入するという画期的な発想と並んで、第1章「千葉市憂愁(チバ・シティ・ブルース)」での都市描写が印象的。
1982年のある日、この章を書き終えてから『ブレードランナー』を観たウィリアム・ギブスンは、30分で映画館を飛び出してしまった。自分が作り描いたばかりの退廃した光景と、あまりにもそっくりだったからだ。
●アップル・コンピュータ
──1983年のある日、スティーブ・ジョブズは新製品マッキントッシュの発表に伴い、革命的なCMを画策していた。ジョブズは撮影だけで75万ドルという前代未聞の予算を用意する。
完成したCMは、SF映画のワンシーンを思わせるようなストーリー。ジョージ・オーウェルの小説『1984』的な思想警察に追われる若い女性が、マインドコントロールを行うビッグ・ブラザーの映ったスクリーンに、巨大なハンマーを投げつけるというもの。
ビッグ・ブラザーが「我々は勝利する!」と宣言する瞬間、マッキントッシュがプリントされた白いタンクトップを着たヒロインのハンマーが体制を打ち砕き、権威は光と煙の中に蒸発していく。
巨大企業IBMに立ち向かうアップルの姿は、1984年のスーパーボウルのCM枠で放映され、全米だけでも約1億人の人々が、これまで見たこともないような映像に釘付けになった。このCMを担当したディレクターは、もちろんリドリー・スコットだった。
小説、映画、舞台、音楽、アート、デザイン、建築、ファッション、写真、コミック、アニメ、ラノベ、ゲーム、CM、ネット……『ブレードランナー』があらゆるカルチャーに与えた影響は、計り知れない。
文/中野充浩
参考/DVD『デンジャラス・デイズ:メイキング・オブ・ブレードランナー』、『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン著/井口耕二訳/講談社)、『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン著/黒丸尚訳/早川書房)、『エスクァイア日本版』(2008年10月号)
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