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ダイナー〜選曲が心地いいミッキー・ローク出演の1959年の青春グラフィティ
『ダイナー』(Diner/1982年)
TAP the POP」では、これまでたくさんの青春映画を取り上げてきた。子供の頃に親に連れられて観たファンタジーアニメや家族向け映画とは違い、低予算でリアルな青春映画は、初めて自分の小遣いで映画館に出向いた“体験”であり、スクリーンに映っているのは、等身大の“人生”でもあった。
大人になってもこのジャンルに思い入れがある人は少なくない。なぜなら、人には多感な時期(15〜24歳くらい)で接したカルチャー(映画や音楽、小説や漫画など)の影響が、他の時期に比べて強く残るからだ。それに加え、思春期の中高生の“入口”としての青春映画には名作が多かった。
青春映画を見なおしてきた中でふと思ったことがある。それは、このジャンルは「時」と「場所」がとても重要な役割を果たしているということ。逆に言えば、それらを特定せずに秀逸な物語は描けないのだ。
それは1950年代なのか、70年代なのか、それとも90年代なのか。それは西海岸なのか、東海岸なのか、それとも名もなきスモールタウンなのか。「時」と「場所」の設定で、すでにドラマは静かに始まっている。
1950〜80年代のスモールタウンや田舎町が舞台の『ラストショー』『アウトサイダー』『フットルース』。1960〜80年代の西海岸が舞台の『ビッグ・ウェンズデー』『ロード・オブ・ドッグタウン』『レス・ザン・ゼロ』。1960年代のNYを舞台にした『ワンダラーズ』や、『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』などのジョン・ヒューズによる1980年代学園作品も忘れられない。
1990年代のアメリカには『リアリティ・バイツ』、イギリスには『トレインスポッティング』という傑作があった。また、映画作りという観点では、リアルタイムで製作されたものと、監督や脚本家などの追憶で、後年になって成立している2種類があり、とにかく話は尽きない。
そして今回、新たにリストに加えるのは『ダイナー』(Diner)。1982年の公開だが、物語は設定は1959年のボルティモア。監督・脚本のバリー・レビンソンの個人的体験が映画になった。
1980年代の青春映画にやたらと50〜60年代を舞台にしたものが多いのは、作り手の青春期がその時代にあたるから。
また、今や大スターの若かりし頃の姿が見れたりして、ちょっとした発見もあるのも特徴。この『ダイナー』には、ミッキー・ロークやケヴィン・ベーコン、エレン・バーキンが出演している。
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『ダイナー』は、複数の登場人物の物語が同時並行して綴られる、「人生いろいろあるよね」的な“グラフィティ”ものでもある。
この種の手法の礎を築いたのは言うまでもなく『アメリカン・グラフィティ』。必ず“自分”に似ている人物がいて、感情移入できるのがいい。
さらに1970〜80年代に青春期を送った人なら大好きな、アメリカン・ダイナー(簡易食堂)が溜まり場として描かれる。
コーヒー、ビール、ハンバーガー、フレンチフライといったメニュー。テーブルの上にはケチャップ、マスタード、砂糖が入ったガラス容器。アメリカでは1960年代にファストフード・チェーンに取って代わられるまで、若者から中年、老人など様々な世代が集っていた。
そんな場だからこそ、自分の思い通りに行かない人生や、社会の暗黙のルールを学ぶことができた。
童貞のまま、5年付き合った彼女との結婚を控えたフットボール狂いのエディ。唯一の既婚者で、レコードマニアのシュレビー。大学院生のビリー。そしてプレイボーイで、ギャンブルで借金のあるブギー(ミッキー・ローク)と、トラブルメーカーでクイズ番組好きなフェンウィック(ケヴィン・ベーコン)。
物語は5人の大人になりきれない若者たちの姿を、会話とエピソードでつないでいく。
そんな起承転結のない構成ゆえか、この映画は当初失敗作とみなされ、お偉方からオクラ入りにされる寸前だったという。しかし、評論家たちが絶賛。仕方なく公開に踏み切った。時間をかけてゆっくりと染み込む青春映画の一つとして、『ダイナー』は、今ではカルトムービーになった。
激動の1960年代になることなど夢にも思わずに、いつまでも少年であることに(大人になることを恐れている)登場人物たちの言動に、日本の30〜40代の男たちの姿がシンクロしているようにも思えた。
時代描写に光るシーンが多く、電気店でテレビを買いに来た客が「この映画はカラーのはずだろ?」とイチャモンをつけると、店員が「テレビが白黒なんです」と返すところは印象的。
全編に渡って流れている音楽も心地よく、ロックンロールからR&B、ブルーズ、ポップスまで1959年らしい選曲。
(主なサウンドトラック・アーティスト)
カール・パーキンス、チャック・ベリー、エディ・コクラン、エルヴィス・プレスリー、ファッツ・ドミノ、ハウリン・ウルフ、ジェリー・リー・ルイス、ジミー・リード、ディオン&ザ・ベルモンツ、フランク・シナトラ、ボビー・ダーリンなど
音楽オタクのシュレビーが自宅のレコード棚の前で、「チャーリー・パーカーをロックのコーナーに戻した」妻のベス(エレン・バーキン)と喧嘩するシーンは思わず笑ってしまう。女の子にとってジャンル分けなどどうでもいいこと。ただ心地いい音楽が聴ければそれでいいのだから。
文/中野充浩
参考/『ダイナー』DVD特典映像、パンフレット
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