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「クロノスの喰らう肉片の正体は誰だ?」

恐ろしい絵ですねー。
これはフランシスコ・デ・ゴヤが描いた『我が子を食らうサトゥルヌス(1819-1823)』です。

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耳の聴こえなくなっていた晩年のゴヤが、別荘の壁に描いた『黒い絵』といわれる14枚のひとつです。
本来はクロノス(サトゥルヌス)の勃起したペニスが描かれていたそうですが、誰かが上から塗りつぶしております。
あまりにも卑猥すぎたのでしょう。

残酷な神々3

話は少し遡り、父親のペニスをちょん切って政権を奪ったクロノスですが、彼も父ウーラノスから、
「お前も我が子に王位を奪われる運命だぞ!」
という呪いの言葉を受けます。
それなら子作りを控えればよさそうなもんですが、妻である大地の女神レアーに次々と子どもを産ませては、自分の体内に呑み込んでしまいます。
6人目のゼウスが生まれたときに、身代わりの「石」を呑まされたため、クロノスもまた息子に王位を奪われる運命に見舞われます。

この石のこともあってか、蛇のように「呑み込んだ」というニュアンスが一般的ですが、ゴヤの絵だと豪快に頭から丸齧りされてますね。

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ゴヤより200年近く前の、ルーベンス作『我が子を食らうサトゥルヌス(1636-1638)』では心臓の辺りから齧りついてますが、白髪頭の老人という点は同じです。
こちらは分かりやすく、アダマスの鎌を手に持たせ、天空にはクロノスを象徴する土星(サターン)が輝いています。

残酷な神々3

さて、ここで疑問が湧いて来るのですが、このむしゃむしゃと喰われている子どもは一体誰なんでしょう?
絵の原題は『Saturno devorando a su hijo』といい、自分の息子を食べつくすサトゥルヌスという意味です。
題名通りに受け取ると、ハーデースかポセイドーンという事になりますが、ゴヤの絵のタイトルは画家本人が付けたものではないので、息子かどうかさえ謎なのです。
頭部もないですしね。

レアーが生んだ子は、ヘスティアー、デーメーテール、ヘーラー、ハーデース、ポセイドーンの順番なので、3〜4人喰らったあとの所業と考えると、この気違い染みたクロノスの顔も納得いく気もする。
なにせ我が子を食べながら勃起してるくらいだし⋯⋯。

話を先に進めると、クレタ島で密かに育てられた末っ子のゼウスは、大きくなってからクロノスにネクタールを飲ませ、兄姉たちの救出に成功します。

残酷な神々3

ネクタールというのは、オリュンポスの神々が飲む不老不死の酒なのですが、クロノスがこれを飲んで我が子を吐き出したとというのも、また妙な話。やはりここでも「丸呑み」か「丸齧り」かが、問題になってくるように思うんですよね。
クロノスに飲ませたというより、彼の体内で肉片となっていた兄姉たちに不老不死の栄養ドリンクを与えて復活させた⋯⋯と考えるとまず辻褄は合う。

そもそも、この二つの絵のようにむしゃむしゃと肉を喰いちぎったのなら、産着を着せていたとしても、石と赤子の区別くらいは付きそうなもの。女神が拵えた身代わりの「石」なのだから、本物の赤子に見える細工がしてあったと考えた方が自然な気がします。

どちらの絵の子どもにも、人物を示す分かりやすいアトリビュートは見当たらないのですが、案外この頭から喰われている子の正体は、ゼウスに化けた身代わりの「石」という可能性もあるかも知れませんねー。(了)

※ローマ神話のサトゥルヌス=ギリシャ神話のクロノス

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