【フィールドノート】取手滞在0日目|2024.8.11|阿部健一
今年度が始まって4ヶ月が経ち、その間に3回の全体作業日とたくさんのオンラインミーティングを行ってきた。8月には集中クリエーションも予定している。そんなタイミングで、羽原さんたちにお願いをしてしばらく取手に居を移してみることにした。
一年以上通っていてもまだ郊外がよくわかっていない。自分は東京で生まれ育ち、都内で短期間のシェアハウス経験はしたことがあっても東京以外で暮らしたことがない。本格的にTAPの25年間の歴史やエピソードを掘り下げていく=分解したり何かに例えたり重ねたりつなぎあわせたりしていくにあたって、取手にからだを置いてそれらを見ていきたいと思った。より偶然性に身を任せて取手やこの土地のひとたちと出会えるように身を投げ出すということでもあるし、聞いた話に身体的に近づいていく作業でもあると思う。この場所を知らないから全然違うけれどでも似ている話を思い浮かべながら下せる判断がある一方で、この場所でわたしも何かを経験したという事実があることで高まる出来事の肌理もあるはずで、わたしは後者のアプローチに関心がある。そういうプロセスを投入することに関心がある。今回は大勢でつくっているので、そのうちの一人のわたしの経験がどうつながっていくのかはわからないけれど、取手で見た風景や、思い出した誰かの話はおいおい手がかりを与えてくれるんじゃないかと思う。
この日は、私を居候として受け入れてくださるアーティストの平井さんにご挨拶と部屋の下見で取手を訪ねた。
約束の時間は15時だったが、もっと早く取手に辿り着くことができる日だったので「小堀の渡し」に乗ってみることにした。取手市の飛地・小堀と中心地を結ぶために利根川で運行されている渡し船で、かつては生活の足だったそうだけどいまは観光的な側面のほうが強い。
13時20分に、図書館裏の船着場から船が出る。取手駅に着いたのは13時7分。船の上で食べようと駅前の成城石井で30%オフになっていた塩あんぱんをひとつ買った。優雅に買い物をしてしまったが目的の船着場までの距離を勘違いしていて、とても駅から数分で辿り着ける場所ではなかった。少し走ってみたけれど間に合いそうにないし、日傘を差しながら走るのは難しい。そもそも36度の炎天下で人間は走ってはいけない。渡し船は図書館裏を出た後に鉄道の橋の近くに来るというのを見ていたので、乗船地をそちらに変更。13時35分にやってくるはずの船を待った。
乗り場近くのベンチには年配の夫婦が船を待っていた。私の姿を認めると、荷物を置いていた日陰のベンチをひとつ空けてくれた。
13時35分よりも少し早く船が到着する。乗っていた中学生くらいの女の子は船頭に手綱を渡され、船を岸に近づける作業を体験していた。
船に乗り込む。中学生とお母さんらしき人と、年配の夫婦はドアの閉まる半地下のような部屋に降り、わたしだけがデッキに残った状態で船は出発した。地下の部屋にはエアコンが入っているようだった。
大きな音を立ててエンジンが起動し、岸を離れていく。スピーカーからは小堀の渡しの歴史が流れ始めた。
川の上からの景色は川の上からしか見られない。利根川の水は緑色に濁っていて、船は羊羹の表面をすべるように進んでいった。船の動きがさざなみを立てる範囲は川面のごく一部で、船と川には違う時間が流れているようでもあった。小川でもなく隅田川のような都市河川でもない、まちの外側としての自然のようなものがのっぺりと存在していた。特に小堀のほうは木が水面に張り出し、人間のための親水空間になっていない。かつて改修工事を行った結果いまのかたちになっているという話を聞いても、いまここに流れているのはひとやまちの時間ではないというかんじがした。
塩あんぱんはゆかりが振り掛けられていて、けっこうちゃんとしょっぱかった。ちょうどいま永井玲衣さんの『世界の適切な保存』を読んでるからだろう、川の上で塩あんぱんを食べているこの瞬間、時間にして1〜2分の瞬間を、わたしはいつでも取り出せるように記憶することはできるだろうかということや、塩あんぱんに詰め込まれている時間と食べているわたしの時間、川に流れる時間の邂逅という事実のことを考えていた。船頭さんも他のお客さんも地下に降りていたので、このとき見える範囲に人間は私しかいなかった。
小堀の岸辺にはアオサギのような鳥が木陰にたたずんでいた。
小堀の船着場に降りてみる。まちがどうなっているのか気になったが、しばらく坂を登らないと次の景色にいけなさそうだったので断念する。船頭さんや他のお客さんも降りていたが、ライフジャケットを着た状態でどこまで船から離れていいのかもよくわからない。
降りるとき、年配の女性から「外は風があってそんなに暑くないですか?」と尋ねられ、「いや暑いですね」と返した。こんなに暑いのにデッキにいるということはデッキはデッキで実は快適だということを期待しているようでもあった。
図書館裏の乗り場まで着いた時には14時15分頃。一周して最初の乗り場まで戻る予定だったが、少し時間が気になってこの場所で下船する。「次の行き先がここからのほうが近いみたいなので」と言いながらライフジャケットを返すと、「どこまで?」と聞かれ、「井野団地まで」と答える。
土手を登って八坂神社のあたりまで出る。バスにうまく乗れればいいのかもしれないが、まだ井野団地行きのバスがどこをどう通るのかわかっておらず、グーグルマップが機械的に示すとおりに直線距離の近いルートを歩く。坂を登ると台宿の交差点に出た。この先は知っている。
「あいさつは幸せづくりの第一歩」「仲良くしよう 向う三軒両どなり」「友は宝物です」。いろいろな地域組織の連名で貼られているのが気になる。子供会や防犯協議会は町内会の内部組織ではないかたちで存在しているのだろうか。
集合住宅のフェンスに貼られていた奇妙な写真。消え掛かった文字で「防犯活動中」と書かれている。黒い影が不審者ということなのか。周囲の明かりに対して影が不自然に黒く、見てはいけないものを見てしまったようでもある。この貼り紙の意図もよくわからない。だれに向けたメッセージなのだろう。
いこいーの+TAPPINOを訪ねて何度も来ている井野団地。平井さんの部屋を目指す。笹屋で飲み物とあんこのゼリーを購入。
平日の昼間、真夏だからかほとんど人が歩いていない。いても、みんなひとりで歩いている。
平井さんのお部屋の下のベンチでは、外国人のおじさんがスマホで動画を見ていた。そこだけが日陰のベンチだったので少し離れたパーゴラで平井さんに連絡をして少し待つ。そら豆みたいな大きな実がたくさんぶらさがっていた。実の向こうに今回お世話になるお部屋がある。
平井さんを訪ねて、一通りお部屋を見せていただきながら自己紹介と、今回の取手滞在の目的を伝える。本棚を見せてもらったり、過去の作品について伺ったり、平井さんの見てきた取手やTAPのお話を伺ったりした。
また井野団地の生活圏のあれこれも教えてもらう。最寄りのスーパー、奇妙なコンビニ、23時で閉まるセブンイレブン、おいしいお店など。
「利根川はおすすめです、どこでも。空が広いですよ」と話してくれたことを、いま書きながらふと思い出した。
2時間くらいおしゃべりをして、次の予定に向けて井野団地をあとにした。
まだバスがよくわからないので、駅まで歩いて戻る。坂がきつい。
お昼に塩あんぱんしか食べていなかったので、10分後の電車に乗りたいという状況で松屋に入り、牛丼を5分で食べて電車に乗って帰宅した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?