【フィールドノート】取手滞在11〜13日目|2024.8.27-29|阿部健一
8/27(火)
集中稽古が終わってひととき都内に戻ったが、ふたたび取手・井野団地へ。稽古のあいだは帰って寝るだけに近い生活だったのでフィールドワークとしてはここからが始まりといってもいい。しかし都内での仕事もあるのでフィールドワークだけに専念することはできない。それはそれで取手らしい気もする一方で、どこでどんな時間を過ごしていくかはやや計画的にしないといけないななどと思う。
この日は都内での仕事を終え、守谷にあるTAP事務局で出演者のお家に晩ご飯を食べにいく。職場のある都内湾岸部から守谷までは1時間くらい。地下鉄を乗り継ぎ、北千住からつくばエクスプレスに乗った。帰宅ラッシュの時間でつくばエクスプレスはしっかり混雑していた。そういえば何年か前につくばエクスプレスは開業時の想定を超えた利用者数で、いろいろ問題が起きているという記事を読んだことを思い出した。
郊外から都心に通うとき、混雑は決して小さな問題じゃないと感じる。取手も、夕方に帰ろうとするとだいたい柏まで座れない。朝から夕方まで働き、1時間すしづめの車内で帰って家についたらもう何をする体力も残らないんじゃないかと思う。
エクスプレスというだけありシンプルにつくばエクスプレスはスピードがめちゃくちゃ早い。車窓から見える景色がすごい速さで後方に飛んでいく。都内だとスプロール化によってまちの境目を感じ取りにくくなっているけど、都心→郊外に行く時はまだ境目が見て取れる気がする。まちとまちのあいだに市街化調整区域のようなすき間が広がっていることも、郊外の風景の一つかもしれない。
守谷で割と多くのひとが降りたが、乗ってくるひともけっこう多かったのが意外だった。つくばまで行くのだろうか。
家主と守谷駅で合流し、バスに乗ってご自宅へ。たこパだった。たこパ人生初ですと伝えたら、「そんな人いるの?」と言われた。います。
しばらく張り詰めていたので、すごくリラックスモードで出てくるおいしいものをおいしくいただいた。クロネコがズボンに爪を立てて登ろうと?してきたら、「なんでそんなことするの!?だめでしょ!!!」とすごい怒られていた。都内の自宅付近に出没するネコ(家に帰ったり帰らなかったりしているらしいので勝手に寅次郎と呼んでる)、くすのき荘のぽんちゃんとネコと関わる機会が多くなってきたのだけど、みんな性格が違うんだな〜と当たり前のことに気が付く。哺乳類を飼ったことがないので犬猫のことを実はよく知らない。
先日の稽古で、稽古場にふらっと現れてプレイバックシアターをやっていかれたYさんも立ち寄られて一緒にたこ焼きを食べ、帰りが井野団地なんですという話になったら車で送っていただくことになった。ものすごくありがたい。
何かの話の流れで、恩田晃さんというアーティストの『Cassette Memories』という楽曲のシリーズを教えてもらい、カーステレオで流してもらった。カセットテープに吹き込まれたフィールドレコーディングの音楽で、カセットだから実際にそのとき鳴っていた音の多くを取りこぼしていて、でもそれが鳴っていたはずの音への想像になるという話を聞いて、そういうの好きだなと思ったしTAPクロニクルともつながる話に感じた。
守谷から取手は決して近くない。音楽を聴きながらYさんとTAPの話をいろいろとする。Yさんは保険の仕事をしていて、TAPにはTAP塾のころに音響関係の手伝いで関わり始めたという。その後も保険の仕事を通してこの土地で伴走を続けてらっしゃる。
いろいろなひとがTAPを気にかけ、見つめている。
団地につくと23時くらいで、早々に休んだと思う。
8/28(水)
寝食をしている井野団地のポイント住棟は、隣接する棟との距離がしっかりあるので朝になると朝日がしっかり差し込んでくる。カーテンの隙間からの朝日で無理やり目が醒めるので寝坊するということはないが、自然とともにある生活は夜ふかしに慣れた身体には少しこたえる。
ポイント住棟は2部屋×5階で10世帯が住んでいることになるが、電気がついたり洗濯物がぶらさがったりする部屋もあれば、そういう様子を一度も見ない部屋もある。空き部屋なんだろうか。生活感があり、ベランダで電話をしている姿を見かけたりするのは外国の方が多い。
この日はデスクワークを片付けたい日で、5Fのアトリエをお借りしてずっと調べ物や報告書の執筆などをしていた。昨日のお礼メッセージを送るなども。昨晩のたこパ、リラックスしてなんだかいろいろと余計なことをしゃべったような気がしてきて、落ち込んだ。
お昼は先週ミスターマックスで買ったナスとエリンギが残っていたので、ベーコンと炒めて塩レモンパスタをつくる。ミスターマックスが割と大袋で野菜を売っていることもあるが、井野団地で自炊をすると同じような食材を連続で食べることになり、最近はナスとエリンギばかり食べているような気がする。お店と冷蔵庫とコンロの数で調理者の選択肢は7割方絞られる。
ナスもエリンギもどんどんカットが大きくなってきている。
昼食を食べたらまた5階に戻る。ポイント住棟は5階建てなので5階より上はないのだけど、階段の突き当たり上方にはおそらく屋根に上がることのできるはしごがついている。あまりに穴で、住宅というより潜水艦かなにかみたいだ。もちろん南京錠がかかっていた。柴崎友香さんの『千の扉』という都営戸山ハイツを舞台とした小説にも戦中の陸軍が関係する穴が出てくる。どこにつながっているのかわからない穴や扉は団地らしい景色なのかもしれない。
人との打ち合わせに向かうため17時過ぎに外出。5階にあったTAP2008の記録集を4階に下ろす。TAP2008は展覧会形式の時代で、最後の公募展が行われた年で、井野団地を舞台に開催された。一年前に自宅で読んだときはどこかの団地というかんじだったが、いま眺めるとそれぞれの作品が井野団地のどこで行われたのか大体わかる。あ、あの住棟の壁に映像を映したんですね、など。ここから16年の月日が流れているが建物はほとんど変わっていない。
駐輪場の前では外国の方々がスケボーに乗ってたむろしていて、その横を白髪のおじいさんがゆっくり歩いていた。16年前の時間、いまの団地が想起させる時間、違う国にルーツを持つひとたちのなかに流れている時間、異なる時間が変わらない風景のなかに重なっている。
八坂神社に出るいつものルートではなく、グーグルマップが示す最短距離のルートで駅まで向かってみる。ものすごく急な坂を登ったところのお屋敷にネコがいた。取手初の野良猫。高校の脇を抜けて、地蔵堂の境内を抜けると取手駅。地蔵堂の境内は道としてつかっていいのか若干迷う。
打ち合わせ場所は自分のわがままで北千住。もっとも出やすい都内だということを実感。
北千住の西口にもイルカがいる。
北千住で夕食まで済ませ、22時前に取手着。
団地に帰ると、たぶん夕方にスケボーに乗っていた人が住棟から出てきた。同じ棟に住んでいるみたいだがどの部屋かはわからない。
寝る前にTAP2008の記録集をふたたび読む。写真に写った団地の室内、いまや間取りに対して親近感が湧く。見覚えのあるふすま、窓枠。入ったことのない部屋でも間取りがわかるというのはきっと団地特有の共感のありかただ。
8/29(木)
午後から都内で仕事なので、取手を出る前にいこいーの+Tappinoに寄ろうと考えていた。
その前に、トイレットペーパーがなくなってきたので踏切近くのセブンイレブンまで歩いていって購入。まだ踏切を渡った向こう側には行ったことがない。
いこいーのは10時開店で、10時10分くらいにいったらすでに半分ほど埋まっていた。10時半になると全部が埋まった。現在部屋に住まわせてくれているアーティストの平井さんはいこいーののスタッフもされていて、曰く木曜日は体操の活動があってその流れでお茶しにくる人が多いということだった。
暑そうにしていたらボランティアさんがうちわを渡してくれた。「サンセルフホテル」のうちわだった。
店内はものすごく賑やか。団地の静けさの水面下でたまった大量の情報と情動が渦をまいていた。彼ら彼女らは基本的にはみんな団地の住民なんだろう。そんななかでノートを開いて自分は以下のようなメモを書いていた。
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団地の4階へ。1、2、3と通過する。カサを置いてある家、団地自治会のシール。
向かいの棟、カーテンの隙間から部屋が見える。洗濯物が揺れている。人の気配がない部屋もある。
「間取りを知っている」という不思議な感覚。四畳半を、六畳を、この部屋に住む人はどうしているんだろう。ある共感と、わからなさと。
戸建てに比べると団地のドアは個性が見えにくい。でも55年が経つとさまざまなかたちで滲み出る。昔住んでいた人の痕跡も残っている。複数の時が同居している。現在の静けさが、かつての喧騒の影を呼び込んでいるのかもしれない。それをノスタルジーと呼ぶひともいる。
2008年の記録集に載っている間取りもまた見覚えがある。TAPの時間もひとつの水脈として流れている。
何かを待っているのか? 止まっていることと待っていることは違う。
いこいーので中村祐子さんの『マザリング』を読む。
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いこいーのに流れる日常の時間と、「サンセルフホテル」終了後の井野団地のケアということを考えていたら、隣席のおばちゃんが唐突に「これあげる」といってかりんとうをくれた。そして「あなた背大きいわね」「本当に大きいわ」と、なぜか身長のことをやたら言われた。
おばちゃんたちは「わたしヤモリって本当に嫌い。本当に嫌だからもう引っ越そうかなって考えてたの。あとアリも大嫌い」「わたしはカマキリが嫌」「カマキリなんてめったにいないじゃない」などと話していた。
別のテーブルからは「あそこのパーマ屋さん、開店したときから行ってんの。わがままがきくっていうのね」という話も聞こえてきた。
11時半頃に退店。団地のなかの通ったことのない道を抜けて駅へ。
昨日記録集で見た覚えのある場所を発見する。