見出し画像

「ペトリコールの共鳴」 拝読しました

【あらすじ】

妻の遥香が死去し、深い悲しみに包まれたタツジュンの前に、まさかのことが起きる。亡くなった妻の生まれ変わりのようなハムスター"キンクマ"が話しかけてきたのだ。キンクマの言葉に導かれるタツジュンは少しずつ心の重荷を下ろす。

しかし、SNSで出会った謎の女性"愛羅"が、タツジュンの生活に変化を及ぼし始める。愛羅の本性は一癖ある人物で、遂にはタツジュンを危険な状況に追い込む。

そんな中、事態を察知したキンクマが真相解明と共にタツジュンの救出を試みる。危険な目に遭いつつも、キンクマの絶え間ない努力により、“事件”は白日の下になる。

動物と人間の絆の深さ。悲しみから解放されたタツジュンの新しい人生の幕開け。

ペトリコールの共鳴より

主人公のタツジュンこと辰巳淳弥は妻の遥香を病で亡くし、深い悲しみに打ちひしがれていた。そんなときタツジュンに話しかけてきたのは遥香が可愛がっていたペットのキンクマハムスター『キンクマ』。あまりの出来事に最初は唖然としながらも、徐々にキンクマに癒やされて行くタツジュン。

しかしそんな折、遥香を喪ったタツジュンの心の隙間に滑り込んだのは、SNSで知り合った女性、愛羅でした。最初こそタツジュンに寄り添い彼のことを気遣う愛羅でしたがその内本性を現し、タツジュンは彼女に盛られた薬のせいもあって愛羅に逆らえなくなっていきます。そして終には拉致され、監禁され、脅迫されるのでした。更にはキンクマまで……

しかしそんなタツジュンの危機的状況を救ったのは、殺されてしまったと思っていたキンクマだったのです。人の言葉を理解し、そして話し、どんどん知識を付けたキンクマの機転により、タツジュンは見事に危機を脱し、愛羅たち犯罪者グループをも警察に引き渡すことに成功したのでした。


ここまでなら「人の言葉を話す賢いハムスターが活躍する、ちょっとファンタジーなお話」に思えますが、そんなことはありません。このお話はミステリーであり、現代社会の歪んだ価値観にメスを入れる社会派なストーリーでもあるのです。

トンデモない犯罪に巻き込まれた後のタツジュンは、キンクマと生活する中で彼と会話し、「常識」と言う枷を持たないハムスターの口を通して語られる人間社会の異常性に気付かされます。そして愛羅逮捕後に絡んでくる雑誌記者やタツジュン同様に愛羅に騙されたネット上の女性との対話を経て、タツジュンもまた遥香を喪ったのちの自身の心の状態や、そして遥香への想いにも気づいていくのでした。

終盤になると更に賢くなったキンクマが犯罪者(愛羅)に対する世間の反応の異常性を指摘したり、またタツジュン自身が無意識に目をそらしていたであろう事実なども指摘する様になります。また、対話を通してタツジュンとキンクマの絆は徐々に深まっていき、傷ついたタツジュンの心を癒やします。そう考えると『キンクマ』と言う存在は、作者様の考えを代弁する存在であり、またあるときは動物と人間であるけれども家族の絆や温もりを体現する存在でもあるのでしょう。

今もこうしてモニターに向かって文章を打ち込んでいる訳ですが、ネットが発達した社会では時に真実が隠され、偏ったコミュニケーションが実社会の弊害を生むことも多く、日々のニュースはそんな内容で溢れかえっています。また、触れ合うことで生まれる温もりなど、大事なものを忘れがちなのかも知れません。ペットと暮らしていれば「何を言っているのか理解してみたい」と良く思うのですが、そう言った願望を満たしつつも、より深い『闇』とも言うべき課題に切り込み、見事にストーリーとしてまとめた秀作だと想います。

タイトルの「ペトリコールの共鳴」については、最後まで読めばその意味が分かり、また随所に散りばめられたリアルな設定については「あとがき」まで読んで頂ければ納得できると思いますので、是非「あとがき」も含めて作者様の想いに触れて頂きたいです。