書けないラブレター【秋ピリカ補完計画】
かれこれ2時間ほど、机の上のまっさらな便箋相手に悪戦苦闘している。想いを文字にしようとしては戸惑い、しばらく考えてまた書き始めようとする……そんなことを繰り返していた。
「あー、ダメだぁ!」
ペンを置いて椅子にもたれ掛かり、天井を見上げる。想いをしたためることがこんなに難しいとは思ってなかった。なんでこんなことになっているかと言うと、明日は高校の卒業式だから。私の高校生活も終わりだから、ずっと気になっていた彼に思いを伝えよう、そう思い立った。
あれは高校一年の夏休み前だったと思う。地味な女学生を絵に描いた様な存在だった私は友達も少なく、昼休みはもっぱら図書館で読書するのが恒例になっていた。私だけかと思いきや、そんな人が図書館にはポツポツいたけど、もちろんお互いに声を掛け合う様なことはしない。私も、そして彼らも、人に話し掛けるのも話しかけられるのも苦手なんだから。
その日は特に暑い日で、しかも朝から少し貧血気味。もうすぐ昼の授業が始まる時間になって席を立つと、想像以上にグラっときた。あ、これ、ダメなヤツ! 視界が狭まりよろけて倒れそうになるのを机に掴まってなんとか耐え、フラフラしながら保健室へと向かう。しかし保健室は校舎の反対側で結構距離があって、なんとかもう少しと言うところまで歩いたものの耐えきれずにその場でうずくまってしまった。頭の中も視界もグルグル回っている様で立っていられなかった。
「センセー、ここにプリント置いとくよ!」
「はーい、有り難う」
今にも意識を失いそうなとき、遠くなのか近くなのかそんな会話が耳に届く。やがて誰かの足音がこちらに近付いてきて、私の肩を少し揺すりながら話しかけてくれた。
「おい、大丈夫か!?」
「あ……うん……貧血で……」
そう答えた様な気がする。彼は慌てながらも優しく私の手を取って立たせてくれて、私の体を支えながらゆっくりと保健室まで付き添ってくれた。もうその時は意識も朦朧としていて、誰かに保健室のベッドに寝かされた……はず。どれぐらい寝ていたのか、気がつくと保健室の先生が私の顔を覗き込んでいた。
結局その日は午後からの授業は受けず、家族に迎えに来てもらって早退。後日、保健室の先生から助けてくれたのが上原くんであることを教えてもらった。
それ以来彼のことを意識し始めたけど、彼はいつも友達と一緒で近づきにくい。お礼を言いたいと思っていたけどそれもタイミングを逸してしまい……せめて同じクラスになればと思っていたけど結局3年間一度も同じクラスになることもなく、時々見かける彼の姿に、複雑な気持ちでただただ視線を送るばかりで高校生活は終了してしまった。何やってるの私……
でも、このままでは絶対に後悔する! 一念発起して想いを手紙にしたためようとしたものの……書けないまま現在に至る。何やってるの私! よく考えたら今まで恋愛なんてしたことないんだもん。ラブレターなんて書けるはずがないんだよ。
「文乃? 明日卒業式なんだから、そろそろ寝なさい」
「はーい」
部屋のドアの向こうから母さんの声。時計を見るともう深夜0時前だった。私にはやっぱり無理だったのかな……諦めてベッドに潜り込むとあれこれ悩んだせいか速攻で眠ってしまっていた。
いよいよ卒業式当日。朝からも少しトライしてみたものの結局何も書けなくて、最後の悪あがきとばかりにレターセットを鞄に押し込んで登校。でも卒業生がラブレターなんて書ける時間はなく、余計なことばかり考えていたら泣く暇もなく卒業式は終わっていた。卒業したらますます上原くんとは会えなくなる……一層、もう一度彼の前でぶっ倒れてみるか!? いやいや、そう都合よく貧血になるわけない。今日に限って体調はばっちりなんだから。
式後に教室に戻って、担任の先生からの短いお話。全員起立して、最後に先生に「有り難う」を伝えて解散となってしまう。両親は外で待っているし、皆教室を出ていく……ああ、もう、こうなったら最後の手段!!
便箋を一枚綺麗に畳んでささっと封筒に入れ、ハート型のシールだけは貼る。これでなんとかラブレター感は出たに違いない。とにかくそれを持って廊下に掛け出て左右をキョロキョロすると、少し向こうの方に彼の背中を見つけた。後ろ姿でも彼のことは分かるんだから! とにかく、今私に必要なのは勢いだけ。全力で走って彼を呼び止める。
「あのっ!」
自分でもびっくりするぐらいデカい声。もちろん上原くんも振り返ってくれた。
「こ、これを!」
手紙を差し出すと、ちょっとびっくり顔の彼は受け取るのを躊躇している様子。そりゃそうか。でも、受け取ってもらわないと私も困んるだ!
「さ、さよなら!」
無理矢理彼の手に手紙を握らせて、全力で走り去る。うん! やることはやった! 手紙には結局何も書けなかったけど、今の私にはこれが精一杯だ……この時はそう思っていたけど、家に帰って冷静になってくると、大失態を犯したことに気がついた。差出人の名前も書いてないし、彼の前で名乗ることもしなかった。それに気がついたときの絶望感ときたら……付き合ってもないのに失恋した気分。私の淡い恋心は、見事に玉砕して終わったのだった。
その後大学に入って奇跡的に友達もできた。心機一転髪も短くしてメガネもコンタクトに変えたのが良かったのかな? 最初はかなり無理をしていたけれど、高校までの地味子だった自分は徐々に鳴りを潜めていったし、彼氏もできて人並みの恋愛もしたかな。やがて大学も卒業して就職するタイミングで彼氏とは別れてしまったけれど、付き合っている間も心の片隅には卒業式の日のあの出来事が。上原くんは今、どうしてるだろうか。地元を離れて都会の方で就職した、と風の噂では聞いたけど、明るい性格の彼のことだから、きっとどこにいても上手くやってるんだろうな。
今ならもう少しマシな告白もできるだろうなと、昔の自分に呆れながら職場から自宅に帰宅すると、母さんがハガキを手渡してくれた。
「文乃宛よ」
「ありがとう。誰からだろう」
差出人は覚えのない名前。しかし裏を見るとそれは同窓会の案内だった。高校の同窓会!
「もう卒業して、8年も経つんだ」
「早いわねえ、ついこの間高校に入学したと思ってたら、もう大学も卒業して就職までして」
「高校入学なって11年も前でしょう? 遡りすぎだって」
「歳を取るとねえ、時間が経つのが早いのよ」
父さんや母さんが良く言っている「歳を取ると〜」のくだり。確かに、ここ数年はあっと言う間だったけど、それは多分環境が変わって忙しくしいていたから。上原くんも忙しくしてるだろうか。彼にもきっと同窓会の案内は行ってるはずだけど、地元を離れてるなら参加はしないだろうか……やだ、私さっきから彼のことばっかり考えてる。あの時できなかった告白をしたい? いやいや、今更よね、私にとっても彼にとっても。大体名乗りもしなかったんだから、私のことなんて忘れてるって。
その後、高校時代の数少ない友人に連絡を取ると参加するとのことだったので、私も参加を決める。上原くんは参加しないとは思うけど、もし参加してたら……どうせ私のことなんて覚えてないし、会っても昔とは雰囲気が変わったから私だと分からないだろうな。何もなかった振りをして接触さえしなければ、遠くでヒソヒソと言われてもやり過ごすぐらいの度胸はある。臨機応変に対応すればいいわ。
同窓会当日、服を選んだりお化粧をしたりしていても、なかなかビシっと決まらない。分かってる、やっぱり彼のこと意識していて、もし再開できたときのことを考えちゃってる。
「文乃、何やってるの? 遅れるわよ!」
「はーい!」
母さんに急かされて、結局完全には満足できない感じにはなっちゃったけど、まあおかしくはないよね、うん。会場は最寄り駅周辺の居酒屋で、よく知ってる店だ。着いてみると既に同級生たちが集まっていて、友達とも会えた。彼女たちと軽く挨拶して会話を交わしつつも、目は上原くんを探してる。そして直ぐに、店の奥の方で男友達と談笑している彼を見つけた。家ではあれだけ「やり過ごそう」とか、「黙ってれば分からないはずだから」とか思ってたくせに、彼の姿を見るとじっとしていられなくて、友達との会話もそこそこに彼の方へ歩み寄っていた。
「上原くん」
「……」
話しかけると、ちょっと驚いた様子でこちらを見つめる上原くん。あ、これ、ダメなやつ? 不安になったけど、直ぐに彼が払拭してくれる。
「川村!」
「覚えててくれたの!?」
「これな」
そう言いながら彼は自分の鞄をゴソゴソして、そして見覚えのある封筒を取り出した。もうとっくに捨てられてしまっただろうと思ってた封筒。あの日の場面が一気に脳内によみがえる。
「今日会えて良かったよ。色々聞かせてくれよな」
「私もそのつもりで出席したから……」
恥ずかしかったり嬉しかったりで、きっと今めっちゃ変な顔になってる。でも気持ちは踊っていた。やっぱり私は今でも彼のことが好きなんだ。この想い、今なら伝えられそうな気がする、いや、伝えなきゃ!
上原くん。あの時は文字にも言葉にもできなかったけれど、ずっとずっと伝えたかった私の想い、受け取ってくれますか?
秋ピリカに応募した作品「読めないラブレター」
残念ながら賞は逃してしまいましたが、めろさの企画「めろからのてがみ」で、素敵な感想のお手紙(メール)を頂いたんです😍
その中で「なんで白紙だったか」についての記述があり、実は設定としてはその辺りも考えていたんですよ。なので、秋ピリカ応募作の対作品として、文乃サイドからのストーリー「書けないラブレター」を書いてみました(ややこしい😅)。
1200字縛りはナシってことでちょっと長めにはなりましたが、お楽しみ頂ければ嬉しいです💌