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「電気のマネーロンダリング」再考

先日の「熱海の土石流は犯罪事件」で、

「地球温暖化対策のために再生可能エネルギーの普及は不可欠ですが……」みたいな枕詞をつける。
不可欠でもなんでもないし、今のようなことを続けていたら、資源小国の日本は取り返しのつかないことになる。

……と書いたが、この部分に対して「なんで?」と思うかたは、まだいっぱいいらっしゃると思う。
簡単にいえば、「発電事業は投入するエネルギーや資源量と出力する(得られる)電気エネルギーの計算問題」なので、答えが極端なマイナスになるような発電は資源浪費になるからやってはいけない、ということだ。

たまたま、2014年の日記に、ちょうどそのことを書いていたのを見つけた。書いたことをすっかり忘れている。いよいよ認知症が進んでいるなあとガックリきたが、ガックリするだけではいけないので、ここに少し整理した内容で再掲しておこう。

「止まっているとかっこわるいから」電気で風車を回す?

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上の漫画は、「あのちゃん ディストピアなう」というブログ に掲載されていたものの一部だ。(今はブログはやめて、YouTube や Twitterに舞台を移しているようだ)
この上下のコマがあるのだが、特にこの部分が「うまい!」と思ったので転載。

作者は夫と子供二人と暮らす女性らしいのだが、「再生可能エネルギーはいらない」という主張を漫画とイラストを使ってネットで発信している。

で、このブログでも紹介していたのが山田征(せい)さん。

山田さんは、80年代、原発論議が盛んだった頃から、男性の学者陣に混じって、一「生活人」としての目線から反原発を唱えていた。久々にネットでチェックしたところ、彼女は2021年現在もなお、元気に活動を続けているようだ。
ヒステリックに、情緒的に叫ぶのではなく、きちんと裏を取りつつ、信頼できそうなデータを地道に集めて、理論的に主張を展開するという姿勢に敬意を表したい。

3時間近くに及ぶ講演(雰囲気は茶話会に近い?)の内容を項目ごとにまとめてくれているブログがあるので、詳しくはそちらをご参照いただきたい。

その中で、風力発電問題に触れている部分がこれ↓ 僕が川内村で経験したこととまったく同じような体験をされている。

★動画は⇒こちら

↑この動画の10分~12分あたりで話している内容が気になった。
まとめるとこうなる。

・大型発電風車は風速12m以上の風が吹かないと自力で発電できない。
・発電しない状態のときに、潔く止めていればいいものを、格好がつかないというので(外部から)「通電して」ゆっくり回している。すべての風車が同じ速度でゆっくり回っているのはその状態。
・これは発電施設を建てた業者など、現場の人たちがみんなそう言っているので間違いない。
・新潟の業者の人が言っていたが「日本海側は冬しか強い風が吹かないので、風のないときはかっこわるいから外部電源で風車を回している。そのための電気のほうが大きいので、発電収支は赤字になる」とのこと。

これはまず「風速12m以上じゃないと自力で発電しない」は明らかに間違いだ。「定格出力が得られない」というのなら分かるが、定格出力以下の発電はできる。
しかし、「無風時には格好がつかないから電気でゆっくり回している」という話は、私自身もあちこちで耳にしていた。
そもそも大型発電風車は羽(ブレード)を風上方向に向けたり、風が強すぎるときには羽を畳む(根元を回転させて風がブレードを通り抜けるようにする。このときはブレードが細くなったように見える)姿勢制御のために電気を使う。停止状態から始動のときにも電気を使う。そのための電気を、現場の敷地内に設置したバッテリーで行っている場合以外は、外部からの引き込み電力でまかなっている。
つまり「大型風力発電は、発電するために外部からの電気が必要」なのだ。

これは2011年3月にイチエフが爆発したときに証明された。東電の外部電力を使っていた滝根小白井ウィンドファーム(東電系列のユーラスエナジー)の風車は全機が停まったのだ。
「かっこわるいからゆっくり回す」ことさえできなかった。
広野の火力発電所が復旧してしばらくしてから、滝根小白井ウィンドファームも徐々に動き始めたようだが、その後も、無風で停まっている風車のすぐ横で、ゆっくりと回っている風車がある光景をよく目にした。しかも、羽の向きがバラバラだったりする。
「かっこわるいから外部電力でゆっくり回している」という話自体は、ありえることだと思う。

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発電実績でさえ「社外秘です」と言って公表しないのだから、ましてや、無発電状態の風車を「止まっているとかっこわるいから」外部からの電気でゆっくり回している、とは、業者は口が裂けても言えない。しかし、現場で働いている少数の人たちは知っているはずなのだ。

再エネからの電気を高価買取りするという破壊行為

ここで改めて考えてみたい。
再生可能エネルギーを高額な「固定価格」で買い取る制度が、いかにエネルギー事業を歪めているかということを。

私がこの動画を紹介した2014年、風力発電からの電力買い取り価格は、20kW以上が22円+税、20kW未満が55円+税、洋上風力は36円+税だった。
太陽光は10kW以上が32円+税、10kW未満が37円+税で、この価格が風力と10kw以上の太陽光は20年間、10kw未満の太陽光は10年間ずっと保証される。
買取り価格の一覧は⇒エネルギー庁のサイトで公表されている

当時、東電などの電力会社が一般の企業向けに売っている電気の値段は、約15円/kwだった。新電力と呼ばれる10電力会社以外の発電事業者の売電価格はもっと安い。

さて、風力発電は、風がなくてブレードが回らないときは「格好がつかないから外部電力でゆっくり回している」というが、もし、その外部電力で回したブレードで、ブレードにつながっている発電機を回して発電したらどういうことになるだろう。
ありえないことではあるが、理屈としては「電気を使って電気を作る」ことになる。
外部から10円/kwで得られる電気を使って、発電損失が60%の電気を作ったとすると、10の電気を使って4の電気に変換したことになる。
これを2.5倍の価格で売れれば、つまり25円/kwで売れればトントンという計算になるのではないか? 35円/kwで売れば10円/kwの儲けが出るのではないか?
タダ同然の水道水をペットボトルに詰めて「○○の名水」などという触れ込みで高額で販売するようなものだろうか。しかも作った「名水」商品は作っただけ買い取ってもらえる……。こんなおいしい商売はない。

当時の風力発電の固定買い取り価格22円というのは、そういうトンデモ話の次元に近い高額設定だった。
この価格で20年間はずっと買い取りますよ、というのだから、全国で大型風車やメガソーラーの建設ラッシュが起きたのは当然だ。

ちなみに2020年度では、250kw以上は風力も太陽光も入札制度によって決めていて、2020年度の実績では風力が18円/kw、太陽光は11.5円~12円/kwまで下がっている。再エネバブルはほぼ終了したと思えるが、2014年の22円/kwは20年間固定だから、当時に駆け込み申請した施設からの電気は、今でも太陽光は32円/kw、風力は22円/kwという高額で買い取られ続けているわけだ。
2021年の熱海土石流「事件」で浮かび上がった伊豆山地区土地所有者の企業は、前所有者が谷への残土や産廃の不法投棄で土地を差し押さえられた2011年2月22日のわずか3日後にその土地を買い取っている。そして2年後の2013年には、一気に太陽光発電施設建設の申請をしている。
2013年度の固定買い取り価格は36円/kwで、これが20年間保証される。施設は管理義務が緩い40kw以下の小規模区画に細かく分割されている↓

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今回は数十人の犠牲者を出す大惨事となったことで世間の目を引いたが、こうした自然破壊によるデタラメな商売は全国の山で行われている。

さらに忘れてはいけないのは、太陽光パネルの製造競争で日本企業はことごとく敗退し、今や世界の太陽光パネル原材料である多結晶シリコンの多くは中国・新疆ウイグル自治区で作られていて、日本は太陽光パネルの8割を中国から輸入しているという現実だ。
そこでは、中国当局がウイグル族を強制収容し、職業訓練と称して収容施設で無償や低賃金の労働を強いているという。
ソーラーパネルは製造に大きなエネルギーを使う。発電効率は概ね20%程度で、発電効率を上げようとすれば製造コストも上がる。
風力や太陽光は、いつ発電開始され、いつ止まってしまう(風がやむ、曇る)か分からないので、増やせば増やすほど、そこからの発電がゼロになったとき、瞬時に稼働してバックアップしてくれる水力や火力などのコントロール可能な発電所を作っておかなければならない。風力発電所や太陽光発電所を作った分、火力発電所が減るわけではなく、その逆なのだ。
しかも、火力発電所の出力を急激に上げ下げすれば燃費が極端に悪くなるので、太陽光や風力のバックアップに回る火力発電所での燃料消費は無駄に増える。

太陽光や風力の発電コストが安くならないというのには、きちんとした理由があるのだ。

エネルギー効率の悪い発電方式で作る不安定(低品質)な電気を高額で長期間にわたって買い取る……という法律(固定価格買取り)、さらには「電気料金はかかったコストに上乗せした料金でいいですよ」という法律(総括原価方式)は、こういう矛盾を最初から抱えながら、詐欺的な売り文句で消費者を洗脳し、余計な金を使わせ、日本の環境を破壊し続けるという結果を生んだ。
ところが、今でも「欧米では消費者が発電方式別に買う電気を選べるんです。日本も早くそうしなければ」などと自然エネルギー礼賛を続ける「文化人」や、「リベラル環境派」を名乗る政治家がいっぱいいる。
エネルギー収支計算や資源物理学、エントロピー環境論を理解できないのであれば、せめて余計なことを言うな。「廃物を捨てられない原子力発電はやめなければいけない」「無駄なエネルギーを使う生活スタイルをやめよう」だけでいいのだ。
太陽光発電に限らず、現代文明を支えている工業生産は、石油や稀少金属などの地下資源がなくなればできない
自然エネルギーだけで未来永劫、今の文明が保てるわけではない。
自然エネルギーだの再生可能エネルギーだのカーボンニュートラルだのと言っていられるのは、石油がまだまだあるからだ。
石油が本当になくなれば(いつかは必ずなくなる)、風の谷のナウシカみたいな世界が始まる。

安く手にいれたものを高く売りつける、あるいは数字の操作だけで実際には何も生み出していないのに儲かる……現代のビジネスはそれを大規模にやればやるほど成功するシステムだから、役人も企業経営者もこれが「悪いこと」だとは思わないのかもしれない。

問題は、税金も電気料金も拒否することができないということだ。
拒否すれば差し押さえを食ったり、電気を止められたりする。つまり、生きていけない。
「再生可能エネルギー」の高額買い取り制度は、国家権力と電力会社による国民資産の強奪である。

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『裸のフクシマ』(講談社刊)の続編ともいうべき実録。阿武隈は3.11前から破壊が進んでいた。
夢や生き甲斐を求めて阿武隈の地へ棲みついた人たちがどのように原発爆発までを過ごし、その後、どのように生きることを決断していったか。
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こんなご時世ですが、残りの人生、やれる限り何か意味のあることを残したいと思って執筆・創作活動を続けています。応援していただければこの上ない喜びです。