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山の一日

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朝6時、未だ冷たく青い空気が満ちる谷あいの村。

高い岩山の懐に抱かれたこの場所にもじわじわと太陽の光がさしこみ始める。

屋根もない大地の上に直に毛布を敷いて寝ているので、目が覚めてもしばらくは寒くて動くこともできない。それでも、しばらく陽光を浴びてぬくもるうちに、少しずつこわばりが解け、上掛けの毛布をはね退ける勇気がわいてくる。

隣で寝ている7歳のアンモは、まだ夢の中だ。私の頭側で寝ている18歳のタシも、ヤクの毛で織ったチャリ(毛布)を頭の上までかぶり、縮こまって眠っている。

ムトゥプお母さんはまだ暗いうちに起きて、炉に火を入れてくれている。私と同時に起きた13歳の男の子ソナムは、お母さんにゴンパ(チベット仏教の寺院)に供えるお香を渡されて、ゴンパへと走っていった。

私は毛布と寝袋を庭の端の丸太の上にかけて干し、暖かい家の中に入る。

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朝の1杯目は、かならずチャ・ンガルモ(甘いミルクティー)、それから塩味を付けてヤクのバターを浮かせたチャ・カンテをいただく。

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そうしている間に、お母さんがアンモとタシの毛布をはがして起こし、私は起きてきた小さなアンモとゴザの上に並んで座ってお茶を飲む。

「アンモ・ツォンツェ(小さなアンモ)、水汲みに行こうか。石鹸も持ってね。」

「うん!」

4リットルのボトルを二つ、1リットルのボトル二つと石鹸を握って、私とアンモは競うように水場に降りて行く。もちろんこの時間の水は手がかじかむほど冷たいのだけど、ふたりでこうやって水を汲みに行くのは楽しい。

水を汲んだら、お母さんと私は朝ご飯作りだ。今日はタキシャモ(無発酵の薄焼パン)とアルー(ジャガイモ)の煮込み。

私が十数個のちいさなアルーの皮を剥いている間に、お母さんが小麦粉を手早くこね、暖炉に敷いた鉄板に薄く延ばした生地を貼り付けてタキシャモを次々と焼き上げていく。お母さんは昼ごはんのための米も一緒に炊いている。

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ソナムはヤギの乳を絞ってきた。ヤギの乳はボトルに入れて、タラと呼ばれる発酵乳にする。少し酸味のある「飲むヨーグルト」みたいなものだ。

ご飯を食べ終わる頃になると、村の中心にあるマニ車から、村中に声がかかる。タシとソナムは外に飛び出していって、家畜小屋の戸を開ける。羊・ヤギ・ロバを村の裏口まで連れて行く。

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朝9時に学校は始まる。こんな小さな村だけどみんなきちんとえんじ色の制服を着て、8時半には徒歩2分の学校に登校する。

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お母さんとタシと私は、畑に行く支度をして1時間かけて奥の山にある畑まで歩いていく。

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背に負ったつる籠の中には、今朝炊いたご飯とおかずをいっぱい詰めた鍋、バター、お茶っ葉、大麦粉、塩、砂糖、ゴム手袋、鎌、たまに石鹸やシャンプーなんかが詰まっていて、重い。背負い紐は肩に食い込んでくるが、それもずいぶんと慣れた。

太陽はじりじりと首筋を焼いているが、谷を吹き渡る風は大きく、清涼で心地よい。

朝日の照りつける畑では、山の上に泊まりこんでディモ(ヤクの雌)の乳搾りをしていたお父さんが、お茶を沸かして待っていてくれた。朝食をとるお父さんとともに、私たちもお茶とタキシャモをいただき、仕事を始める。

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それから日が暮れるまで、畑にしゃがみこんでマメと麦の収穫をする。ここでの収穫方法は、ひたすら手で根っこから引き抜いていく、という方式だ。手袋が十分ないから大体の作業は素手ですることになる。

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私がレーで買っていったゴム手袋は1組しかないので、みんなで回しながらとげのある植物に触る時だけ使う。土と蔓についている埃で手は真っ黒、指は乾いて、たことあかぎれで痛々しい。それでも、収穫できるのは嬉しい。収穫はお父さんが一番速い。私の3倍くらいのスピードで収穫していく。

畑の横ではロバが4頭放されてうろうろしている。あんまり遠くに行ってしまうと、タシと私で連れ戻しに行く。

畑のそばに焚き火をして、いつもお茶があるようにしている。塩味で、ヤクのバターの浮いたお茶は、乾燥の厳しいここではとても美味しく感じる。

太陽が山の向こうに隠れ、急速にあたりの温度が下がり始めると、明日収穫する畑に水を入れて、家に帰る支度をする。タシは帰ってくるヤギと羊を家に入れるために先に帰った。

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再び山に向かうお父さんを見送り、お母さんと私で晩ご飯に何を作るか話し合いながらまた1時間かけて家に帰る。今日の夕食はダル(豆の煮込み)とティモク(蒸しパン)になった。ティモクはちょっと手のかかるご馳走なので、みんな大好きだ。

お母さんがダルを作り、私とアンモでティモクの生地をこね、伸ばし、形を作っていく。

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タシとソナムはそれぞれの教科書を開き、ぶつぶつと呟きながら課題をこなしている。タシは10年生の数学、ソナムは5年生の社会だ。高校生のタシは学校には行っていないが、年に一度昇級試験がある。 ご飯を食べ終えると、タシとソナムは近くの家に間借りしている先生の部屋に勉強に行く。私とお母さん、アンモは玄関先に毛布を敷き、眠る準備を整えていく。

一通り準備が出来たら、私は日記を書く時間だ。その日一日のことを思い出せる限りノートに書き付けていく。ここでの日々はとても濃いので、朝から何があったのかなかなか思い出せないこともよくある。

アンモはとなりで眠るでもなしに遊んだり、私が日本から持ってきた折り紙で遊んでいたりする。折り紙で折ったツルはとても可愛がられている。 私が日記を書き終え、アンモと一緒に毛布にもぐりこむ頃に、タシとソナムが帰ってくる。みんなで月明かりの下、毛布にくるまる。二、三言しゃべることもある。

しんとした冷たい夜の空気が、冷たいまま鼻から入ってくる。月と大地を隔てる空気の膜が薄いラダックは、月の明かりが眩しいほど強い。眩しすぎて眠れない私は寝袋の中にごそごそと潜り込んで眠りにつく。

生きるために生きる。生きるために畑を耕し、羊の毛を刈り、ヤギ、ヤクを飼って乳を絞り、チーズやバターを作る。生きるために、食べる。食べるために、生きる。誰かと一緒に、生きていく。

(終わり)

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