たぬ

そんなに過敏でよく旅ができるな

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最近の記事

山の一日

朝6時、未だ冷たく青い空気が満ちる谷あいの村。 高い岩山の懐に抱かれたこの場所にもじわじわと太陽の光がさしこみ始める。 屋根もない大地の上に直に毛布を敷いて寝ているので、目が覚めてもしばらくは寒くて動くこともできない。それでも、しばらく陽光を浴びてぬくもるうちに、少しずつこわばりが解け、上掛けの毛布をはね退ける勇気がわいてくる。 隣で寝ている7歳のアンモは、まだ夢の中だ。私の頭側で寝ている18歳のタシも、ヤクの毛で織ったチャリ(毛布)を頭の上までかぶり、縮こまって眠

    • リトアニアの時間を歩く(後編)

      3-4日目 カウナス 前日スーパーで買っておいたサラダとサンドイッチ、野菜ジュースにヨーグルトに熱々のコーヒーを淹れて、ちゃんとした朝ごはんを食べたところまでは完璧だったのに、私の行きたかった博物館が2つも閉まっていて(月曜日だから当然だった)市街を一望できるゲディミナスの塔に登るまで、私は夫に終始当たり散らしていた(塔からの見晴らしがとてもよく、気持ち良さに機嫌がなおった)。 私たちは昼頃駅へと向かった。今日はリトアニアの旧都でもあるカウナスに電車で移動するのだ。 彼が

      • リトアニアの時間を歩く(前編)

        1-2日目 ヴィリニュス 私たちがキルギスの首都を発し、カザフスタンのアルマトイ、モスクワのシェレメチェボ空港を経由してリトアニアのビリニュスに着いた頃、時計の針はもう深夜のてっぺんに近づいていた。 空港から街までは徒歩なら1時間くらいの距離があり、私たちはタクシーを予約しておらず、乗客はほぼ満席に近かったので、二人して急いで飛行機から降りた。 深夜の怠そうな入国審査官は入管に真っ先に並び、舌足らずな挨拶をした私をほとんど見ることもなく、無言でスタンプを叩きパスポートを突

        • サンクトペテルブルクの夜を知らない6(終)

          翌日街をぶらぶらと歩きつつ、疲れてしまったわたしを気遣って、夫が日本食のカフェに入ってくれた。 カジュアルおしゃれな寿司カフェのような店で、わたしは嬉々として柔らかいうどんを啜りながら、ペテルブルクがなぜこんなに重たく感じるのか、例えば先週までいたリガと感じる違いについてつらつらと考えていた。 ロシアに入ってずっと、過去30年分くらいの時間の幕がかかったような世界にいるような感覚が拭えなかった。 「英雄都市レニングラード」の苦難と勝利への誇りは、ペテルブルクの隅々に生きて

          サンクトペテルブルクの夜を知らない5

          要塞からの帰りの船着場で夫が突然、この先の街に行ってみよう、と言った。 私たちは初めに来た船着場には戻らず、街へと向かった。 船が着いたシュリッセリブルクは本当にのんびりとした小さな町で、私たちは小さなショッピングセンターに入っているファストフード店(大盛況だった)でピザを頼み、お昼にした。 なにやら思案顔で携帯を見ていた夫が「近くに戦車の博物館があるって地図に出てるから行ってもいい?」と言い、私たちは戦車だか戦艦だかの砲塔がごろごろしている公園を抜け、バス停へと歩いて行っ

          サンクトペテルブルクの夜を知らない5

          サンクトペテルブルクの夜を知らない4

          「明日は晴れそうだから遠出もできるけど、どこに行こうか」ガイドブックを繰りながら夫が言った。 「ならまた要塞に行きたい」 「クロンシュタット要塞?」 「違う…なんだっけ、オレシェク要塞…?」 ガイドブックにも載っていないけれど、ペトロパヴロフスク要塞の中に無造作に置かれていた立て看板の中にひっそりと案内があり、なんとなく気になった場所だった。 「市内から電車で1時間くらいだし行ってみようか」 翌朝レーニン像の佇むフィンランド駅から東に向かう電車に乗り、延々と続く森と田舎の風

          サンクトペテルブルクの夜を知らない4

          サンクトペテルブルクの夜を知らない3

          それから2日はひたすら博物館、市内に点在するレニングラード時代のトーチカや戦車を見て回った。 鉄道博物館、ソ連の暮らしの小さな博物館、ロシア中の風景をジオラマで再現した模型博物館、包囲戦中も戦車工場として稼働していたキーロフ工場(今は農業機械を作っている)の中にある専門博物館、(レニングラード包囲と防衛博物館にも行ったが、残念な事に改装中だった)、ペテルブルクは至る所に公的・私的な大小の博物館があり、その数には圧倒されてしまう。 歴史的遺物も必ずしも博物館に保存されている

          サンクトペテルブルクの夜を知らない3

          サンクトペテルブルクの夜を知らない2

          翌朝はヨーロッパっぽいオシャレなカフェで朝ごはんを食べ、夫が駅を見に行きたいというので地下鉄に乗った。 「フィンランド」という駅で、その名の通りペテルブルクの北の玄関口であり、ヘルシンキ始め北方からの列車の発着駅である。 駅を出てふと駅の装飾を見上げ、私は圧倒された。直線と直角でできたがっしりとした印象の駅舎に、力強い-鎌とハンマーを背にしたソ連の人民たちの巨大な鉄のレリーフがはめ込んである。何とも直接的な圧迫感だった。 駅の前には大きな広場があり、重い雲が垂れ込める曇天の

          サンクトペテルブルクの夜を知らない2

          サンクトペテルブルクの夜を知らない1

          サンクトペテルブルクには、少なくとも二つの顔がある。 早朝のプルコヴォ空港から、路線バスで降りたった場所は、数時間前までいたラトビアの首都リガよりも30年ほど時代を遡ったような気持ちにさせた。 少し残った朝の霧と陽光にきらめく埃の中で、道端に座って花や雑貨を売るおばあちゃんたち、次々とやって来ては大量の乗客を吐き出していく年季の入ったバス、くすんだコンクリート色の建物たち。 例によって私はリガからの早朝4時からの移動ですでに疲れ、あまり元気と機嫌が良くなかったが、夫は初め

          サンクトペテルブルクの夜を知らない1