
コーチ物語 クライアント24「まるでドラマの出来事が」その2
「どうぞ、撃ってみてください」
メガネをかけた背の高い男はゆっくりと起き上がり、銃を構えた男に近づく。銃を構えた男は見を震わせながら、撃つぞ、撃つぞを連呼するだけ。
「もうやめましょうよ。これ、モデルガンなのはわかってますよ」
にこりと笑う背の高い男。なんと、モデルガンだったとは驚きだ。でもどうしてそれがわかったのだろう?
「そろそろ警察がきます。これで終わりにしましょう」
そう言って銃を構えた手をゆっくりと降ろさせる。いやぁ、驚きだ。見事な解決だな。その瞬間、拍手がわきあがった。
これで解決した。おそらくそこにいたみんながそう思ったに違いない。銀行強盗に入った犯人も間違いなく観念したようだ。だが事態はこれで終わらなかった。それこそ、ドラマのような出来事が目の前で起きてしまったのだ。
「て、てをあげろっ!」
声がする方を見ると、一人のスーツを着た中年男性が震えながら銃を身構えている。こちらの銃は先程一発天井に撃った銃。つまり本物だ。
「み、みんなそっちに固まって。は、はやく!」
いきなり何が起こったのか。ほとんどの人が理解できなかっただろう。私も何が起きてしまったのか、理解に苦しんだ一人だった。しかし相手は銃を持った男。いうことを聞くしかなかった。
「どうしたんですか? あなたは一体何がしたいんですか?」
背の高い男が一歩前に出て銃を持った中年男性に説得を試みた。
「だ、だまれ。お、おれはもうこれしかないんだ。これしかないんだから」
意味不明の言葉を繰り返す中年男性。すると銀行の外からはパトカーの音が響き始めた。
「もう警察が来ます。今銃を下ろせば何もなかったことにはできますから。さぁ、それをこっちに渡してください」
「うそだ、そんなことできるわけがない。おれは今までそうやって何度も騙されてきたんだ。もう騙されないぞ。おい、シャッターを閉めろ!」
そう言って指示する中年の男。銀行員の一人が震えながらもシャッターを閉めに行った。これで完全に私たちは孤立してしまった状況になった。
シャッターが閉め切られたら少し安心したのか、中年男はゆっくりとソファに腰掛けた。だが銃は私たちに向けられたままだ。
「どうして、どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ。もうおれの人生、ダメだ。いつも騙されてばかりで……」
中年男は涙を流しながらそんな愚痴を口にしている。背の高い男は一度私たちの方に戻り、こんな話を始めた。
「落ち着いてください。ボクは今からあの人の説得を続けてみます。それまでは不用意に動かないほうがいいです。それとどなたかに一つお願いがあります」
そう言って背の高い男は携帯電話を取り出した。
「私が今からやろうとしていることを、私の警察の知り合いにそのまま流してみたいと思います。この携帯電話をあの人にばれないようにボクの声が拾えるように掲げておいてください。ボクはなるべく大きな声でしゃべりますから」
どなたかにと言われても、ちょっと危険な行動だ。これがバレたらあの中年男に撃たれるかもしれないのだから。さすがにこの申し出には誰も手を挙げなかった。
「そもそもあんたは何者なんですか? さっきの身のこなしといい、判断力といい、只者じゃないと思うのですが?」
「ボクはこういうものです」
背の高い男は名刺を一枚取り出して見せた。
「羽賀純一。コーチング……」
「はい、コーチングのコーチというのをやっています。今日はたまたまお金を引き出しにきただけなんですけど。まぁ仕事がら相手の話を聴いてあげたり、人の心理を読んだりすることが得意なものですから」
思わず納得。なるほど、だから冷静に犯人たちの動きを読んだりできたのか。しかし突然現れた中年男はさすがにノーマークだったようだ。
「もうひとつ教えて下さい。どうしてもう一つの銃がモデルガンだとわかったのですか?」
「簡単なことです。今あの人が持っている銃、おそらく二十二口径の小型ピストルです。アメリカでは護身用として使われる程度のものです。それに対してもう一つの銃は三十八口径。かなり大型の銃です。映画なんかではよく見かけますが、実際に日本にはそんなに流通していないはず。おそらく小型の方はどこかの暴力団から手に入れたものでしょう?」
そう言って行員に縛られた犯人の一人に尋ねる。すると一人の男が首を縦に振った。
「もう一つは身近にあったモデルガンを使用した。一つが本物だとわかると、もうひとつも本物だと勘違いしてくれる。そう思ったんでしょう。けれど、銀行強盗をするのにマグナムはないでしょう」
言われてみればそうだ。マグナムなんてドラマ化漫画の世界でしか見たことがない。といっても本物の銃を見たことも初めてではあるが。
「だからハッタリだと思ったんですよ」
この解説にみんな納得。と同時に、この人ならあの中年男を何とかしてくれるに違いない。そう思えるようになった。
「わかりました。私がやります」
そう言って一人の男が名乗りでてくれた。名札をつけているところを見ると銀行員の一人のようだ。
「では今から電話をかけます。ただし相手の人は声が大きいですから。音量を最小にしておいてくださいね」
コーチの羽賀さんは電話をかけて、名乗りを上げてくれた銀行員に携帯を手渡す。通話が通じたのを見計らってすくっと立ち上がった。
「もう一度考えなおしてみませんか? そもそもあなたはどうしてこの銀行で籠城をしようと思ったのですか? その理由を話してもらえませんか?」
電話口の向こうでは小さくもしもーし、という声が繰り返されていた。が、羽賀さんが話し始めると急におとなしくなったようだ。
「うるさい。おまえらにおれの気持がわかるもんか。どうせおまえだっておれを騙して警察に差し出そうって魂胆だろう。わかっているんだからな」
中年男は意固地になっている。よほどつらい思いをしてきたに違いない。
「あなたは今までいろんなことで騙されてきた。そうおっしゃっていましたね。わかりました。私があなたを騙さない、あなたの味方であるという証拠をおみせします」
一体何をしようというのだ?
「まず、ここを取り囲んでいる警察。この人達に一旦退いてもらいましょう。それでいかがですか?」
そ、そんなことができるのか? 私は耳を疑った。
「わ、わかった。それができるのならお前のことは信じよう。さっさとやれ!」
「では電話をかける許可をもらえますか?」
「い、いいだろう」
羽賀さんはそういうと私たちの方に戻ってきた。そしてバッグを探るふりをしてさきいほど行員に渡した携帯電話を手にした。
「もしもし、羽賀です。事情はお分かりのことと思います。ご協力をお願いします。大丈夫です。とにかくパトカーを一度見えるところから解散させてください」