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コーチ物語 クライアント28「せめて少しはカッコつけさせてくれ」その4

「ねぇ、唐沢さん、あなたもそう思うでしょ」
「そうですね、それはやはり旦那さんが悪いと思いますよ」
 そう言ってオレはマダムたちの会話に適当にあいづちを打って会話を盛り上げる。いつも女性ばかりの会話の中に男の意見が交じることでより会話が盛り上がっていく。
 といいつつ、オレはこのマダム連中に適当に話を合わせているだけなんだけど。まぁそれに対してのウケもよく、やたらと会話を絡めてくる。
「はい、じゃぁ今日はこれでおしまい。もう時間になりましたよ」
「えーっ、もうそんな時間?」
 時計を見れば午後五時。働く男性ならばアフター5で今からが本番というところなのだろうが。ヤキモチやきでワガママな旦那さんを持つ奥様連中にとっては、これが限界時間のようだ。まぁ、オレの方も限界がかなり近づいていたからよかったけど。
「あなた、なかなかおもしろかったわ。今度ウチの会社でぜひ指導してくれないかしら」
 一人のマダムからそんな話が。これは思わぬ収穫。確かここの会社の旦那さんはIT業界だったな。社員も百名を超えると聞いている。これはいい仕事になりそうだ。
 その声を皮切りに、ぜひウチの旦那の会社にもというオファーが殺到した。というか、堀さん以外全員がオレにそう言ってきたことになる。
 で、結局後日奥さんたちを経由してそれぞれの旦那さんに会う約束をすることになった。連絡先ももらい、ちょっと嬉しい結果に。
 ワイン会の帰り道、堀さんはオレにこんなことを言ってきた。
「唐沢くん、あなたもちゃんとモテモテになれるじゃない。これは女性にはちょっとお堅い羽賀くんじゃできない芸当だよ」
「それって褒め言葉っすか? まぁ、結果オーライでよかったけど」
「うふふ、結果オーライじゃないわよ。私にはこうなることは読めてたけど」
「読めてたって?」
「唐沢くん、あなたはあなたの土俵で勝負すればいいのよ。何も羽賀くんと同じ土俵で勝負する必要ないじゃない」
 言われて気づいた。確かに羽賀に対しての嫉妬の思いは強い。四星商事時代から、オレは羽賀に追いつこうと必死だった。けれどどうやっても羽賀には追いつけない。だからオレはオレのやり方で羽賀をサポートしていこう。そう思っていた。
 独立してからもそのつもりだった。が、いつしか羽賀に追いつこう、そんな気持ちが芽生えていたのだ。けれど羽賀には羽賀の世界がある。その世界にオレが入り込んで、追いつこうなんて所詮無理な話。
 営業のコンサルをやるときにはいつもクライアントに言っているじゃないか。自分の土俵を作って、そこで勝負しろ、と。ライバルは隣の会社じゃない、自分自身だ。それを繰り返し指導しているオレが、自分のこととなると見えていなかっただなんて。こりゃ堀さんにやられたな。
「堀さん」
「ん?」
「ありがとう」
「あれ、やけに素直じゃない。なんか唐沢くんらしくないなー」
「ったく、たまに素直にお礼を言えばそう言われるんだから。オレってそんなにひねくれてるかな?」
「そうそう、その口調のほうが唐沢くんらしいわよ」
 まぁ、褒め言葉としてとらえておくか。帰りのタクシーの中でオレは堀さんにオレなりの伝え方で感謝を述べた。といっても、やはりこの年代の女性は苦手だなぁ。
 明けて翌日、オレは早速昨日出会ったマダムたちに電話。旦那さんへのアポをとりつけるためであり、決して下心があるわけじゃない。しかし相手は得体のしれないマダムたち。どこでそんな話に転換するかわからない。ここは注意をしながら話を進めないと。
 六人のマダムのうち、四人はまだ旦那さんに話をしていないとのこと。一人は話はしたけれど、うちにはそんなコンサルはいらないと断られたとか。そして最後の一人。最初にオレにアプローチをかけたIT会社の社長夫人のところで期待の収穫が。
「あなたのこと話したら、とても興味を持ってくれたわ。夫の連絡先を教えるから、直接アポイントメントをとってもらえるかしら?」
 もちろん、喜んで。早速オレは教えてもらった番号に電話をかける。 
「はい、桐生ですが」
「あ、私昨日奥様から紹介をいただいた営業コンサルタントの唐沢ともうします」
「おぉ、妻から聞いているよ。なかなかおもしろい人だってね」
 おっ、のっけからなかなか好感触だぞ。そのあと、あえて仕事の話はせずに旦那さんの身近なことについての探りを入れる質問をし、さらにそこから話題をふくらませてみた。これが大成功。
「あはは、電話じゃなんだから、早速会おうじゃないか」
 ということで、あっさりと会う約束をとることができた。実はこれが営業のアポを取る秘訣の一つ。普通はきちんと要件を伝えて、アポイントメントをとるのだが。今回のように相手に共感を与えて、人として会いたいと思わせるやり方もある。これはどちらが正解というわけではなく、相手や要件によって使い分けが必要。
「では、二日後の午後二時にお伺いいたします。ありがとうございます」
 よぉし、これで仕事もゲットできそうだ。そういえば羽賀はあまりこういった営業はやらなかったよな。あいつは営業というよりは戦略家だったからなぁ。あいつの立てた戦略に対して実際に行動するのはオレだったからな。だからこそ、こういった戦術的なスキルはオレのほうが得意ではある。それが高じて今では営業コンサルなんてのをやっているんだから。
 うん、堀さんが言ったように、オレはオレの土俵で勝負をすりゃいいんだ。羽賀の土俵に無理やり上がりこむ必要なんてねぇ。
 オレは全身が映る鏡の前に立つ。羽賀に比べりゃカッコいいわけじゃない。けれど、男としてはそれなりの魅力は持っているはずだ。羽賀ほどクレバーな戦略を立てられるわけじゃない。しかし現場に必要なのはその戦略をこなしていく戦術。だからこそオレを必要としている人たちはたくさんいる。
「唐沢三郎、お前ももっとカッコつけていいんだぜ」
 オレは鏡を見ながら、鏡の中にいるオレに向かってそう言い聞かせた。卑屈になるな、もっと上を向いていけ。オレはオレの世界で生きていけばいいんだから。
 そうやって自己暗示をかけているところでオレの携帯電話がけたたましく鳴った。
「はい、唐沢です」
「あ、私昨日お会いした矢吹です。矢吹医院の」
 院長マダムの女性からだ。確かやたらと胸が大きかったのが印象的な、あの女性だな。まぁ、男だったらつい目がいってしまうのは悲しい性ではあるが。
「うちの夫に話をしようと思ったんだけど……その前にもう一度、会ってもらえないかしら?」
 一瞬、電話の向こうで天使の格好をした小悪魔が手招きをしている姿が頭をよぎった。                   

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