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コーチ物語 クライアント24「まるでドラマの出来事が」その1

 やばい、今日の三時までに入金をしなければ。うちの会社は倒産ということになってしまう。急がないと。
 私はその思いだけで車を銀行に走らせた。時計を見ると午後二時五分。まだ間に合う。ようやく資金繰りがついて、当座の銀行口座に入金をすれば手形を切ることができる。これが切れないとうちの会社は不渡りを出したことになるからな。
 銀行に到着。この時間はとにかく混んでいる。番号札を取ったときに、私の前にまだ六人の人が待っていることを知る。落ち着け、大丈夫、まだ間に合う。あとは処理をすればいいだけなんだから。
 半分冷や汗を書きながら待合のイスに座る。とにかく落ち着け。
「あれ、日村さんじゃないですか」
 突然声をかけられてびっくり。
「あ、高木さん、お久しぶりです」
 声をかけてきた相手は商工会議所の青年部で一緒の高木さん。彼はスーパーの二代目でちょっとリッチな生活をしている人間、という認識を持っている。正直なところ私とは住む世界が違っている。
「日村さん、最近会合に顔を出してないけど、調子はどうですか?」
 今一番聴かれたくない質問だ。うちの会社は小さな建設業をやっている。下請けの下請けでなんとか食っていっているような会社だ。私も二代目として、今は専務という肩書きで会社にいるが。先日購入した資材と機械、これの入金をしないと本当にやばい状態に陥っている。なにしろ現金が手元にないのだから。
「まぁ、ちょっと苦しいですけどそれなりには」
 適当にお茶を濁した答えを返す。まったく、こっちの気持ちもしらないでのうのうと生きている人なんだな。
「そうっすか。ボクは今度車を買うことにして、そのローンの相談に来たんですけどね。ローンといってもそんな大したもんじゃないんだけど」
 勝手に喋りだす高木さん。あんたの自慢話なんか聞いている場合じゃないんだって。こっちは大変な状況なんだから。
 私の目線は、順番を示す番号に釘付け。残り三人か。もうちょっとだな。時計を見ると二時半を少し回ったところ。ギリギリでいいから間に合えばなんとかなるはずだ。
 「…番をお持ちのお客様、三番カウンターへどうぞ」
 後二人。ここの銀行はそこそこ大きいから、残り二人くらいなら時間はかからないはずだ。隣では高木さんがまだ車について語っているが、私の耳には何も残っていない。
「…番をお持ちのお客様」
 後一人。私は持っているバッグを身構えて、呼び出しに備えた。これでなんとか会社は持ちこたえられる。だからといって油断はできない。とにかく今はこの現金を当座の口座に振り込むこと。それが先決なんだから。
 カウンターを見ると、一人の客の処理が終わろうとしていた。よし、次に呼ばれるぞ。そう思って立ち上がったその瞬間!
 銀行の扉が開き、五人の集団が駆け足で飛び込んできた。と思ったら私が呼ばれるはずのカウンターに一人の男が駆け寄る。そして……
「おい、金を出せ!」
 その叫び声と同時に二人の男が拳銃を手にして、客の方と銀行の内部の方に向ける。さらに残りの二人がカウンター内に飛び入り、銀行員の行動を静止させる。
「このバッグに金を詰めろ。はやくしろ、早く!」
 ぎ、銀行強盗……。まさか、テレビドラマのような展開が目の前で繰り広げられるとは。夢にも思わなかった。
 カウンター内に入った二人は、銀行員をカウンターの外に出す。
「妙な動きをしたらぶっ放すぞ」
 そう言って天井に向けて一発発砲。これで銃が偽物ではないことを私たちに印象づけた。
 店内に叫び声が聞こえる。だが私の頭の中はそんなことはどうでもいい。このお金を振り込まないと、うちの会社は不渡りを出してしまう。その思いがグルグルと駆け巡る。おい、冗談だろう。
 拳銃を持った男とバッグを持った男が女子行員にお金を詰めさせる。こうなると非常ベルも鳴らすことができないようだ。
「ほら、早くするんだ、早く!」
 あえてゆっくりと動作をしている女子行員。早くこの事態がおさまってくれ。そして私のお金を振込み処理させてくれ。今はその願いだけだ。
 ふと見ると、さっきまで車の話で我がもの顔でしゃべっていた高木さんがイスの後ろでガタガタ震えている。まったく、二代目のボンボンはダメだなぁ。そう思いつつも、他の人も似たような感じではある。
 だがそんな中でも一人だけ態度が違っている人間がいた。銀行犯たちをじっと睨みながらなにか様子をうかがっている感じだ。その男は背が高くメガネをかけている。さらにゆっくりと銀行犯たちにわからないような感じで移動しているじゃないか。
 すると、その男はさきほどカウンターの外に出された銀行員の一人に近寄った。そこで小声で何かを話しているようだ。そして小さく頷く。
 手元の時計を見る。二時四十分。あと二十分でかたがついて私のお金の振込処理をしてもらう、なんていうのは本当にできるのだろうか? いやどう考えてもこの状況じゃ無理だ。えぇい、こうなりゃやけだ。
「あの、お願いします!」
 私は勇気を持って立ち上がった。これにはみんなびっくりしたようだ。
「私はこのお金を三時までに口座に振り込まないと、会社が不渡りを出してしまうんです。ですから、なんとか私のお金をふりこませてもらえないでしょうか? お願いします」
 私は思い切って犯人にそう交渉した。すると犯人の一人が私のところに寄ってきた。
「てめぇ、いくら持ってるんだよ」
「えっ、は、はい、一千万円です……」
 そう言うとその男は私のバッグをふんどって、そしてカウンターの向こうでお金を詰めている男に投げ渡した。
「ありがとよ。こいつもありがたくもらっておくぜ」
「えっ、そ、そんな……こ、困ります。このお金がないとうちの会社が……」
「うるせぇ、知ったことか!」
 私は拳銃を持った男に殴られてしまった。と、そのとき
「いまだっ!」
 向こうで掛け声が聞こえた。と同時に背の高い男と男性行員二人が拳銃を持った男に飛びついた。拳銃は床に落ち転がる。それと同時に鳴り響く非常ベル。どうやら行員の一人がカウンターにある非常ベルを押したようだ。
「ちっ、ずらかるぞ!」
 カウンターの男があわててバッグを握り駆け出す。だが行員たちに取り押さえられた男が一人暴れて逃げ出せない。さらにさっきの背の高い男がお金を持った銀行犯にタックルをくらわす。
「て、てめぇ、撃つぞ!」
 もう一人カウンターの中にいた男が拳銃を身構えた。

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