コーチ物語 クライアント28「せめて少しはカッコつけさせてくれ」その8
「という形で、ぜひこの地域の木材加工業者の力を一つにして、みんなでもりあげていきましょう」
オレの指導のかいあってか、弱気社長もみんなの前でプレゼンを無事に終えることができた。その出来栄えは何度も練習した中では最高の出来といっていいだろう。
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。どうやらみんな、この社長のプレゼン内容には納得してくれたようだ。だがオレの出番が終わったわけではない。実はここからが本当のオレの出番なのだ。
「なるほど、あんたの言うことはもっともだ。その案自体には賛成しよう。しかし、あんたにそのリーダーが務まるのか?」
でた、ライバルの強気社長の発言だ。この社長、木材加工業者がひとつになることそのものには反対はしていない。むしろ賛成している方なのは明らか。しかし気に入らないのは、この弱気社長がリーダーをとろうというところ。
だが、こうくるのは想定済み。ここからがオレの力の見せ所だ。
オレはスッと立って、弱気社長と強気社長の真ん中くらいに位置する。その様子をみんなは黙ってみている。これから何が始まるのだろう、そんな感じでオレに視線が集まっているのが感じられる。
「なんだ、あんたは?」
強気社長がオレに突っかかってくる。だがオレはその言葉をあえて相手にせず、こんなことを言い始めた。
「まずはみなさん、先ほどのプレゼンの内容である木材加工業者が一つになってこの地域のために動こうという案について。これは誰も反対する人はいませんよね?」
みんな、首を縦に振る。よし、これでいける。もちろん、あのライバルの強気社長ももっともだという感じで大きくうなずいている。
「大手の進出で、コスト競争に泣いている会社が大勢いると聞いています。皆さんのところも少なからずその影響を受けている。これも間違いありませんよね」
今、目の前にいるのは中小零細の木材加工業者ばかり。これについても間違いなくイエスの反応を示す。
「だから今日、こうやって集まっているんじゃないか」
またもやあの強気社長の発言。一見するとオレの言葉に反発をしているような口調ではあるが、内容としてはオレの質問にはイエスである。オレはさらに手応えを感じた。
「そう、その通り。だからこそ現状を打破したい。その気持があるからこそ、今ここにこうやって集まっている。そういうことなんですよね?」
そうだそうだと言わんばかりに、みんな首を縦に振っている。よし、ここまでくればあと一息だ。
「とはいえ、今までこういったことをみんなで話し合って、協力してなにかやろうと言い出した人はいなかった。こういったプレゼンを行った人はいなかった。そうじゃありませんか?」
この質問はちょっと賭けになる。この賭けに勝てばオレの思惑通りに事が進む。だが負ければここでゲームオーバー。果たしてみんなの反応は?
このとき、若干ざわめきがおきた。だが、オレの得た情報ではこういったたくさんの業者がいる前で今回のようなプレゼンを行ったことはないはず。
みんな口々にそのとおりだ、確かにこの人の言うとおりだ、というようなことを言っている。問題はあの強気社長。ここでオレがいたじゃないか、なんて言い出したらオレの負けだ。
オレの視線はあの強気社長に向けられている。するとあの社長、今まで強気だった態度を一変させ、周りをきょろきょろ見回している。ここであの社長の心の声が聞こえてくる。ほら、私がいたじゃないか、私が今までこうやっていこうって引っ張ってきたじゃないか。そう言いたげな表情だ。
だが、オレの言葉のほうが強かったようだ。みんな、オレが言った言葉に最終的にはイエスと言わざるを得なかった。
勝った、これでもう大丈夫。オレはここで最後の仕上げにかかった。
「今回、この社長がこうやって自ら皆さんに案を提案しました。大手に負けないように、いや、大手と手を組んでこの地域の木材加工業を盛り上げていこう。そういう発言をしてくれたのです。この勇気こそリーダーシップというのではないでしょうか?」
一瞬、場はシーンと静まり返った。
パチ、パチ、パチ
誰かが拍手をする。すると、それにつられて、徐々に拍手の数が多くなってくる。そして最後はさらに多くの拍手に包まれ、そして自然とあの弱気社長がリーダーとして讃えられていくのがわかかる。
「みなさん、ありがとうございます。ぜひ一緒になってこの業界を盛り上げていきましょう!」
あの弱気社長とは思えないほどの大きな声でそう言う。あの強気社長もここまでくれば認めざるをえない。今更自分がリーダーをやる、なんて言い出すほどの神経の持ち主ではなさそうだ。もしそんなことを言い出したら、逆に周りの業者からつまはじきにされるのは目に見えている。
よし、うまくいった。これも堀さんのアドバイスのおかげだ。
堀さんがあのときオレに言ったのは、イエスセットを使ってこの弱気社長をリーダーとしてみんなに認めさせるといった方法。イエスセットとは、イエスを繰り返して言わせることで、最後にはこちらが誘導させたい質問にイエスと言ってしまうというもの。オレも営業先や営業指導では何度も実践したり教えたりしているが。こういった大舞台で大人数を相手にやったのは初めてだった。さすがに緊張したぜ。
「唐沢さん、ありがとうございます。ありがとうございます」
あの弱気社長が涙ながらにオレにお礼を言ってくる。オレも今回の出来には大満足だ。
今日の仕事はオレじゃないとできない。オレを頼ってきたこの社長の信頼を裏切ることはできない。オレはオレのやり方でこの先も仕事をしていけばいい。うん、これでいいんだ、これで。
唐沢三郎、職業は営業コンサルタント。得意なのはプレゼンテーションと市場調査。そして人一倍のカッコつけたがり。それがオレなのだ。
「さてと、次はマダム麗子の病院の指導だな」
女にも弱いが、決して自分の信念は曲げない。これもこのオレ、唐沢三郎。よぉし、今度はどんな指導でみんなをあっと言わせてやるかな。
<クライアント28 完>