コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第六章 決断した男 その3
「その通りです。つまり、日本という国に対してそうなる危険性があることを示唆すれば、かなりの脅しになるということです」
私の言葉に雄大がまた一つ疑問を投げかけた。
「でもそれって、私が首相を暗殺しましたって宣言することにならないんですか?」
「ばぁか。誰が好き好んで私が暗殺しますからって言うかよ。もちろんそこを情報操作するのがヤツの手に決まってるじゃねぇか」
「じゃぁ、そうなると真犯人は闇の中へ………まるでケネディ大統領暗殺みたいですね」
「その通りだ。まさに、ケネディ大統領暗殺をモチーフに今回の計画は立てられている。そしてさらに巧妙なのは、犯人の代役は今回存在しないということだ」
「代役がいないって、じゃぁケネディ大統領暗殺も真実は真犯人は別にいたってことなんですか?」
「さすがにそこは推測の域を超えないが。ただ状況証拠としてはおそらくそうだろう。ケネディ大統領暗殺の時に犯人にされたオズワルド。彼ははめられたんだと私たちは確信している。そしてそのとき、その背後にいたのはケネディ大統領に対して、いや、アメリカ政府に対してある組織が反発をしていた」
「アメリカ軍部、もしくはCIAですね。その話はボクも知っています。当時ケネディ大統領は軍部の弱体化とCIAの組織を緩める方策を取ろうとしていた。だからそういった関係者に敵が多かったということですね」
「羽賀さんの言うとおりです。そしてその状況はまさに………」
「今の日本政府と佐伯孝蔵にそっくりじゃないですか。でも、日本政府は佐伯孝蔵に対して圧力をかけているわけじゃないんでしょう?」
「雄大、本当にそう思うか?」
「えっ!?」
「和雄さん、何かそれについて情報をお持ちなのですか?」
このことについてはさすがの羽賀さんも情報を持っていなかったようだ。
「おそらく、ですが。これはあくまでも十五年前のことからの推測です。十五年前も日本政府はリンケージ・セキュリティの情報収集について規制を行おうとしました。特に個人の情報は守られるべきである、という観点から国会内部でも秘密裏にそのための法案をつくりつつあったのです」
「それって、個人情報保護法のことですか? でもあれってできたのはもっと最近ですよね」
「雄大もさすがにそれは覚えているようだな。個人情報保護法が制定されたのは平成十五年だ。だがそれよりも前にも似たような法案が、いや、個人情報保護法よりもさらに厳しい法案が提出されようとしていた。これが制定されると、リンケージ・セキュリティの業務そのものを崩壊させかねない」
「そのことが佐伯孝蔵の逆鱗に触れて、あの事故を引き起こしたというわけですか」
「あぁ、その通りだ。だが結果的に法案は提出を見送り。その後世論は個人情報の保護に傾き、日本政府としてもそれを守るための法案を作らざるを得なくなった。それが今の個人情報保護法だ。だがこの内容だけでは、リンケージ・セキュリティが罰則をもらうような規定には触れない。そもそもこの法律は佐伯孝蔵が都合のいいように変更させているからな」
「じゃぁ、今回も同じように、佐伯孝蔵は日本政府から何か不利になるような法案をつきつけられている、とか?」
「さすがに今の私ではその詳細はつかめないがね。羽賀さん、あなたのお仲間ならその情報は手に入るのではないですか?」
私がそう言うと、羽賀さんはジンさんに目で合図。するとジンさんは何も言わずに事務所を駆け足で出ていった。
「貴重な情報をありがとうございます。さすがに私たちでもそこまでは読めませんでしたよ」
「いえ、礼には及びません。あくまでも推測に過ぎませんから。それよりも、どうやったら佐伯孝蔵に会えるのか。その段取りを考えなければ」
「それならすでに考えはあります。佐伯孝蔵はあなたを恐れている。それは間違いありませんから」
「私を恐れている? どうしてですか?」
「和雄さんが証拠を握っているからです。十五年前にしでかしたこと、そしてこれからやろうとしていること。それに対して和雄さんは生き証人としてその証拠を握っているのと同じですよね」
「しかし、証拠がない。だから私が警察やマスコミにこのことを伝えても、ただの老人の戯言に過ぎない。違うかな?」
「けれど、佐伯孝蔵に対しての心理的プレッシャー、脅しには使えますよ」
羽賀さんは私がどれだけ佐伯孝蔵に対して武器になり得るかを気づかせたいようだ。私自身はその自覚はないのだが。
だが、羽賀さんの言うとおりだとすると、佐伯孝蔵に対して直接交渉に持ち込むことは可能かもしれない。
「和雄さん、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「和雄さんは佐伯孝蔵に対して、何の決着をつけたいと思っているのですか?」
何の決着。言われて少し考えた。私がなにもせず、ずっと長野の田舎で黙って暮らしていれば、何かが起きることはない。だが、息子の雄大や妻の身に危険が起きるかもしれない。
では私が佐伯孝蔵に対して何かを仕掛けた場合どうなるのか?
今のままだと、十五年前の繰り返しにすぎない。佐伯孝蔵に対して、家族に手を出すなと交渉するだけになってしまう。でもこれでは根本的な解決にならない。
では私はどのような決着をつければいいのだろうか。羽賀さんのその質問で私は私が何をすべきかわからなくなってきた。
「羽賀さん、私は何をしにここまでやってきたのでしょうか?」
私のその問いかけに、羽賀さんはこんな言葉で返してきた。
「残念ながら私にもそれはわかりません。けれど思い出してください。和雄さんが何を思って田舎を飛び出してきたのかを」
思い出すといっても、つい数時間前のことだ。あのとき、私は何を決意して田舎の家を出てきたのだろうか。それを思い出してみた。
「二度と私達に干渉させない。いや、私達だけではない。日本政府そのものに干渉させない。でないと、また不幸な犠牲者を増やすだけだ。佐伯孝蔵に正義の鉄槌を打たなければならん」
「正義の鉄槌とは?」
羽賀さんの質問はいつも鋭いところをつく。さすがはコーチだ。
「佐伯孝蔵を警察につきだしても意味はない。すぐに証拠不十分で出されるだけだろう。だからといってマスコミに情報を売っても、大した騒ぎにはならない。彼自身に、人間としての心を持っていままでの犠牲者に対して追悼の意を込めてもらう。うん、これこそが正義の鉄槌ではないだろうか」
私は自分の言葉に少し酔いしれた。そうだ、自分から自分の非を認めてもらう。それこそが佐伯孝蔵にとっては屈辱でもあり、そして必要なことである。彼が自分がやったことを自ら悔い改めること。それこそが必要なことではないだろうか。
私は羽賀さんにその旨を伝えてみた。
「なるほど、佐伯孝蔵が自分から悔い改めること、ですね。それに対して和雄さんができることとは、一体なんなのでしょうか?」
これもまた、核心をつく質問だ。そもそも人の心をそんな風に動かすことは可能なのか?
「お父さん、一つ言ってもいいですか?」
「なんだ、雄大」
「お父さんは佐伯孝蔵を悔い改めさせたいと言っていますけど。ボクは別に今のままでもいいと思っています」
「どうしてだ? 今のままだと雄大、お前は狙われてしまうことになるんだぞ」
「ボクはかまわないですよ。それより、今の日本でこれだけ大きなことをやろうとしている人間は他にいるでしょうか? 確かに航空機事故を引き起こしたり、首相を暗殺しようとしていることはほめられませんが。しかし、その他に対しては悪いことばかりじゃないんじゃないですか?」
確かに雄大の言うとおりかもしれない。佐伯孝蔵は今でも日本に向けられた情報戦争に対して、常に諸外国と戦っている状況である。まぁ実際に戦っているのは部下ではあるが。しかし、それを総指揮しているのは誰あろう佐伯孝蔵である。
雄大が言いたいのは、その部分のことだろう。だが、やはり悪は悪であるという認識をしてもらわないと。これ以上犠牲者を出す訳にはいかない。
「雄大、お前が言わんとしていることはわからないでもないが。しかし、今までに佐伯孝蔵が引き起こした事件、事故。これらは決して許されるものではない。私はそう思っている」
「お父さん………」
雄大が私を見る目。それは間違いなく父親を見る子供の目であった。
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