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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第四章 本当の心 その7

「どうなってほしい、か………まぁ無理な話でしょうが、その力を自分にために使うのではなく、みんなのために使ってほしいですね。日本を動かすほどの権力を持ちながら、その力を自分のためだけに使おうとしている。そんなのが許せないんですよ」
 私は自分で言った言葉に少し驚いていた。この時点で佐伯孝蔵に対しての憎しみの感情がどこかに飛んでいたからだ。
「みんなのためにその力を使って欲しい、ですね。なるほど。わかりました。そうなれば大磯さんはどうなるのですか?」
「どうなるって………」
 ここでまた考えこんでしまった。仮に佐伯孝蔵がそうなったとしたら。私自身はどう変化するのだろうか?
「どうなる………そうですね、私自身は大きな変化はないかもしれません。そもそも、今の活動をやろうとしているのは佐伯孝蔵のやっていることに少しでも影響を与えられれば、この日本をもっといい国にできれば。そういう気持ちが強いのですから。佐伯孝蔵がそうなったら、私がやろうとしていることは無意味になりますよね」
 無意味、という言葉を自分で言っておきながら、その虚しさをあらためて自覚してしまった。私のやろうとしていることに本当に意味はあるのだろうか?
「大磯さん、今自分で言ってみてどう感じましたか?」
「どう感じたか………」
 私は今の自分の気持を再度確認してみた。
 もう一度自分に問う。私は何のために行動を起こそうとしていたのか。佐伯孝蔵が憎かったから。いや違う。家族の復讐のため。これも違う。日本を守るため。そんなのは大義名分であって、自分の本当の気持とは違う。
「羽賀さん、わからなくなりました。私は………私は一体何のために行動をしようとしていたのでしょうか。本当にわからない………」
 何度同じようなことでグルグルと頭を巡らせただろうか。未だにその答えは出てこない。
 出てこないが、その先に光が見えているのは確かだ。その光がなんなのか。それは何の光なのか。私はイメージの中でその光を追い求めて走っている。走って走って走って。けれどその光には追いつかない。
「答えが出なきゃ、走り続ければいいんじゃねぇの」
 ふとそんな声が聞こえた。これは幻聴ではなく、実際に聞こえた声だ。その声の方向を見ると、そこにはカウンターでコーヒーカップをいじっているジンさんの姿があった。
「走り続ければいいって、どういうことなのですか?」
「答えが出なきゃ、答えを求めるために走り続けりゃいいんだよ。オレはそうしている。それだけのことだ」
「ジンさんはそうしているって。もう少し詳しく聞かせてください」
「オレなんかの話でいいのか?」
「えぇ、お願いします」
 私はヒントが欲しくて、今は何でもいいからすがりたい気持ちでいっぱいだった。わらをも掴む思いとはこのことだな。
 ここからジンさんの話が始まった。ジンさんは私立探偵という名前ではあるが、どちらかといえば何でも屋のような感じでここのマスターや羽賀さん、そしてここにはいないが裏ファシリテーターのコジローさんという人たちと行動をしているとのこと。
 元々は警察官だったらしい。が、その警察機構のありかたに疑問を持つ事件があったとか。せっかく自分が捕まえた犯人が、上からの圧力によって釈放されたということがあった。
「圧力で動かされる組織なんて、まっぴら御免だ。そう思って自分の意思で動こうと思ったんだよ。で、今のような姿になっちまった」
「じゃぁジンさんは何のために行動しているのか、はっきりしているじゃないですか。自分の意志で動きたいからでしょう?」
 私はその話を聴いて素直にそう思った。が、ジンさんはそれに対して違う答えを出してきた。
「それがな、この世界に足を突っ込んでわかったことだけど。警察官時代以上に周りのしがらみや関係にがんじがらめになっちまう。そもそも、依頼主がいないと成り立たない商売だからな。下手すりゃ、自分の意志とは違う結果を依頼主のために持って行かなきゃいけねぇこともある」
「じゃぁ、一体何のためにジンさんは今の活動をしているのですか?」
 私は自分が突きつけられた疑問をジンさんにぶつけてみた。
「それがわかんねぇんだよ。ただな、マスターやコジロー、そしてここにいる羽賀さんたちとつるみ始めてからなんとなくだが自分の考え方が変わってきた気がするんだよ。なんか、笑えるようになってきたっていうかな」
 そう言ってジンさんはニヤリと笑った。
「それがなんなのかはまだよくわからねぇ。わからねぇけど、動き続けていればそのうちわかるかなと思ってね。今は自分が信じた道を進む。それだけだよ」
 自分の信じた道を進む。私にもそれしか残されていない。何のために活動をすればいいのかわからないが、今は思った通りのことをやればいい。
「ジンさん、ありがとうございます。なんだかわかった気がします。まだ漠然としている状態ですが、私は自分の信じた道を進んでみます。そして、自分の思った道を貫き通してみます。佐伯孝蔵がどう出ようと関係ありませんね」
 なんだかわからないが、根拠のない自信がふつふつと湧いてきた。
「大磯さん、それがあなたの出した答えですね」
「はい。今は動き続ける。これしかないと感じました」
 そのときである。私の携帯電話が突如鳴り出した。
「誰だ………」
 今度は見知らぬ携帯電話の番号がそこに通知されていた。
「はい」
 私は恐る恐るその電話に出る。
「大磯くん。やはり君の答えは変わらないようだね」
 その声を聴いて、一瞬にして私は体が凍りついた感じがした。
 その声の主は………
「さ、佐伯孝蔵………」
「その通り。君はやはり私に逆らうということだね。まぁいい、それが君の選んだ道ならば。ただし、それが何を意味するのかはもうお分かりだろうね」
 それが何を意味するのか。つまり佐伯孝蔵を敵に回したということは、命の危険をも意味することになる。
 だが私は今度はその冷酷な言葉に従うつもりはまったく起きなかった。むしろ、異常なまでに冷静でいられる自分のほうが恐ろしかった。
「私はもう決めました。けれど、あなたを敵にまわすのではない。あなたが勝手に私の敵に回るだけです。私は私の信じた道で、この日本という国を守っていく。それだけです」
 口から先に出てきた言葉だ。けれど、言ってみてそれが自分の気持ちの奥から出てきた言葉であることを実感せずにはいられなかった。
「ふっふっふっ。まぁいい。君がそう思うのならそれで。ただし、夜道には十分気をつけるんだな」
「そ、そんな脅しにはのらない。私は私が思った道を進む」
 最後は強気の口調になった。それだけ意志が固まったことを自覚できた。
 電話はそこで切れた。しかし、どうして佐伯孝蔵は私が自分の意志を貫き通すということを知ったのだ?
 その謎はマスターの次の言葉でわかった。
「大磯さん、あんたどっかに盗聴器仕掛けられてるね」
 マスターはアンテナの付いた機械を手にしてそう言う。そうしてそのアンテナを私の周りでぐるぐると回す。
「ここか………」
 マスターが指さしたのは私の携帯電話。まさか、いつの間に携帯電話に盗聴器が仕掛けられていたんだ?
「この携帯はもうつかえねぇな。てなことで悪いけどこいつは処分させてもらうよ」
 ジンさんは私の携帯電話をつかんで、遠くに放り投げた。それから小声で話を始めた。
「ここまでのこっちの行動はやつらに筒抜けだったみたいだな。このエターナルもやばいぞ。このあとバラバラになって、二時間後に羽賀さんの事務所で落ち合おう。ただし、今身につけているものはすべて着替えてくること。財布や小物も別のものにするんだ。いいな」
 緊張感が走る。どこに何を仕掛けられているかわからない。これが佐伯孝蔵との戦いのスタートなんだという気持ちが強くなった。
 私は言われたとおりに行動を開始した。家に帰り一度シャワーを浴びてすべて着替える。持ち物も全てひと通りチェックし、必要最小限なものだけを持ち歩くことにした。
 そして家を出たとき。また思わぬハプニングが起きた。
「大磯さん、ですね」
 目の前に突然一人の青年が現れた。もしかしたら佐伯孝蔵の刺客なのか?
 私はそしらぬふりをしてその場を逃げ出そうとしたが、相手のほうが一歩上だった。
「待って、私はあなたの味方です」
 目の前に立ちはだかる青年。突然味方ですと言われても、それをにわかには信じる事ができない。
「私は十五年前、そしてこの前の航空機事故を追っているものです」
 その言葉で私は動きが止まった。

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