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コーチ物語 クライアント23「まさかの一日」その5

 なんだか急に心がウキウキしてきたぞ。この仕事を初めてまだ一日目なのに、こんなにことが急に進むとは。自分でもびっくりだ。まさか、こんな感じに前に進むとはなぁ。
 羽賀さんにお礼を言って、ボクたちは一度会社に戻ることにした。早速企画書を書かねば。
 ところが、会社に帰るとまたまたまさかの出来事がボクを待ち受けていた。
「あ、赤坂さん、ど、どうしましょう……」
 部屋に戻ると、顔を青くした新藤くんが待ち受けていた。
「どうしましょうって、何かあったのか?」
「そ、それがですね……」
 新藤くんが指さした先には一人の女性が窓を向いて座っていた。そこはボクの席なのに。
「あの……どちらさまでしょうか?」
「おたくが婚活パーティーを主催するっていう部署の責任者?」
「は、はぁ、そうですが」
 妙に着飾ったご婦人。高級そうな指輪をたくさんはめて、べっ甲のメガネを時折上げながら話をする。いわゆるマダムって感じの女性だ。
 それにしても、立ち上げたばかりの部署なのにもう来訪者がいるとは。
「あの……一体どのようなご用件でしょうか?」
「ご用件も何も、あなた方大企業は私達中小企業のやろうとしていることをどうして妨害しようとなさるの? 大きな資本を盾に、いつも邪魔をされてばかりで。さらにアイデアを横取りされて泣きをみるのはいつもわたくしたちというのがガマンできないわ」
 とにかく矢継ぎ早に甲高い声を上げてボクたちを非難する。一体このご婦人は何者なんだろうか?
「あのオバサン、確かウエディングホールの経営者よ。ほら、駅の裏にチャペルのある結婚式場があるじゃない」
 小声で明神さんがボクに教えてくれた。でも、その人がどこでボクたちの情報を得てここに怒鳴りこんできたのだろうか?
「ボクが悪いんです。いろいろな婚活お見合いパーティーを調べるのに、お問い合わせ先とかあったらちょっと送ってたんですけど。そしたら急に電話がかかってきて……それで今から伺うからって言ってきたのがこの方で」
 なるほど、新藤くんは馬鹿正直にうちの会社の連絡先を入れて問合せをしてしまったんだな。それでここの経営者が怒鳴りこんできた、というわけか。
 ボクたちが小声で話している間も、大企業に対しての愚痴をつらつらと述べるこのオバサン。挙げ句の果てにはお茶の一つも出ないのかと言い放つ始末。
「ちょっと場所を変えてお話しましょうか。ここは事務所部屋ですし、立ち上がったばかりの部署で何もできないものですから」
「あなた、わざわざ足を運んできたのに私にまた歩かせるつもりなの?」
 ったく、困ったオバサンだ。とりあえず急いで明神さんに商談ルームにあるコーヒーを持ってくるようにお願いをした。明神さんはえーっという表情だったが、しぶしぶ行動を起こしてくれた。
「えっとですね、ボクたちは別にそちらのやろうとしていることを邪魔するつもりはありませんので」
「何言ってるの。私達ウエディングホールは、顧客を増やすために必死なのよ。そのために婚活パーティーを開いて、未来のお客様を増やそうとしているのに。四星商事みたいな大きな会社がそこに乗り出したら、私達が潰されるのは目に見えてるじゃない!」
 このオバサン、ダメだ。何を言っても通用しないわ。さらにこのオバサンからまさかの言葉が飛び出した。
「しかも、コーチの羽賀さんまで抱き込もうとしているって話じゃない。あの人はやっと見つけた私たちの救いの神になろうとしているのに。そこまで横取りする気なの?」
 えっ、どういうことだ?
「赤坂さん、これ」
 新藤くんが今夜の羽賀さんのセミナーのサイトを開いてくれた。その下の方を見ると……なんと、主催がこのオバサンのウエディングホールになっているじゃないか。ってことは羽賀さんはここからの依頼で今夜のセミナーを開催するのか。それはしまったなぁ。
「ボクが、責任者は今不在でって言ったらどこに行ったかって問い詰めてくるものだから。つい羽賀さんというコーチングの方のところにって言っちゃって」
 それでさらに怒りが浸透しているわけだ。さて、ここをどうやって切り抜ければいいのか……。
「確かに私たちは先程まで羽賀さんのところに伺っていました。しかし、羽賀さんを抱き込もうなんていうことじゃなくて。たまたま知り合いになったのでちょっと相談に行っただけなんですよ」
 その場を取り繕うような言い訳しか出てこない。焦るボク。手にじわりと汗がにじみ出る。オバサンはあいかわらずずっと愚痴を言い続けている。それを黙って聞くしか無い。
「ったく、さっきから黙って聞いていれば。あんたんところって企業努力やってんの!」
 突然ドアが開き、明神さんがいかつい顔でオバサンに怒鳴りこみ始めた。手にはお盆に入れたコーヒーを持ったままである。
「出てくる言葉は愚痴ばっかじゃない。それで何も出来ずに、挙句の果てに羽賀さんに助けを求めて。自分の所で何かやろうなんて気持ちにならないのかってーの!」
「明神さん……ちょ、ちょっと」
 ボクが止めるのもかまわずに、明神さんはさらにエスカレートして言葉を吐き続ける。
「大企業大企業って言っているけど、私らの部署なんか人はたったの三人。予算だってそんなについてるわけじゃない。状況はあんたのところよりずっと厳しいんだよ。何甘えたこと言ってんの!」
「まーっ、この小娘はなんてこと言うの。失礼にも程があるわ。私達中小企業だって必死になって生き残りをかけているのよ。その苦労も知らないで、ぬくぬくと大企業に守られている人間に言われたくないわっ!」
 明神さんとオバサンのにらみ合いが始まった。この事態をどう収拾つければいいのだろうか。ちょうどそのとき、ボクの携帯電話が鳴り響いた。
「あ、ちょっとすいません」
 そう言いながら廊下に出て携帯電話に出る。
「はい、赤坂です」
「あ、こんにちは。羽賀です。先程はありがとうございました」
 羽賀さんだ! ちょうどいい、この事態をどうやって納めればいいのか、早速相談できる相手がいた!
「羽賀さん、実はちょっと今困ったことが起きてしまいまして……」
 ボクはかいつまんで今起きている状況を羽賀さんに説明した。
「なるほど、そういうことが起きていたんですね。あそこの社長は気性が激しいからなぁ。だからこそ、この地域では有力な女性経営者として見られるようになったんですけどね」
「とにかく、この事態をなんとか収めたいんです。どうしたらいいでしょうか?」
 ボクは羽賀さんに泣きつくしかなかった。

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