コーチ物語 クライアント27「見えない糸、見えない意図」その1
まさか、突然そんな日が訪れるとは夢にも思わなかった。
「真澄、悪いけどお前とは今日でおしまいだ」
本当ならルンルン気分で過ごすはずだった夜のデート。あった瞬間に彼氏からそんな言葉を言われた。どうして、私の何がいけないの? その時は一瞬そう思った。けれど正直なところ心当たりはある。
彼は続けて私にこう言ってきた。
「お前の思いはありがたいんだけど。本音を言うと重たいんだよね。オレのことを心配してくれてのことなんだろうけど。根掘り葉掘りプライベートのことを聞かれるのって困るんだよ。おまけに気になったらすぐにメールとか電話とかしてくるし。こっちだって仕事中だったり、友達と飲みに行ったりしている時間なのに。頼むからオレに自由な時間を与えてくれって何度もお願いしただろう? なのにそのときはわかったって言っても、すぐに元に戻るし。もういい加減うんざりなんだよ」
返す言葉がない。確かに彼の言うとおりだから。けれど恋人ならそのくらい知っていて当然だと思うんだけど。私、一人で彼のことを思い込んでいる時間が長いから。だからつい気になって。
はぁ、これで三人目かな。同じ理由でフラれたの。悪い癖だとはわかっているけれど、そういう性格なんだから。
それにしても、クリスマスを前にして一緒に過ごす人がいなくなるのはつらいものがあるなぁ。いつになったら私と赤い糸で結ばれている人って現れるんだろう。この赤い糸が見えたらいいのになぁ。
結局この日はデート用におしゃれをして出てきたにも関わらず、駅前のラーメン屋で一人で麺をすすることに。なんだかいつもより味がしょっぱいのは気のせいかしら。
悪いことが起きると、さらに悪いことは続くもの。翌日会社に行くと、課長がすごい剣幕で私に迫ってきた。
「真澄くん、これ一体どういうことだね?」
課長が持ってきた書類は、昨日購入を頼まれて処理をした発注伝票。何が起きたのか? 課長が指差すところに目をやる。
「数量……6000個。それが何か?」
「どうしてこれが6000個なんだ! 私は6セットと言っただろう!」
「えっ、でも昨日、課長は確かに6000個って言いましたよ。これはちゃんと私も復唱して確認しました」
「誰がこんな商品を6000個も頼むんだ! 常識で考えろ!」
常識で、と言われてもその商品がなんたるものかよく知らないし。確かに6000個と6セットって言葉の響きは似ているけど。でもちゃんとその場で復唱して確認してから発注伝票を書いたし。
「ったく、幸いむこうの担当さんが気を利かせてくれて、本当にこの数でいいんですかって言ってくれたから助かったけど。そうじゃなかったらうちはこんな商品を過剰に在庫を抱えて大赤字をくらうところだったわ! 真澄くん、これでこんな失敗は何度目かね」
うっ、かなり痛いところを突いてくる。実は今まで購入数量のミスとか、購入品の型番違いミスとか何度も繰り返している。その度にちゃんと一つ一つ改善を繰り返して、ミスをしないように気をつけているんだけど。
「まぁまぁ、課長も言いすぎですよ。確かに課長の言い方だと6セットって6000個に聞こえなくはないですから。できればこれからはメモをしてお願いするのはどうですか?」
そうやって私をフォローしてくれたのは係長の益留さん。この人、いい人なんだよなぁ。いつもこうやって私のミスをフォローしてくれるし。今までミスした時には改善策をアドバイスしてくれるし。今回も課長にメモをしてお願いするということを提案してくれたし。
益留さん、決していい男ではないけれど頼れる年上の男性って感じで。けれど唯一の欠点は、既婚者なんだよなぁ。独身なら間違いなくアタックしていたのに。
「真澄くん、君も今度からは口頭だけでなく文字で見せて確認を取るように心がけてね。そうすればお互いの思い違いもなくなるからね」
「はい、わかりました」
とりあえず仕事に戻る。課長のお小言はもう聞き飽きたからなぁ。ホント、人の思っていることってよくわからないよね。相手の意図が見えないっていうか。そう考えたら昨日フラれた彼氏もそうだな。結局あいつはなにがしたくて私とつきあっていたんだろう。つきあった、といってもそれらしいことをしていたのは半年もなかったなぁ。ナンパされて、カラオケ行って、ちょっと大人の関係になって、それから休みの度にデートして。最初は楽しいって言ってくれていたのに。だんだんメールの返事も減ってきて、電話にも出なくなって。そして昨日の言葉だもんなぁ。
誰か、人の心を読むことができる装置とか薬とか発明してくれないかな。それがわかればあらかじめ予防策も打てるし。今日叱られたようなミスもなくなるし。そんなことをぼーっと思いながら、気がついたらお昼休みの時間になっていた。
「真澄、今日は何食べに行く?」
そう言ってきたのは同僚のみずき。正確に言えばみずきのほうが二つ歳上なんだけど。そんなことは全く感じさせず、いつも気軽に話ができる仲の良い友達。いつもこうやってランチに誘ってくれて、一緒に食べることが多い。
「そうねぇ、昨日の夜ラーメンだったからなぁ」
「えっ、昨日って彼氏とデートだったんじゃないの? デートでラーメン?」
「う、うん、実はね……」
いつも行くカフェに自然に足を運びながら、昨日起きた出来事をみずきに話した。みずきは私の話をしっかりと聴いてくれて、そして同情もしてくれた。
「ったく、そんな男はこっちから振ってやんなきゃ。あっちは遊びのつもりだったんでしょ」
「まぁ、そうなんだろうけど。でもホント、今朝の課長のことと言い、どうして私は相手の心が読めないんだろうなぁ。そういうことが簡単にできるとありがたいんだけど」
「あはは、そんな超能力みたいなことができたらすごいけど。でもね、私が知っている人に、それに近いことが出来る人がいるんだよ」
「えっ、その人は人の心が読めるの?」
「そこまではないけど。でも今私が思っていることとかをズバリ言い当てちゃうの。いつもそれでハッと気付かされているんだけど」
「いつもって、えっ、その人って誰?」
「あはは、実はね、私、コーチングっていうのを受けているの」
「コーチング? なんか聞いたことはあるけど」
「私さ、前に話したことあるよね。大きな夢があるって」
「うん、確かみずきは書道をやっているんだよね。で、もっとその表現を通してたくさんの人に感動を与えたいって。それってすごいなって思ったけど」
「そうなの。で、人づてにコーチングを受けてみるといいって言われて。それで今のコーチを紹介されたの。その人、羽賀さんっていうんだけど。これがまたすごいのよ」
そこからみずきのコーチングの話を聴くことになった。そして、聞けば聴くほどその人に興味が湧いてきて、なんだか自分もそのコーチングを受けたくなってきた。体がむずむずする感覚だ。
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