コーチ物語 クライアントファイル 11 コーチvsファシリテーター その8
「で、カツ丼代払ってきちゃったんだ。竹井警部もケチよねぇ〜」
翌日の朝、ミクはコーヒーを入れながら羽賀の昨日のいきさつを聞いていた。ミクは今日は学校が休み。そのため朝から羽賀の事務所に顔を出していた。
「まぁ公務員も大変だからね。でもその分収穫はあったよ。小笠原議員と家族に対してはしばらく警備をつけてくれるって。それにボクの出会ったコジローさんについても少し情報が入ったからね」
「そうそう、それを聞きたかったのよ。裏ファシリテーターってなんなの? 堀さんのやっているファシリテーターとはどこが違うの?」
ミクが知りたいのも無理はない。世間一般には姿を現さない、影の仕事なのだから。
羽賀は裏ファシリテーターについて知っていることをミクに話した。政治や経済の世界には表沙汰にできない問題が数多くあること。そういった問題の解決には昔から権力者やお金が動いていたこと。そんな中、話し合いで解決する凄腕の人がいるといううわさのこと。
「まさかボクもそんな人物が実在するなんて思ってもみなかったから。びっくりだよ」
「で、竹井警部から聞いた情報って何なの?」
「竹井警部もうわさでしか聞いたことないらしいんだけど。コジローさんって直接仕事の依頼をすることはできないんだって。どうやらコミュニティFMに投稿することで仕事を受けてくれるみたいなんだよ」
「コミュニティFMって、あの長野はるみさんがやっている番組の?」
「そう。でもそれが本当かどうかはわからないけどね」
そんな会話をしながら羽賀はミクの入れてくれたコーヒーをひとすすり。ちょうどその時、ノックの音が。
「はいはーい。誰だろ、午前中にお客さんだなんて」
羽賀はソファからのっそりと腰を上げてドアを開いた。するとそこには予想もしなかった人物が立っていた。
「あ、沢渡さん」
そこにいたのは真希。エターナルのアルバイトであり、コジローのブレーンの一人でもあるあの真希である。
「羽賀さん、こんな早い時間にすいません。どうしても会って頂きたい人がいまして。今からご一緒できませんか?」
「え、まぁ今日は夕方までは時間があるからいいけど。じゃぁミク、ちょっと出かけてくるから」
「あ、そちらの助手の方も一緒に」
「えっ、私も?」
わけがわからないまま出かける準備をする羽賀とミク。階段を下りるとそこにはタクシーが待っていた。
女子大生の誘いにしてはあまりにも用意周到すぎる。これはバックがついているに違いない。羽賀はそのときそう思った。
「あの…どこに行くんですか?」
タクシーの中でたまらずそう尋ねたのはミク。だが真希の答はただ一つ。
「すいません、もうしばらくお待ち下さい」
終始無言のままタクシーは街中の商店街へ。タクシーを降りて連れてこられたのは喫茶エターナル。
「あ、ここはこの前沢渡さんとコーチングをした…」
「黙っていてすいません。実は私ここでアルバイトをしているんです。そしてあのときのコーチングの依頼も、今から会って頂く方から頼まれて行ったんです」
そう言って店の中に入る真希。その後に続いて羽賀とミクは店の中へ。すると羽賀はそこで予想もしなかった人物と対面した。
「羽賀さん、昨日はどうも」
そこにいたのはコジローである。エターナルの一番奥の席ですっかりくつろぎながらモーニングを食べていたようだ。
「コジローさん…あなたが私たちを?」
「まぁこちらにどうぞ。あ、そっちの女の子はマスター、よろしく頼むよ」
ミクはカウンターへ案内される。羽賀はコジローの前の席へ。
「あなたがボクを呼んだということは、やはり小笠原議員の件ですかね」
「あぁ、その通り。羽賀さん、君が小笠原議員をコーチングでどのように導いていくのか、そこを聞きたくてね」
コジローは真剣な目で羽賀を見つめてそう尋ねた。羽賀も同じ姿勢を取り、コジローの目を真剣に見つめてこう答える。
「ボクはコーチです。コーチはあくまでもクライアントの答を引き出すだけの役目。ボクの意図は関係ありませんよ」
「というのは表向きだろう? その目の奥には、小笠原議員に対しての期待感が潜んでいる。違うかな?」
コジローはそう言ってにやりと笑う。羽賀もそれにつられたのかにやりと笑い、いや大きな笑顔に変わってこう答えた。
「ははは、さすがはコジローさんだ。ボクの心の中をすっかり読まれているみたいですね。今回に関しては、小笠原議員にとある大きな気づきを持ってもらいたい。その思いでコーチングをするつもりですよ」
「その思いとは?」
「コジローさんと同じですよ」
「なるほど。まぁそうだとは思ったが。それなら安心した」
この二人にはこれ以上言葉はいらなかった。いや、もともと言葉なんて必要なかった。すでに気持ちは通じ合っている二人。これで羽賀のコーチングも、コジローのファシリテーションも同じ思いを持って進めることができる。
「で、コジローさん。今回ボクとミクをここに呼んだのはそれだけじゃないでしょう?」
「さすが、そこも読んでいるね。実は君に一つプレゼントをしようと思ってね。あそこにいるマスター、表向きはしがない喫茶店のオヤジ。しかし彼は有能な情報屋であり、凄腕のハッカーでもある。この先、君が何か情報に困ったことがあったらマスターを頼るといい。ただしこっちの方は少しかかるがね」
コジローは親指と人差し指で円を作ってコジローに示した。
「まぁそれは当然でしょう。しかし欲しい情報が手に入りやすくなるというのはありがたいですね。ミクも能力は高いけれど、やはり限界がありますから」
「今後、君とはこうやって顔を合わせることはないだろう」
「えぇ、住む世界が違いますからね」
「私は裏の世界で、君は表の世界で。今度会うときにはひょっとしたら敵同士になるかも知れない。そのときは手加減しないよ」
「こちらこそ」
そう言って二人は熱い握手を交わした。口では敵同士、と言っているものの、二人が目指す世界は一緒。それぞれが違うステージでお互いの力を発揮するだけ。そのことを何も言わなくても分かり合う二人であった。
「そして私が掲げる教育改革論。その三本柱となるのがこれです」
あれから一ヶ月後。小笠原議員は地元の講演会で熱弁を振るっていた。いや、熱弁というのは正しくない。以前は教育改革を唱えるときには、大きく、力強い声で相手をやり込めるような形相で伝えていた。が、今はまるで菩薩を見ているような優しい表情をしている。言葉も柔らかく、誰にでも受け入れられやすい内容だ。
何が彼女を変えたのか。それこそ羽賀のコーチングとコジローのファシリテーションのおかげである。
羽賀はコーチングで「思いを共有すること」の大切さに気づいてもらった。人それぞれ違う価値観を持っている。そして誰もが自分の価値観が正解だと思っている。
が、その価値観を押しつけてしまってはダメ。違う価値観を受け入れ、その違いを認識し、そこから共通の価値を見つける。その大切さに気づいてもらったのだ。
そしてコジローの出番。コジローは小笠原議員と敵対していた教育長との合意を形成させることにした。
そもそも教育長も今の教育制度に満足していたわけではない。教育長が護りたかった施設は、なにも教育長が天下り先として確保したかったわけではない。それなりにちゃんとした役割がある。なのにそこに耳を傾けずに廃止論ばかりを繰り返す小笠原議員に対して反発心を持ったのだ。
また廃止をしてしまうと雇用の問題も生まれる。そこまで考えた末に小笠原議員の暴走を止めたくて、泣きついたのが相志党の川崎幹事長だった。
コジローのファシリテーションのおかげで、思いが共有できた二人。そこから新たな教育改革論を展開し今日に至った。
講演も終わり、会場は割れんばかりの大拍手。その渦の中に羽賀もいた。
「よし、これからまた新しい教育がスタートするぞ」
羽賀もにこやかな顔をしている。
そしてその舞台袖の目立たないところにもう一人の男が。コジローである。
「ミッション、コンプリート」
コジローはそうつぶやくと、講演会場を後にした。
羽賀とコジロー。この二人が再び出会うことはあるだろうか。それは神さまさえも知らないことである。
<クライアントファイル11 完>
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