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コーチ物語 クライアント24「まるでドラマの出来事が」その6

 どうしてもあの事件のことが気になって、この日はいてもたってもいられない心境になっていた。
 どうしようかな……とりあえず、昨日の銀行に足を運んでみるか。大した用事はないけれど、無理矢理にでもお金を引き落とすとかして、さり気なく聞いてみようかな。
 そう思って午後から銀行に足を運んでみる。すると、見事なくらい通常の営業を再開しているじゃないか。まるで昨日、ここでは何事もなかったかのように。ホント、不思議なくらいだ。
 恐る恐る店内に足を踏み入れる。昨日、一発銃弾が打ち込まれた天井をふさぐように板が貼られてある以外は普通の状態だ。おそらくあの板も、言われなければ誰も気づかないだろう。
 私はキャッシュカードでお金を下ろせばいいのに、あえて適当な額を窓口から引き出すことにした。そのときに行員にさり気なく聞いてみようと思った。
 早速窓口に呼ばれる。通帳と引き出し金額を記載した用紙を渡す。そこで女性の行員に小声でこんなことを聞いてみた。
「昨日、私もここにいたんですけど。あれから犯人とかどうなったか知ってますか?」
 一瞬ドキッとした目をする女性行員。ちょっとあたりをキョロキョロ。そして出た言葉はこれ。
「しばらくかけてお待ちください」
 それっていつものセリフじゃない。うぅん、探りを入れたけれど何も出てこないのかな?
 仕方なくソファに座って待つことに。口止めされているのかなぁ。そう思ってうつむいた矢先のことである。
「日村さま」
 顔を上げると、年配の女性行員が私のそばに立っている。
「日村さま、ご要望の件に関しまして担当の者がお伺いしますので、こちらへおいでください」
 そう言って私は別室に通されることになった。これってどういうことなのだ?
 私は言われるがまま、応接室と書かれた部屋に通された。そしてそこに座っていたのは……
「あ、羽賀さん!」
 思わず驚いて声を上げてしまった。どうして羽賀さんがここに?
「日村さん、ですね。まぁお座りください」
 にこやかに笑いながらも私を迎えてくれる。私は促されるまま、羽賀さんの正面に位置した。
「どうして羽賀さんが?」
「その質問の前に、確か日村さんは昨日最後のほうで会社の不渡りを心配されていた方でしたよね?」
「はい、そうです。そっちの方はおかげさまで無事に処理が終わって事なきを得たのですが。でもどうして? 昨日の事件は新聞にも掲載されていなかったし。その後どうなったのかが知りたくて来たのですが」
「それならばよかった」
「よかったって、どういうことですか?」
「実は今ボクがここにいるのは、ああいった事件を体験した人のPTSDを心配していたからです」
「PTSD? 聞いたことはあるけど……それって何ですか?」
「はい、PTSDとは心的外傷後ストレス障害といって、大きな事件や出来事に巻き込まれると、それが元で心に大きなストレスを感じてしまうというものです。わかりやすい言葉で言うと、トラウマというやつです」
「あ、それよく聞きますよね。でもそれと羽賀さんの関係って?」
「はい、ボクはコーチングをやっています。カウンセラーとはちょっと違いますが、そういった心のひっかかりを取り除くことのお手伝いもしているもので。昨日はなるべく円満解決できるように導いたつもりですが、中にはあの事件以降、パニックに陥る危険性も否定出来ませんので」
「だから、そういった人が銀行に相談に来た時のためにここにいる。そういうことなんですね」
「はい。主には銀行員一人ひとりに対しての聞き取り調査などを先ほどまでやっていたところなんですよ。まぁそれ以外にも昨日の事件の後処理として警察立ち会いのもとの実況見分などもやっていましたけれど」
 なるほど、そんなところまでこの人は面倒を見てくれるのか。なんだか頼りになるな。そう思ったら、やはりこのことを聞いておかないと。
「じゃぁ、あの川口さんと銀行強盗たちはどうなったんですか?」
「うぅん、そこからは警察の領域なので私もよくはわからないんです。しかし、なるべく穏便にことをすませ、彼らには大きな罪にならないように促そうとは思っていますけどね」
「でも、罪は罪ですよね」
「えぇ、残念ながら無罪にはならないでしょうが。せめて実刑だけは免れて欲しいと思って。執行猶予付きの判決になるように弁護士さんと相談しながら進めたいと思っているところです」
 羽賀さんの懐の大きさを垣間見た気がした。
「じゃぁ、彼らを裏で牛耳っていたインタープリズムの社長、後藤って男は捕まるんですか?」
「おそらく。恐喝罪、銃刀法違反、詐欺罪、他にも叩けばホコリが出そうな感じらしいです。今まで証拠がなかなかつかめなかったのですが。今回の事件でそれもどうにかなりどうだってことらしいです」
 それを聞けただけでも安心した。私も川口さんや銀行強盗犯たちがやったことは罪ではあるので償う必要があると思っている。しかしそれ以上に許せないのは、あの後藤という男。あの男には正義の鉄槌を、そう思っていたところだった。
「日村さん、あなたに一つお願いをしてもいいでしょうか?」
「お願い、って? 私ができることで良ければなんなりと」
「はい、おそらく裁判になると証人が必要となります。あの事件で何が行われていたのか、それを証人として答弁していただく役になっていただいてもよろしいですか?」
「えっ、私が、ですか?」
 羽賀さんはジッと私の目を見る。無言の時間が続く。時計の針の音がさっきまでは気にならなかったのに、妙にコッチ、コッチという音が耳に響いてくる。
 先に口を開いたのは私。
「わかりました。やりましょう」
「ありがとうございます。実は銀行員の方たちからも一名証言してもらおうとは思っていましたが。できれば一般客の方からもお願いできないかと思っていたところだったんです」
「私の言葉で良ければ。でも、彼らをかばうような証言はできませんよ」
「いえ、あのときに起きたことをそのまま言っていただければいいだけです。心配しないでください」
「そ、そうですか」
 言ってしまって、えらい役を引き受けたなぁと後から実感。詳細は後日弁護士から連絡があるから、ということらしい。
 私が証人かぁ。えらい役を引き受けてしまったな。

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