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コーチ物語 クライアント35「人が生きる道」14.反始慎終 前編
いよいよ工場を辞め、横山さんのところでの仕事が始まった。
仕事、といっても私が考えるのは、現場の改善アイデア。ずっと机の上で考えるのではなく、工場に出向いてさまざまな改善アイデアを練る。
対象となる工場は、私が務めていたところだけでなく提携先の五つの工場。それぞれに出向いて、そこで働く人から意見を聞いたり、現場を見て何らかの改善ができないかを考える。
そして、工場で製品を押さえる治具の改良などが必要な場合はその設計。設計と言っても、私はちゃんとした設計図を描けないので、アイデアレベルのイラストを描いて、設計士と一緒に考えて形にしていく。
今までと違うのは、このアイデアが特許になること、そして商品化できること。これを求められている。
今までは私が勤めていた工場でだけ使えればよかったもの。けれどある程度の汎用性を持たせて、さまざまな工場で使える商品として売り出すことができなければ意味が無い。
せめて一ヶ月間の間に五つくらいは、という意気込みで始めたこの仕事だったが。意外にもハードルが高いことに気付かされた。
「うぅん、アイデアは悪くないけれど……これってこの工場特有の改善案ですよね」
「やっぱりそうかぁ。なかなかうまくいかないなぁ」
私とパートナーを組んでくれているのは、設計士の北川さん。今回の私のプロジェクトパートナーとして、私と同じようにメーカーの設計からスカウトされた人物である。
つまり、私と立場は同じ。一緒になって特許商品を作り出すことができれば、その利権を私と北川さん、そして横山さんの会社の三者で分け合うことになっている。
北川さん、見た目はちょっと小太りでひげを生やした陽気なおじさんといった感じ。ときおり飛び出るオヤジギャクには参るが、底抜けの明るさで常に前向きに物事にチャレンジさせてくれる。
が、設計分野となるとさすがにプロの目線が光る。私が描いた落書きのようなポンチ絵に対して、ここは構造上成り立たないとか、このままでは強度が足りないとか、すぐに指摘をしてくる。
最初の頃は「へぇ、なるほど、ふぅん」と北川さんの言葉に感心をしていたのだが。徐々にその言葉が耳障りに聞こえてくるようになってきた。
実のところ、汎用性をもたせようとアイデアを北川さんに持ち込んでも、設計上どうだこうだといつも文句を言われてしまうからだ。自分の仕事にプライドを持っているのはわかる。けれど、あまりにも文句が多いので、徐々にやる気を失わせてくれる。
仕事を離れると、とても良い人なのだが。そのギャップに悩まされながら、さらに焦りを感じながら仕事を進めていく。
「ただいま……ふぅ、疲れた」
夜八時。仕事から帰ってくるなり、部屋で大の字になる。
「あなた、最近疲れているみたいね。新しい仕事ってそんなに大変なの?」
紗弓が心配そうに私の顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「まぁ、いろいろな工場を回ってアイデアを出すのは楽しいよ。でもね、いざそれを商品化しようとすると、一緒に組んでいる北川さんがねぇ……」
ここで思わず北川さんに対してのグチを言いそうになった。これをぐっと堪える。人は鏡、万象我師、だったな。私がグチを言えば、おそらく北川さんも同じように私に対してグチを言っているはず。いや、すでにそうなっているのかもしれない。だからこそ、この思いを外に漏らすわけにはいかない。
「あ、そうそう。お義母さんの命日、もうすぐだよね」
そうだった。もうそんな季節になるのか。去年は私は檻の中だったので、何もしてあげることはできなかった。いや、今までも大して何もしていなかった。ほとんど紗弓に任せっぱなしだったから。
私の父親は借金でどこか遠くへ消えてしまい、今は消息不明。母親は私を必死になって育ててくれたが、過労が重なり三年前に突然死。私は親孝行というのを何一つしてこなかった。その母親の命日がもうすぐやってくる。
お墓をつくってあげることもできず、とりあえずお寺の納骨堂に納まっている母親。今年くらいはお参りに行くかな。
「なぁ、命日は平日だから休めないから、今度の日曜日にでもお参りに行こうか」
「うん、そうしてあげるとお義母さんも喜ぶよ」
こうして母のお墓参り行きが決定。だが、ここでまさかの出来事が起こるとは。
結局、今の仕事を初めて三週目が過ぎても、何一ついい商品は生み出せなかった。さすがに陽気だった北川さんも、頭を抱え始めた。
「えぇい、ちくしょう! なんでこんなにうまくいかないんだよ」
苛立ち始めた北川さん。私も心の中は同じ思いだ。この仕事を始める前は、こんなに条件のいい仕事はないと思っていたのだが。産みの苦しみとはこのことなのだろう。
もう何杯目になるかわからないコーヒーを胃に流し込む。けれど、あと一歩が形にならない。アイデアは悪くない。設計の腕もいい。なのに、現実に落としこむと矛盾点が多くて前に進まない。
「なぁ、濱田さん、俺らってやっぱダメなのかな?」
「ダメって、そんなことはないでしょう。何かが足りない。それはわかっているんですけど。その何かがわからない……」
「だなぁ。それが何なんだろう……」
結局この日も、何一つ形にならずに時間切れ。週明けには四週目に入る。せめて何か一つだけでも形にしたい。
そして日曜日。紗弓と太陽を連れて、母の遺骨が納められている納骨堂へと足を運んだ。ここは公営のもので、運良く空きがあったので安く納めることができたのはありがたい。
「さ、おばあちゃんに手を合わせに行こう。えっと、確かここだったよな……」
そのとき、一人の男性が熱心に手を合わせているのを見た。その姿を見た瞬間、胸の奥がズキンと高鳴った。と同時に、怒りの感情も湧いてきた。
「あれ? あそこってお義母さんのところじゃ……」
「てめぇっ、今頃何しにきやがったっ!」
紗弓が言いかけたところで、私は今までにない怒りの感情をあらわにして、その男につかみかかった。
「えっ、なにっ、ど、どうしたの?」
紗弓があわてているのはわかった。だがそんなのは目もくれず、私はその男の胸ぐらをつかみつつ、地面に叩きつけるように覆いかぶさった。
「お、おまえ……雄一……」
私がなぐりかかったのは、借金で姿を消した父親。忘れもしないこの顔。母がどれだけ苦労を背負わされたことか。その男がどうして今頃、ノコノコと私の前に姿を現すんだ。
騒ぎを聞きつけた納骨堂の管理者もやってきて、私は目の前の男から引き剥がされた。だが、私の興奮はおさまらない。
「てめぇ、どの面下げて母さんの前に顔を出せたんだっ!」
目の前の男、私の父は黙って下を向いたまま。
あらためてその男の姿を見る。すると、意外なことにきちんとした身なりである。てっきり借金で浮浪者にでもなったとばかり思っていたのだが。
「雄一、すまなかった。だがあれには事情があって」
その言葉を聞いてまたムカッときたが、ここは紗弓におさめられた。
「雄一さんのお父様ですか。私、妻の紗弓といいます。そしてこちらが息子の太陽です」
「はい、存じております。亡くなった妻から聞いていましたので」
ど、どういうことだ? 父と母は連絡を取り合っていたのか?
私の頭の中はぐるぐると回り始めた。