コーチ物語 クライアント27「見えない糸、見えない意図」その7
迎えた金曜日、今日は気合を入れた特別レッスンだ。
「ミク、よろしくお願いします」
ミクを目の前に深々と頭を下げる私。
「まかせなさい!」
えらく自信満々なミク。年下だけど頼りになるなぁ。私は早速事情を説明。
「なるほど、じゃぁ真澄さんはその畑中さんに気に入られたいってことね」
「そうなの。それにコーチングを習いたいっていうことだから。ぜひ羽賀さんも紹介したいし。私、自分で言うのも何だけど、彼氏にはつくしたいタイプなのよ。いいことはどんどん教えてあげたいし」
けれどその言葉の後に、ミクから衝撃的な質問が飛び出した。
「真澄さんって彼氏につくしたい、そういうことなんだよね。ひょっとして、そうしている自分自身に酔っているって気持ち、ない? なんかそういう風に私には見えるんだけど」
その言葉は私の胸にぐさりと突き刺さった。私の表情を見てなのか、ミクの次の言葉はさらに私に追い打ちをかける。
「彼氏につくしている自分をつくることで、ひょっとして彼氏に自分を好きになることのメリットを押し売りしているんじゃないかって。さっきの真澄さんの言葉からそんな感じを受けちゃった」
「うん……言われてみればそうかも。ミクの言うとおり。私、恋する自分に酔っていたのかも。いい女、かわいい女を演じることで彼氏にもっと自分を見てもらおうっていう気持ちはあったな……」
「その結果、相手の話をちゃんと聴かない、ちゃんと見ない。自分を押し売りすることに意識を注ぎすぎた。そうじゃない?」
「うん、その通り」
あまりにもミクの言葉が今までの自分の悪いところを指摘してたので、返す言葉がなかった。
私があまりにも落ち込んだ態度をしていたせいか、ミクがにこりと笑ってこう言ってくれた。
「真澄さん、大丈夫よ。今までの悪いところがわかったっていうことは、そこを改善していけばいいってことなんだから。多くの人はそこがわからないから悩んで、同じことを繰り返していたんだからね」
たしかにそうだ。私が今までフラレてきたのはそこがわからなかったからなんだ。でも、悪いところをズバリと指摘してくれたおかげで、これからどこを変えていけばいいのかが明確になったんだから。
「ミク、ありがとう。なんだかやれる気がしてきた」
「真澄さん、その意気よ!」
このあと、ミクからコーチの役割について話を聴くことができた。コーチとはただ単に人の話を聴いて、質問をして答えを引き出すだけじゃない。相手の鏡になって、見えていないところを気づかせてあげるのも役目の一つだって。こういうのをフィードバックというらしい。
「なるほどねぇ。コーチングって奥が深いんだ」
「でしょ。私も羽賀さんから習う度に感心させられたし。さっきの真澄さんと同じように、言われて落ち込むようなこともあったけど。でも、それも大事なことなんだってわかったから。だから今じゃ人にそうやって伝えることも意識をしているの」
「でも、それで嫌われたりしない?」
「えへへ、私も最初はそこが不安だったの。だって、どちらかといえば相手の欠点を突くような発言になっちゃうでしょ。でも大丈夫。ちょっと痛みを感じさせちゃうことはあるけれど、最後は必ず感謝されるから」
最後は必ず感謝される。その言葉を信じてみよう。
このあと、ミクからフィードバックの具体的なやり方について教わった。なるほど、言い方に特徴があるんだな。そしてなにより、相手の話をよく聴いて目で聴く。これを実践しないとフィードバックってできないんだ。
翌日、いよいよはあの二人と会う日。仕事帰りの合コンとは違って、今日はちょっとおしゃれをして街へ出る。みずきも今日はやたと張り切っている。
「真澄、気合入ってるじゃん」
「みずきこそ、今日は勝負かけてるね」
えへへへと二人で照れ笑い。そして待ち合わせ場所へ。そこにはすでにスーツ姿の二人の男性が私たちを待ち受けていた。
「今日もお仕事だったんですか?」
「えぇ、住宅販売ってみなさんがお休みの時に訪問をすることが多いですからね」
そんな感じの会話を交わしながら、私たちは居酒屋へと足を運んだ。
「早速ですけど、今お二人が学んでいるコーチングの先生について教えてもらってもいいですか?」
うーん、いきなり固い会話だなぁ。そう思いつつも、今日はそのために会いに来たんだから。まずはちゃっちゃとやることをやってしまわないと。
この質問についてはみずきから答えてもらうことに。よく考えたら、私はミクのことはよく知っているけど羽賀さんのことはあまり知らないんだよね。どちらかというと、みずきの言葉にふぅんとうなずくことのほうが多かった。
「なるほど、私たちも早速羽賀さんにコーチングを習いたいですね」
「じゃぁ、今度の私たちのコーチングのときに一緒に行きますか?」
「えぇ、ぜひ紹介してください」
この会話を聴いていて気づいたことが会った。まず、みずきが狙っている(であろう)今井さんは話を聴く態度がすごくできている。私がミクから習ったことを自然とやっている。大きくうなずいたり、適度にあいづちを入れたり、同じ言葉を繰り返したり。だから話すみずきもどんどん調子に乗っていった。
ところが私がお目当てとしている畑中さん。話を聞こうという姿勢は持っているんだろうけど、ただじっとだまって耳を傾けているだけ。時折視線が別のところにいってるし。これじゃ話は続かないよなぁ。
コーチングの話も終わって、食事をしながらお互いの印象の話に移った。みずきはちょっと真面目キャラに見えているみたい。それに反して私は軽いイメージを持たれたらしい。まぁ、確かに会社でもそんな風に見られちゃうけど。
「じゃぁ、僕たちはどんなふうに見えました?」
そこでみずきはお気に入りの今井さんについて、とても話しやすい人だということを伝えた。逆に畑中さんについてはちょっと言葉を濁すような感じで、真面目な印象を持ったというふうに伝えた。
「真澄さんはどう感じましたか?」
「え、そ、そうね……」
ここで私はミクの言葉を思い出した。フィードバックは相手の成長を願って、正直に、詳しく、そしてIメッセージを使って伝えるのがコツ。ネガティブなこともそうやって伝えなければいけない場面ではしっかりと伝えないと。それが鏡としてのコーチの役割。
そこで思い切って伝えることにした。
「まずは今井さん、大きくうなずいてあいずちもうまくつかってみずきの話をしっかりと聴いてくれる人だなって感じました。安心して話ができる人だなって。でも逆に、それが度を越すと初対面で軽い人にも見られちゃうって感じがしましたよ」
「あはは、真澄さんするどいなぁ。遊び人じゃないのに時々そういう風に言われてしまうんですよ」
さて、次はいよいよ畑中さんに対してのフィードバックだ。私の胸はドキドキしはじめた。
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