コーチ物語 クライアント18「感動繁盛店をつくれ!」その6
三回目の羽賀さんの研修のあと、スタッフの意識が大きく変化したようだ。今までは人のできていないところを「指摘」することが多かった。が、これが一新した。まず研修に出ているクラスの人間が、相手のできていないところをマイナスの言葉ではなくプラスの言葉に変えて伝える場面を多く見るようになった。
先日も三号店の開店準備を見に行ったときにこんな場面に出くわした。アルバイトの女子大生に店長の三崎がこんなことを言っていた。
「あなたの作業、とても慎重で丁寧よね」
「えっ、そうですか? 私、いつもトロイトロイって言われているんですけど」
「それはトロイわけじゃないの。さっきも言ったとおり慎重かつ丁寧なのよ。あとはこれにもうちょっとだけスピードが出ると最高よね」
「ありがとうございます」
アルバイトの女子大生はにこやかな笑顔で作業に取り掛かった。うん、なかなか良い指導じゃないか。三崎は店長を任されているだけあって、その仕事ぶりは誰もが目をみはるものがあった。その反面、今までは口調がキツイところがあったのだが。この調子だと店の雰囲気も良くなっていきそうだ。
そして迎えた四回目の研修。この日は羽賀さんともう一人女性の講師が一緒に来た。
「ご紹介します。こちらは堀さん。プロのファシリテーターです」
「ファシリテーター?」
聞きなれない言葉だ。一体何者なのだろうか。
「どもっ。はじめまして。といっても私はこのお店何度も来てるけどね。あ、私は会議のコンサルティングをしている堀みつ子といいます。よろしくね」
妙に明るくサバサバとした人だな。年齢は四十前後といったところか。しかし会議のコンサルティングなんて仕事もあるんだ。
「ファシリテーターというのは、分かりやすく言えば会議をうまくまわす人の事を言うの。ファシリテーションという会議を促進する技術があってね。で、今回羽賀くんからこのお店のミーティグのやり方をどう変えればいいかって相談があって。それなら直接私が指導したほうが早いと思って今回おじゃましました」
なるほど、そういうわけか。
「それでは堀さん、よろしくお願いします」
「羽賀くん、まかせといて!」
堀さん、なんか妙な自信を持っているんだな。今回は一体どんな話が展開するんだろう。早速研修にとりかかることにした。
堀さんは私に行ったのと同じ調子でスタッフに自己紹介。スタッフも最初は目を丸くしていたが、徐々にそのペースに乗せられてきたようだ。
「今日は効果的なミーティングのやり方を皆さんと一緒に考えていきましょう。早速だけど、今手元に付箋紙とペンがありますよね」
私たちの手元には事前に付箋紙の束とペンが用意されていた。さらに私たちは大きく二つのグループに分けられている。これで何をするのだろうか?
「では、この付箋紙に今から私が質問することに対して、思いついたことを書いてもらいます。付箋紙一枚に一項目。そして書いてから発表するのではなく、手を上げて発表してから書いてください。いいですか?」
一同はこっくりとうなずいた。
「あ、ちなみにグループ対抗戦でいきますので。制限時間に分間の間にどちらの方が多く数が出るか、競争ですよ」
そう言われると闘志が湧いてくる。さぁいくぞ、という体制をとって次の堀さんの言葉を待った。
「ではいきます。赤い食べ物、といって思いつくもの。よーい、スタート!」
赤い食べ物、一瞬何を言おうか考えた。が、すかさず隣から「りんご」という声があがった。続いて「さくらんぼ」「いちご」とくる。私はまだ思いつかない。が、ここで一つ頭に浮かんだ。
「スイカ!」
言った瞬間、正面にいた二号店料理長の栗田の顔色がちょっと変わったのがわかった。ここで場が一瞬膠着。このときわかった。スイカは中は赤いが外は緑だ。これは間違ったことを言ってしまったか?
だがしばらくの沈黙の後、別のところから「麻婆豆腐」という声があがったため、次へ展開することができた。そして二分終了。結果はもうひとつのグループの圧勝。おそらく私の「スイカ」のところで膠着したのが響いたのだろう。
「はい、お疲れ様でした。今のがブレインストーミングという手法です。これは自由に意見を出してもらうためのものです。が、ここでこちらのグループに面白いことが起きました。大将が『スイカ』と言ったんですよ。これ、赤い食べ物としてありでしょうか?」
ここで栗田がすぐに反応。
「私は外側が赤い食べ物を考えていたので、大将のスイカは間違いじゃないかと思いました。よほどそれを指摘しようかと思ったのですが、やはり経営者には逆らえないと思って言うのをやめました」
なるほど、そういうことか。やはり私が間違った答えを言ったのが原因か。だが堀さんの言葉は意外なものであった。
「そう、実は今のがみなさんの会議、ミーティングの現状なんですよ。権力のある人に逆らえないので自由に意見が言えない。また、人の意見に対してすぐに批評をしてしまう。まずは大将の言ったスイカ、これ間違いでしょうか?」
「私はそう思いました」
栗田は自信を持ってそう言う。が、隣のグループの一号店料理長、楠がすぐに意見を出した。
「私はスイカもありだと思いますよ。あれは中が赤いし。それに外側が赤の食べ物とは限定されていないんだし。実は私もスイカと発言していますから」
「そうですね。実は会議で大事なのは、まずは意見を受け入れることです。その人がそう思っているのならそれでいいんです。まずはどんな意見でも受け入れる。すると発言をしやすくなりますよね」
確かにそのとおりだ。だが栗田がさらに反論をしてきた。
「でも、何でもかんでも意見を受け入れてしまったらまとまらなくなるじゃないですか」
その意見に対して、堀さんも冷静に対処してくれた。
「そうですね。確かに無秩序に意見を言われたらたまりません。ここで大事なことがあります」
堀さんは大きく「目的」と「目標」という字を書いた。
「会議の発言はこの目的と目標に沿ったものである、というのが大前提です。何のために会議をやるのか、これが目的。そして何を結論とするのか。これが目標です。さすがにそれに沿わなければ、それは単なる無駄話に終わります。まずみなさんがこの会議の目的と目標をしっかりと把握すること。これが大事です。そしてもう一つ…」
堀さんはさらにこの文字を大きく書いた。
『合意形成』
「そもそも会議やミーティングはなんのためにやるのか。それはこれに尽きます。みんなが納得した結論を出す。これが合意形成です。そのためには、今思っていることを全部出し切ること。さらにその中からよりよいものを選び、または創りだすこと。これが大事なのです。ですからさきほどの大将のスイカという意見も、最終的に採用されるかどうかは別の話なんですよ」
堀さんのこの話に栗田も納得したようだ。と、ここで堀さんは私の方を睨んでちょっときつい一言を投げかけてきた。
「大将、これが今のこのお店の会議の現状なんです。大将の意見に逆らえない、自由に意見が出せていない、他にもひょっとしたらミーティングの時間が長かったり、みんなに発言の機会がなかったりということ、ありませんか?」
私は言葉が出せなかった。すべて当たりだ。気がついたらつい私の演説の場となっている。これはカミさんからもさんざん指摘をされているところだ。
私は堀さんの言葉を素直に認めた。すると堀さん、ニコリと笑って私にこんな言葉を与えてくれた。
「大丈夫、今からお伝えすることをみんなで実践すれば、会議やミーティングは間違いなく良い方向へ変わりますよ。まずは場の雰囲気づくりね」
「場の雰囲気作り、ですか?」
なんだかわかったような、わからないような、そんな感じがする。堀さんは私の疑問を察知したのか、こんな質問をしてきた。
「今、この場の雰囲気ってどうかな? 話しやすいと思う、それとも話しにくいと思う?」
そう言われてお互い顔を見合わせた。この問いかけには三号店副店長の櫻谷が答えた。
「私はわりと話しやすいと思いますよ。あの赤い食べ物っていうので、みんな自由に意見を出し合えたから」
櫻谷は隣のグループで赤い食べ物を出し合った。確かに隣のグループは和気あいあいとした雰囲気があったな。
「なかなかいいところに気づきましたね。さきほどやった赤い食べ物、あれがアイスブレイクと言われているものです。あのようにちょっとしたレクレーション的な要素を含めて場を和ませるの。そしたら何でも意見を言いやすくなるでしょ。これが場の雰囲気づくりなのよ」
なるほど、アイスブレイクか。そういえば会議のときはいきなり本題に入って、そんな雰囲気作りなんて気にしたことがなかったな。
「他にもアイスブレイクってどんなのがあるのですか?」
一号店店長の木崎の質問。そうだな、毎回赤い食べ物というわけにはいかないだろうし、マンネリ化してしまうとつまらなくなりそうだ。
「それについてはインターネットで調べてみるといいわよ。他にもレクレーションの本なんかも参考になるし。世の中にはゴマンとアイスブレイクのネタが転がっているから。それは皆さんでぜひ手分けして探してみてください」
これは面白そうだ。あとで早速調べることにしよう。
「他にも、意見を引き出すコツっていうのがあります。まずは一人に意見させないこと。さて、これどういう意味かわかりますか?」
一人に意見させない。どういう意味だろう?
「ではその意味を周りの人と話しあって考えてください」
そう言われて私は周りのメンバーと考え始めた。ここで面白い答えが出てきた。一人に意見をさせるととんでもない発言をする人がいたり、名指しされても何も言わない人がいる。だから一人に意見をさせないのではないか、というものである。私もそれに賛同した。
「では今話したことを発表してください」
実はここに仕掛けがあったとは。このときは思いもしなかった。
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