コーチ物語・クライアントファイル6 私の役割 その6
「はい、あのとき私は四星商事の利益を優先に考えることしか頭にありませんでした。しかし、ある時気づいたんですよ。自分が今まで何をしてきたのか、そして四星商事が何を追い求めてきたのか。そんなときにある人と出会いました。その人との出会いが私を、私の考え方を変えてくれました。だから今こうやってコーチングをやらせて頂いています。今まで自分がやってきた事への反省とお詫びの意味も含めて、どうすればたくさんの人が笑顔で暮らせるのか、それを追い求めるために」
「でも羽賀さんは今回の件、四星商事のたくらみにどこで気づいたんですか?」
社長とは違い、この会社の社長の息子である若き専務は冷静に羽賀さんにそう尋ねた。まだ何か引っかかっているようだ。
「えぇ、陽光商事のメインバンクがはまな銀行であることがわかった時点でそう思いました。はまな銀行の筆頭株主は四星商事。そしてミノル光学の乗っ取りの時につかった銀行、これもはまな銀行。はまな銀行は筆頭株主の意向に逆らえず、その立場を利用されただけです。そして今回の新商品の売り先、これが四星系であることがわかった時点で乗っ取り劇を確信しました」
羽賀さんは専務の問いにそう答えた。さらに専務の質問は続いた。
「だったら、四星の乗っ取りを防ぐ方法はないんですか?」
その問いに対して、羽賀さんは立ち上がり、そしていつもの羽賀スマイルを見せた後にこう言った。
「だからボクが今ここにいるんです。決定的な方法は今のところありません。が、その方法を引き出すことはできます。そのためには皆さんの、そしてそこにいる吉田さんの奥さんの力が必要なんですよ」
羽賀さんのその言葉で、一同の目は私に向けられた。
「えぇ〜っ、私の力って一体何? 羽賀さん、私はどうすればいいのよ?」
「心配ないよ。今からは思いつくままに発言してもらえればいいから」
羽賀さんはいつもの笑顔で私にそう言ってくれた。でも何をすればいいのかしら? 心配だなぁ。
「ではまず、今回の件をもっとわかりやすく簡単に図式化してみましょう。そうだな、吉田さんの奥さんにもわかるように、ちょっとしたたとえ話をつかってみましょう」
そう言って羽賀さんはホワイトボードに絵を描き始めた。真ん中に人の絵を描き、その横には木、そしてその木には果物らしき絵が。そして左上に青色で人の絵と札束の絵。さらに右上に赤色で人の絵。そして赤色の人の後ろに、一回り大きな人の絵。
「今までの流れをわかりやすく説明しますね」
羽賀さんはこの絵を使って説明を始めた。羽賀さんの説明はこうだ。
真ん中にいる人、これが今回の主人公。この主人公は家の庭に珍しい果物がなっていることに気づいた。これが今までにない味なので世の中に売り出そうと思った。しかし、その果物をとるための道具も、そして果物を出荷するための設備も持っていない。そんなとき、右に書いた赤い人、これは小さい方、この人がその果物を売って欲しいと言ってきた。しかし、売るためには道具が必要。それを買いそろえるまで待ってくれとお願いした。
そのとき、左側の青い男が「お金を貸してあげるから、道具を買いなさい」と手助けを。ただし、お金は後から貸すので、とりあえずツケで道具を買うことになった。が、いざ道具のお金を支払おうとしたら青い男がお金を貸すことを渋り始めた。しかし道具はもう買っている。支払いができない。
こんなとき、赤い男のバックにいる大男が条件付きでお金を貸してくれることになった。
実はこの赤い大男はこの地域ナンバーワンの実力者。誰も逆らうことができない。さらに、金貸しの青い男はこの赤い大男から脅されてお金を貸す振りをしていただけ。小さな大男は赤い大男の弟。赤い大男は弟であるこの男に儲けさせようと、自分の力をつかって主人公を追い込んだ、というわけだ。
「なるほど、すべてはこの赤い大男の陰謀なわけね。これなら私も話しがのみこめました」
私はこの説明になるほど、と納得した。
「事態がわかりやすくなったのはいいですけれど、この赤い大男の陰謀から逃れるにはどうすればいいんでしょうか?」
弘樹さんは羽賀さんに尋ねた。その問いに対し羽賀さんは
「皆さんだったら、どうすればこの赤い大男の支配下から脱出し、道具の資金を調達しますか?」
と逆に質問。一同はうなだれて考え込んでしまった。
そのとき私に一つのひらめきが。
「あ、羽賀さん。ちょっと聞いてもいいですか? どうしてこの主人公は赤い大男の支配下にいるのかな? 別にこんな男の支配下に置かれているような町で生活する必要ってないんじゃないの?」
「吉田さん、それもう少し詳しく聞かせて」
「だってさ、赤い大男の目が怖くて身動きが取れないわけでしょ。だったらこの大男の目が届かない人からお金を借りたり、この果物を売ったりすればいいんじゃないの?」
私の言葉に、一同がパッと顔を上げた。
「そうか、なんて単純なことに気づかなかったんだ。この特許技術商品、なにも売り先は四星オプティカルだけじゃないんだ」
専務がそう答えた。だが、続けて発言した社長の言葉は悲観的だった。
「そのくらいは私も考えていたよ。しかし手形はあと一週間で落とさなければいけない。そんなに急に売り込み先が見つかるとは思えない。それに国内では四星商事の目が怖くて、どこもこの商品を買ってくれないだろう」
まさにいじめっ子の実力者が幅を利かせている世界だ。そこで私はさらにひらめいた。
「だったら、国内じゃなくて海外はどうなの? そこならいじめっ子の実力者の目は届かないんじゃないの?」
「それこそ無理だ。買ってくれるところはあっても、残り一週間じゃ……」
社長はさらに頭を抱え込んだ。私はその社長の、そして幹部一同の様子を見て、ついムカムカッときて思わず立ち上がってしまった。
「そんなの、やらないウチから決め込んだら何もできないじゃないの! できないできないって言い訳している暇があったら、まずは行動するのが先なんじゃないの!」
一同の目が丸くなったのがわかった。ただ一人、羽賀さんだけはにっこりと笑っているのがとても印象的だった。私の声にいち早く反応したのは弘樹さん。
「そうですよ、社長。考えていたって意味はないです。とにかく当たってみましょう。それに考え方を変えれば、まだ一週間もあるんです」
弘樹さんのその声に、社長はしばらく黙って考えていた。が、おもむろに顔を上げ、そして握り拳を握って意を決したように立ち上がった。
「よし、とにかくやってみよう。まずは海外メーカーのリストアップ。時間がないので、日本内でアポイントが取れるところに絞ってみよう。そして交渉できる担当まで調べてくれ。今すぐにだ」
社長の力強い声に、幹部一同力をみなぎらせたようだ。今すぐ会議室を出ようとする一同。しかしその動きを一旦止めたのは羽賀さんであった。
「皆さん、もう少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「え、羽賀さん。どうしてですか? 今すぐ行動を起こさないと」
弘樹さんは羽賀さんの声にそう答えた。私もどうして羽賀さんがみんなの行動を止めたのか不思議だったが、その理由はすぐにわかった。
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