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コーチ物語 クライアント23「まさかの一日」その3

 食事が終わって、早速羽賀さんのところに再度連絡をしてみた。突然のお願いだし、断られることを承知で電話をしたのだが。
「なるほど、そういうことですか。幸い私も今日は夜のセミナーまで時間が空いていますから。私の事務所で良ければ」
「あ、ありがとうございます」
 早速事務所の場所を聞いて、羽賀さんのところに向かうことにした。まさか、こんなにツイているなんて。この仕事の初日からいろいろなまさかに遭遇しているが、こんなにラッキーなまさかはありがたい。
「明神さん、今から出るから支度して」
「ちょっとまってよー、お化粧直さなきゃ」
「そんなのいいから、早く!」
 まったく、女性というのは扱いが難しいな。とにかく羽賀さんにあって、合コンお見合いパーティーの新しい企画のヒントをもらわないと。それにしても、今までとは違った分野の仕事なだけに、どれだけ自分のアイデアが通用するのか、予想もできない。そもそもこういう分野にはまったく興味がなかったことだからなぁ。
「おまたせー、さ、行きましょ」
「ちょ、ちょっと明神さん、何するんですかっ」
 明神さん、急にボクに腕を組んできて、まるで恋人気取りだ。いくら年上で色気のある女性でも、ボクのほうが上司なんだから。ったく、この人にはいつもあきれるな。
 タクシーを飛ばして、教えられた事務所へと向かう。確か花屋の二階だとか言ってたな。
「ここだ、ありがとう」
 タクシーの運転手にお礼を言って、早速乗り込むことに。だがここでもまたまさかの出来事が。
「ねぇねぇ、このお花、とってもかわいーっ」
 明神さんがまたまたまさかの行動に出てしまった。お花屋さんにディスプレイされているアレンジフラワーに目がいってしまったのだ。この人、何も考えずに行動しているからなぁ。
「明神さん、約束をしているんですから。行きますよっ!」
「ねぇ、もうちょっといいじゃない。わぁ、こっちもきれい」
「ダメですって。ほら、早くっ! 明神さんが行きたいって言うから連れてきたんでしょうが。いい加減ボクの言うことを聞いてくださいっ」
 そんな風に店先で怒鳴ってしまったものだから、店の奥から店員さんが来てしまった。
「どうされたのですか?」
「あ、すいません。これから上の事務所に行こうとしていたのですが、うちの部下がお花に気を取られちゃって」
「あはは、羽賀さんのところのお客さんですね。うーん、そうですね、わかりました。ちょっとお待ちください」
 そう言って店員の女性は外に飛び出していった。何をするんだろう?
 しばらく待っていたら、その女性は一人の男性を連れてやってきた。その男性、メガネをかけた長身の、笑顔が素敵な人だ。
「こちらが羽賀さんのお客様ですよ。よかったらお店の中を使って」
「舞衣さん、ありがとう。あ、さきほどお電話を頂いた四星商事の方ですね」
「あ、はい、赤坂と申します」
 なんと、店員さんはボクたちのために羽賀さんを呼んできてくれたのだ。これにはびっくり、さらに恐縮してしまった。あわてて名刺を取り出して羽賀さんに差し出す。
「あ、この名刺はまだ前の部署のもので。実は今日から新たに合コンお見合いパーティーの企画をやる部門に変わりまして」
「へぇ、四星商事がそんなことに手を出し始めたんだ。ブライダル部門ってのはあったけど、それとは違うんですね」
「はい、でもどうしてボクがこの部門に移されたのか、いまだに不思議なんですけどね。あ、こっちは部下の明神といいます」
 ボクが紹介しているにもかかわらず、明神さんはアレンジフラワーを見るのにまだ夢中。それどころか店員さんに質問をしている始末だ。
「あはは、なかなかユニークな部下をお持ちですね。そういう個性は大事にしてあげないと」
「す、すいません……」
 まったく、どう考えても明神さんをボクの部下につけたのは、厄介払いとしか思えないな。そこの部署でも持て余していたんだろうなぁ。
「で、そのお見合いパーティーについていろいろお聞きしたい、とのことですが。具体的にどんなことをお聞きしたいのかお伺いしてもよろしいですか?」
 羽賀さんは明神さんにはおかまいなしに、ボクに話を振ってきた。ボクも本題に移ろうと思って早速話を始めることに。
「上からは、今まで他にはやっていないようお見合いパーティーの企画を立てろ、ということを命令されているんです」
「なるほど。つかぬことをお聞きしますが、今までそういうパーティーに参加されたことは?」
「実は二度ほどあるのですが。どちらもあまりおもしろいと思えるものではなく。いい印象がないんですよね」
「どんなところがおもしろくないと感じましたか?」
「うぅん、一度目は彼女をつくるなんてことを意識しなかったですから。友だちから人数合わせのために参加してくれとお願いされて行ったんですよ。だからどんなことをやったのかもよく覚えていなくて」
「なるほど、興味が無いままに参加されたのですね。二回目は?」
「二回目は彼女が欲しいと思って参加したんですけれど。みんなボクの勤めている会社の名前を出した途端、急に寄って来ちゃって。それはボクじゃなくてボクの先にある四星商事をみて寄ってきたんだと思ったら、急に興ざめしちゃって」
「あぁ、それわかりますよ」
「あ、そういえば羽賀さんも昔は四星商事にお勤めでしたね。そういう経験がおありですか?」
「さすがにモテたことはありませんが。でも、ボクの肩書きで人が寄ってきたって経験はありますからね」
 羽賀さんがモテたことないなんて嘘だ。ボクの目から見てもかっこよくていい男なのに。
「まずは逆から考えてみましょうか。こんなお見合いパーティーは行きたいくない。それがわかれば、その逆をやればいいんですからね」
「あ、なるほど、そういう考え方もあるか」
 さすがコーチングをやっている人だけある。ボクの視点をあっという間に変えてくれた。どんなパーティーだったらいいのか、そこばかりを考えていたからアイデアが出て来なかったけれど。こんなのは嫌だ、なんて視点から考えるといろいろと思いつくかもしれないな。これ、アンケートの項目に入れてもらうことにしよう。
「ありがとうございます。早速それは検討してみます。でも……」
「でも?」
 ボクはここで一つの不安を抱えてしまった。そもそもお見合いパーティーというのはカップルになりたい、うまくいけば結婚したいと思う男女が集まる場所だ。そういう場所にふさわしい人をどうやって集めればいいのか。企画はうまくいっても集客がうまくいくのか。その不安が急に襲ってきた。

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