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コーチ物語 クライアント24「まるでドラマの出来事が」その5

「私は……私はやっぱり騙した方が悪いと思います。けれど、だからといってこういうことを起こすのは間違っている。そこはきちんと罪を認めてくれればいいんじゃないかって。そう思います」
 銀行の支店長が手を挙げて、少し小さな声でそんな意見を言った。
「なるほど、騙したほうが悪い。けれど罪は認めるべき。そういうことですね」
「はい、意見いいですか?」
 今度は別の行員が手を挙げて発言を求めた。
「ボクは騙された方も悪いと思います。といっても全面的に悪い訳じゃなく、もちろん騙したほうが一番悪いとは思いますが。いくら状況が切羽詰まっていたとはいえ、安易な方向に傾いてしまって不用意な判断をしてしまったことは否めないんじゃないでしょうか?」
「なるほど、騙された側にも責任がある、ということですね。じゃぁ、今回こんなことを起こしてしまった。そのことについてはどう思いますか?」
「うぅん、それは……」
 するとこれについて、あの高木が自信満々に手を挙げて発言を求めてきた。
「はい、どうぞ」
「ボクはこんなことを起こしてしまったそのことには情状酌量の余地はないと思うんですけどね。だいたい銀行強盗しようなんて安易すぎるんだよ。そんなことうまくいくわけないって、ちょっと考えればわかるでしょ。もっと現実的な方法を考えないと」
「うるせぇっ、オレたちの頭じゃこれが精一杯だったんだよ!」
 銀行強盗のリーダーは大きな声で反論。その勢いには周りの人間はかなり驚いてしまった。そのリーダーの言葉をフォローするように、銀行強盗のメンバーの一人がこんな発言をしてきた。
「あの状況じゃやらないといけないって感じになってたんです。後藤が私たちに脅しをかけてきて。みなさんもあの状況にいたら、きっとそうしないといけないっていう思いになっちゃいますよ」
 私は残念ながらそんな状況に陥っていないので、銀行強盗をやろうなんていう気持はわからないが。けれどもう一人の男である川口の気持はわからなくもない。今スグお金がいるという状況に陥れば、なんでもいいからやってやろうというふうになってしまうだろう。
 ここで私は大事なことを思い出した。
「あの……ちょっといいですか?」
 私は恐る恐る手を挙げて発言を求めた。
「はい、どうぞ」
 羽賀さんは私の方を向いて発言を促した。
「実は私も川口さんと似たような状況に追い込まれていました。三時までにお金を当座に振り込まなければ、うちの会社は倒産に陥ってしまう。あとちょっとのところで銀行強盗になって、気がつけばもう三時なんかとっくに過ぎてしまっています」
 言いながら自分が追い込まれている状況をあらためて感じ取った。私はさらに話を続けた。
「これでうちの会社は不渡りを出したことになります。言い訳をした所でもう無理なんでしょうね。ははは……」
 言いながら情けなくなってきた。もうこれで会社は倒産。けれどもうどうでもいいような気持にすらなってきた。
「人間って諦めないといけない時は諦めないといけないんですね」
「それなら大丈夫だと思いますよ」
 その言葉にえっ! という反応。声のする方を振り向くと、それは恰幅のいい銀行員。
「今回の場合、入金の意志があったわけで、さらに突然予測もできない事態に陥ってしまったんでしょう。不渡りを出した時って、銀行の当座口座が閉鎖されてしまうんですけど。おそらくこの一件が終わったら特別措置してもらえると思います。というか、そうなるように私がさせていただきます」
 その言葉に周りから拍手が起きた。その瞬間、私は気持ちが解放された感じがした。
「あ、ありがとうござます。ありがとうございます」
 奇跡が起きた。そんな気持ちになった。
「川口さん、あなたの件も銀行で調べさせていただきますよ。銀行のブラックリストに載るなんて、おそらくあちらの脅し文句じゃないかと思うんですよね。ちゃんとした調査をかけて、川口さんが不利にならないように考えて行きましょう」
「ほ、本当ですか。あ、ありがとうございます」
 川口も涙ながらにお礼を言う。
「さ、川口さん、ピストルをこちらへ」
 羽賀さんの言葉に、川口は手にしたピストルを羽賀さんへと手渡した。その瞬間、また大きな拍手が。
「おいおい、二人はいいけどよ。オレたちは救われねぇってことなのかよ」
 銀行強盗のリーダーは羨ましそうな顔でそう言葉を吐く。確かにその気持はわからなくはない。ここまでのことを起こしてしまって、罪をかぶっただけでインターナショナルプリズムの後藤からは救われていないのだから。
 だが羽賀さんはにこりと笑って私たちの方へと歩いてきた。そして行員に手渡していた携帯電話を手にする。
「ということらしいです。竹井警部、インターナショナルプリズムの方はなんとかなりそうですか?」
 そうだった。羽賀さんは今までの会話をずっと警察の人へ聞かせていたんだった。すると電話口の向こうで、大きなだみ声が漏れて聞こえてきた。
「ったく、おめぇのやることはいつも無茶苦茶だなだ。そっちの方は任せておけ。拳銃所持と恐喝あたりでちょいと調べてみることになったから。それと、そろそろ警察をそっちに入れてもいいか?」
「ちょっと待っててくださいね。みなさん、これから警察が入ります。よろしいですか?」
 羽賀さんの言葉にみんな首を縦に振る。銀行強盗の一味も川口も同じだ。
「じゃぁシャッターを開けますので。拳銃はもう私が持っていますから、慌てずに入ってきてくださいね」
「おう、わかった」
 そう言って電話は切れた。同時にシャッターが開く。そしてゆっくりと警察官が銀行の中に入ってくる。
 これで全てが終わった。時間にするとわずか一時間ほどの出来事。けれどとてつもなくながい時間に感じた。人質にとられたお客さんたち、そして銀行員たちは一度事情を伺うということで警察の方に行くことに。もちろん私も同じだ。それにしても、まるでドラマのような出来事が目の前で実際に起きるとは。いやドラマ以上の出来事だったかもしれない。おそらくみんな銀行強盗と川口さんには同情の気持ちを持ったに違いない。それを促してくれたのはあの羽賀さん。すごい人だ。
 その後、私は銀行で特別に当座貯金への振込処理をさせてもらい、口座凍結処置は免れた。おかげで倒産せずにすんだことになる。それよりも気になるのは川口と銀行強盗。あれからどうなったのだろうか?
 翌日、私は新聞を開いて昨日のことが記事になっていないか気になって調べてみた。が、驚くことに新聞には掲載されていない。念のため他の新聞も図書館に行って目を通してみたのだが、どこにも載っていない。これはどういうことだ?

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