コーチ物語 クライアント23「まさかの一日」その8
「へぇ、それじゃさ、こんなお見合いパーティーがあるといいなっていうアイデアがあるんだけど」
参加者の一人がボクの言葉に反応。そこからボクのグループはいろいろなアイデアが飛び交うことになった。おかげでメモをするのに必死だ。羽賀さんもそれに気づいたのか、今後のことを言い合う時間を少し延長してくれたようだ。
「よし、今回の収穫は大きいぞ。それにしても立ち上がってわずか一日でこんなに事業が進展するなんて。まさかだったよなぁ」
帰り道、ボクは明神さんと新藤くんにそんなことを言って駅の方へと歩いて行った。
「赤坂くん、なかなかやるじゃない。いいプロジェクトリーダーを持って私も楽しくなりそうだわ。これからもよろしくね」
明神さんは今までになく素直にボクのことを評価してくれた。ボクにとっては明神さんのその言葉はまさかって感じだったけど。でも正直うれしい。
「赤坂さん、実はこの後会っていただきたい方がいるのですが」
「えっ、誰だい?」
新藤くんが突然そんなことを言い出した。一体誰なんだろう?
「とにかくついてきてください」
夜も九時を周り、帰りにみんなで軽く食事をして解散、なんて考えていたのだけれど。新藤くんの言葉でその予定が狂ってしまった。
新藤くんはタクシーを停め、助手席に乗り込み運転手に小声で行き先を告げる。ボクと明神さんは後ろの席でただ黙って座っているだけ。タクシーは少し郊外の落ち着いた場所へと向かっているようだ。
「着きました」
到着したのは海に近い松林の中にあるお店。ここって……
「新藤くん、ここって牛浜亭……だよね?」
まさか、こんなところに連れて来られるとは。牛浜亭とは一流の最高級の肉料理を食べさせてくれる高級レストラン。我が社の接待などにも使われているお店で、一般庶民のボクたちにはとても手が出せない高嶺の花。
「はい、こちらである方がお待ちです」
ある方って、新藤くんはボクたちを誰に会わせようというのだ?
恐る恐るお店の中に入る。今まで味わったことのない空気感だ。
「失礼します」
新藤くんがふすまを開けたそこには、今日最後で最強のまさかと対面することになった。
「さ、迫水会長……」
そこに現れたのは四星商事の迫水会長。その姿は拝見したことはあっても、こんなに間近で見たのは初めてだ。
「驚かしてすまんかったな。おい、和成、あらためて自己紹介しなさい」
和成って新藤くんの下の名前だよね。一体どういう関係なんだ?
「あらためまして、私、新藤和成はここにおられる迫水会長の孫にあたります」
「ま、孫って……でも苗字が……」
「ワシの次女の子どもでな。去年会社に入った時にはワシの世話をしてもらっていたんじゃが。こいつ、自分でちゃんとした事業を展開したいと言いおって。こいつが提案してきたのが今オマエさんたちにやってもらっておる婚活お見合いパーティーなんじゃよ」
なんと、この部署が立ち上がったのは新藤くんの企画だったのか。でもまだ疑問は残る。
「どうしてこの企画を?」
「はい、今は少子高齢化が問題化されています。もちろん、成婚率をあげたところで全てが解決されるわけではありません。しかしここから子どもを育てやすくする社会をつくること。その事業にいち早く参入することで四星商事も、そして社会的にも大きな意味があると感じました。そのため、その一歩前の段階である婚活お見合いパーティーに目をつけたのです」
「な、なるほど。でも、どうしてその部署にボクと明神さんが? ボクは昨日まで技術畑一本だったんだよ」
「だからいいんです。妙に手馴れている人だと、既存のアイデアしか出て来ませんから。だから私の方で人選させてもらいました。今日の夕方はその成果を会長にご報告していましたので遅くなってしまいました」
「いやいや、報告は聞いたよ。まさか立ちあげて一日目でこれほどの成果が出るとはな。これからが楽しみだわい」
「いえ、これも羽賀さんに出会えたお陰です」
「ほう、そうだったな。かつて四星商事のエース営業マンと言われたあの羽賀と出会ったんじゃったな。今ではコーチングの世界で活躍しておるようじゃが。いい男と出会えたな」
「はい、今回の成果は私一人でやったわけじゃありません。ここにいる明神さん、そして新藤くんのおかげだと思っています」
「ははは、謙遜するな。ま、こうやって初日からよい成果がだせたのじゃから、今夜はお祝いをしてやろうと思ってな。おい、食事の準備をしてくれ」
はーい、とお店の奥から声が聞こえてきた。するとあっというまに御膳が用意された。
「今日はたらふく食べてくれよ。そして明日からもよろしく頼むぞ」
「はいっ!」
そこからは会長とざっくばらんに話をすることができた。聞けば今回のボクたちの部署設立は社内からも反発があったようだ。しかし会長が責任を取るということでプロジェクトがスタートしたとか。だからこそ、今日は会長がこんなにも笑顔になっているのだ。
「わぁ、このお肉おいしーっ! ね、会長、婚活お見合いパーティーが成功したら、また食べさせてっ」
「明神さん、ったくずうずうしいんだから」
「わぁっはっは、よいよい、そのくらいご馳走してやるわい。その代わり、一つお願いがあるんじゃがな」
「はい、なんでしょうか?」
「ぜひとも、ワシも参加できるようなお見合いパーティーを企画してくれんかな。ワシは十三年前に連れ合いに先立たれてな。以来一人身じゃからな。もう一度青春してみたいもんじゃのぉ」
「ったく、会長もスケベなんだからっ」
「明神さんっ」
一同大笑い。ボクも笑いながらも頭のなかではそういう企画もいいなとひらめいていた。これも他がやっていない差別化のひとつになりそうだ。うん、青春ならぬ老春を楽しめるような企画。そこからあらたな需要を生み出し、我が社でそのための製品を開発する、なんて道筋もいいじゃないか。
よぉし、こうなったらどんどん新しい婚活お見合いパーティーを企画して、沢山の人を喜ばせてみせるぞ。そしてボクもいつの日か……
「ねぇ、赤坂くん、今夜は帰りたくないな」
うっ、明神さんだけはできたらご遠慮願いたいんだけど……
「あはは、ったく冗談よ。照れてる照れてる」
「みょ、明神さん、ボクで遊ばないでくださいっ」
この部署、これからどんな風になるんだろうか。まさかの一日が終わりつつある。しかし明日もきっとまさかの連続なのだろうな。でもそのまさかを楽しみながら、これからの仕事に取り組んでみよう。そうすると、きっと人生も楽しくなるに違いない。うん、まさか、バンザイ!
<クライアント23 完>
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?