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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第四章 本当の心 その8

「お前は何者なんだ?」
 青年は味方だと言っているが、まだ信用出来ない。その青年は名刺を取り出して私に渡した。
「フリーライター、蒼樹雄大………その若さで、もうフリーライターか?」
 ますます胡散臭い。フリーライターといえば、週刊誌などの記者を長年やっていた人間が独立してなるのが普通だからだ。その割にはこの青年はまだ若すぎる。おそらく二十代そこそこといったところだろう。
「よく言われます。もともとボクはジャーナリストを目指していたわけじゃありませんし。ただ、今行っていることをわかりやすく職業にするとそういう肩書きになってしまうんです」
「どういう意味だ?」
「ボクは十五年前に父を亡くしました。まだ小学校五年生でした」
「というと、あの飛行機事故の遺族ってことか」
「えぇ、大磯さんと同じです」
「どこでそんなことを調べてきた?」
 私はギロリとその蒼樹雄大という青年を睨んだ。かなり凄みを見せたつもりだったが、この蒼樹という青年はそれにたじろぎもせず悠然と構えている。どうやらそれなりの修羅場はくぐり抜けてきたようだ。
「情報源については企業秘密です。ボクは十五年前の事故、そして今回の事故がリンケージ・セキュリティの社長、佐伯孝蔵の起こしたことであるところまでは突き止めました」
 なんと、そこまで突き止めているとは。しかしここで疑問が残る。
「蒼樹くん、君が父親の仇をとろうとしているのかはわからないが。私ごときに近づいたところで、何もできることはないと思うのだが」
「仇討ちなんて考えていませんよ。江戸時代じゃあるまいし。それに、父は亡くなるべくして亡くなったのですから」
「おい、またそれはどういうことなんだ?」
「あの事故、誰が何のために起こしたと思いますか?」
「あの事故は、ロシアに盗まれた軍事機密を北朝鮮が秘密裏のうちに処理しようとして起された事故、というのが当時の情報からわかっていることだ。しかし真実は、佐伯孝蔵が日本政府に自分の力を誇示するために仕掛けたこと。自分の言うことを聞かないと、このようになるぞという脅しのために行ったことだということだろう?」
「はい、その通りです。では佐伯孝蔵は何をしたんでしょうか?」
 何をした。おそらくエターナルのマスターからもらった資料に詳しく載っていたとは思うのだが、あのときはざっと目を通しただけなので覚えていない。
 私が黙っていると、蒼樹は言葉を続けた。
「佐伯孝蔵は、私の父に北朝鮮国籍を与え、そして飛行機に積んだ爆弾を爆破させるという役目を追わせたのです。それにより、実行犯は北朝鮮のスパイということになりました」
「ど、どうして君がそんなことを………」
「父の手記が出てきたんです。ボクが大学二年の時でした。まさか、あの時の事故の真相がこんなところで出てくるとは思いませんでしたから。それ以来、ボクはこの事件を追いかけ始めたんです」
「手記が出てきたって、そんな、信じられんな」
 つくり話にしても、あまりにも出来すぎている。が、蒼樹は同様もせずにバッグから何かを取り出した。
「これです。手記と言っても、メモのようなものですけど。どうやら佐伯孝蔵から指示されたことを記録したものだと思われます。母から前に聞いていたのですが、父は根っからのアナログ人間で。パソコンなどは扱ったことがなかったそうです。ですから、記録もこうやってメモに残していたようです。ですから、父と佐伯孝蔵のやりとりはいくらハッキングしてもデータはでてこないはずです」
 なるほど。今の時代、データ収集はすべてデジタル世界のものだからな。まさか、こういった鉛筆描きの手記が出てくるとは。
「君はどこでこれを?」
「ボクもまさかこれがそんなものだとは思いませんでした。父があの事故で死ぬ二ヶ月前にボクの誕生パーティーをやったんです。ちょうど十歳でした。そのときに、十年後に掘り起こそうということで、家族でタイムカプセルをつくったんです。父はその中に、この手帳を入れていたんです」
 なるほど、つじつまは合う。だがまたここで疑問が。
「いきさつはわかった。だから私に何のために近づいたのだ。私にどうしてほしいと思っているんだ?」
「さきほど言ったとおり、ボクは仇討ちのためにあなたに近づいたのではありません。佐伯孝蔵に近づきたい。そして彼が何を考え、どのような行動をしていこうとしているのか。それを知り、そして記録に残したいのです」
「だからフリーライターと名乗っているのか」
「えぇ。彼自身に興味が湧きましたからね。といっても、それだけを追っていたのではボクも生活できません。ですから、表向きは株のトレーダーで資金を集めています」
 なるほど。そして合間にこうやって佐伯孝蔵を探っているというわけか。
「しかし、それだと私の味方、ということにはならないと思うが。君は個人的な興味で佐伯孝蔵を追っているのだろう?」
「まぁそうなりますけど。でも、ここでボクが佐伯孝蔵に近づき、彼の情報をあなたに流すことで、あなたはあなたの活動がしやすくなる。違いますか?」
「まぁ、たしかにそうだが」
「そのために佐伯孝蔵に近づく道筋を探していたんです。そうしたところ、リンケージ・セキュリティを辞めて佐伯孝蔵に反抗しようとしているあなたを見つけた。きっと佐伯孝蔵からあなたに直接アプローチがあったのではないですか?」
「お前、どこまでわかってそれを………」
 私は冷や汗が出た。この蒼樹という青年、あなどれない。
「だから、またあなたにアプローチがあるはずだ。そのときにボクのことを紹介して欲しいんですよ。ま、できればあなたと一緒にいるときにアプローチがあれば、ボクに電話を替わって欲しいんです。そうしたらボクが直接佐伯孝蔵に交渉しますから」
 こいつ、やけに自信満々だな。おもしろい、こいつにちょっとかけてみるか。
「わかった。だがタダで、というわけにはいかない。取引だ」
 私はふとひらめいて、彼へ取引を申し出た。
「どんな取引ですか? 金銭ならいくらかは援助できますけど」
「お金じゃない。明日、今から教えるところに来てくれないか。そこでもう一人、この話にかませたい人がいる。その人と一緒に行動するというのなら、この話に乗ろうじゃないか」
「誰です、それは?」
 私は名刺入れから一枚の名刺を取り出した。
「この人のところに来て欲しい」
「羽賀純一。コーチングのコーチ? 彼、ひょっとして先日の事故で亡くなったと思われていたけれど、別人が乗っていたというあの人ですか?」
「そのとおりだ。彼をこの話にかませて欲しい。それが条件だ」
「まぁいいですけど。何者なんです、この人?」
「明日会えばわかるよ」
「わかりました。じゃぁこの名刺はあずかっておきますね」
 そう言って蒼樹は再び暗闇の中に消えていった。
「おっと、急がないと。約束の時間に遅れてしまう」
 羽賀コーチの事務所で落ちあう時間が間近だ。仕方ない、タクシーを拾うか。そう思って大通りに出ようとしたとき、前から車がやってきた。
「なんだかスピードが出てるなぁ」
 そう思って電柱の陰に避けたそのとき。
パスッ
 妙な音を耳にした。なんだろう?
 そう思って再び歩こうとしたとき、自分の体に異変が起きていることに気づいた。
「えっ、なんだ、どうなっている」
 歩こうとしてもうまく歩けない。その後、急に腹部に痛みを感じた。
 痛みのあるところに手を当てる。なんだかヌルッとしている。
「これ、なんだ?」
 かすかな灯りに手をかざすと、その手は真っ赤に染まっていた。
「おい、なんなんだよ、これ。ひょっとして死ぬのか?」
 そう思った瞬間、悔しさがこみ上げてきた。なんだよ、今から面白くなってくるところなのに。ここで死ぬのか………。
 ドサッと道路に横たわる。仰向けになって空を見上げる。
「あ、星が………そっか、もうダメなんだな………残念だなぁ………でも、もう疲れたかな………そっか、これで楽になるのか………」
 最後までわからなかった自分の心。その最後に思ったのは、これで楽になれるという安堵感であった。
 そうして私は長い眠りについた。

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