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コーチ物語 クライアント28「せめて少しはカッコつけさせてくれ」その3

「で、私のところに来たの?」
 マンションの一室。ここでもオレと女性が一人。といっても、決してそんな怪しいムードになることはない。目の前の女性は間違いなくオレの対象外だから。ま、年齢も一回りは上だし。そもそも気の強い女性は好きじゃない。
 その女性はパソコンを睨みながらオレの話を聴いてくれた。好みじゃないとはいえ、頼れる存在ではあるからだ。
「唐沢くん、あなたホント羽賀くんにヤキモチ妬いてるわよねぇ」
「それは自分でも自覚してるよ。あんなにいろんな才能を持ってるやつはそうそういねぇし。オレも羽賀みたいな才能がありゃ、もっと一流のコンサルとして世に踊り出てるんだろうけどなぁ」
「女のジェラシーも怖いけど、男も似たようなものね。でさ、私にどうして欲しいの?」
「別に、堀さんに何かをしてもらおうってわけじゃねぇけど」
 堀さん。オレや羽賀の目から見ても一流のファシリテーター。会議を仕切らせたら天下一品だ。時々三人で組んで仕事をしている、いわば仕事仲間。普段はオレも羽賀も、そして堀さんも単独で行動しているが。いざというときの結束力はそんじょそこらのチームには負けないものがある。
 コーチングの羽賀、ファシリテーションの堀の名前は世に広く広がっていて、オレがわざわざ仕事をもってこなくても引く手あまたの存在となっている。
 じゃぁオレは?
「オレって、一応営業のコンサルとしてやってるじゃない」
「うん」
「でもさ、羽賀や堀さんみたいにそんなに名前が売れてるわけじゃねぇし」
「うんうん」
「でも、そんじょそこらのコンサルよりは腕はあると思ってるんだけど」
「うーん」
「堀さん、ちゃんと聴いてる?」
「聴いてるわよ」
 これ、普通は女と男の立場が逆のパターンが多いはずだが。堀さんは適当なあいずちをうちながらも、目の前のパソコンとずっとにらめっこ。堀さんに人生相談をしたのが間違いだったなぁ。
「ま、いっか。んじゃオレ、帰るわ」
 そう言ってソファから腰を上げて立ち去ろうとした時、
「あ、待って」
「何よ、堀さん」
「もうちょっとしたらこれ終わるから、ちょっと一緒に出ようよ」
「出ようって、どこに?」
「いいところに連れて行ってあげるから」
 いい所って聞いて、興味を惹かないわけがない。だが、堀さんのことだから何か裏の有りそうなところなんだよなぁ。とはいえ、このままモヤモヤを抱えたままだと仕事にもなりそうにねぇし。仕方ない、堀さんを待つことにするか。
 それから十五分くらい待って、ようやく堀さんは仕事終了。しかしここからが長かった。朝から自宅で仕事をしていたせいか、今からメイクをするとのこと。そんなの、ちゃちゃっとすませばいいのに、やたらと気合を入れて時間かけるんだから。んとに、女ってやつは……。
「おまたせ」
 待ちに待った目の前には……えっ!?と思うような女性が立っていた。オレは堀さんの仕事の顔も素顔もよく知っているが。今見ているのはそのどちらでもない、いわば第三の顔。わかりやすく言えば女の顔だ。
「どうしたの、行くよ」
 あっけにとられているオレ。女ってのはホント、化けると怖い。
「で、どこに連れて行くんですか?」
「だから、いいところだって」
 そう言ってオレに運転をさせて着いたのは駅前のセントラルアクト。ここはいろいろなお店やレストランと高層ホテルからなる大きな商業施設。思えば堀さんとはここのホテルの研修をコンペで競い合ったところから出会いが始まったんだよなぁ。
 早足で歩く堀さん。オレはその後ろからついていく。
「ここよ。さ、どうぞ」
「えっ、ここって……」
 案内されたのはホテルの中にあるワインバー。まだ昼間だというのに。恐る恐る入るとそこには六人ほどのご婦人が待ち構えていた。
「ほりさ〜ん、待ってたよ〜」
「ごめんごめん、急ぎの仕事があってさ。そのかわり、今日はいい男連れてきたからさ」
「きゃーっ、なかなかいい男じゃない」
 そう言って騒ぎ出すご婦人たち。
「えっ、堀さん、これってなんなんですか?」
「この人達はね、社長夫人や病院の院長夫人。ま、いわばセレブ層ってことかな。その人達と毎月ワイン会をやってるの」
「昼間っからですか?」
「そっ。この方達、一見すると暇そうに思うかもしれないけど、意外に忙しいのよ。特に夜は旦那さんのお相手がね」
 一瞬、いやらしいことが頭のなかに浮かんでしまった。いやいや、若い子ならともかく、こういった熟女層は想像しないほうが身のためだ。
「唐沢くん、今いやらしいこと想像したでしょ」
「いやいや」
 やべっ、バレてた。
「あはは、まぁそれもあるかもしれないけど。この方たちの旦那さんって、いろんなところの第一線で活躍している人たちなの。でも実はその裏には奥様方の支えがあってのことなのよ。で、私がそのための指導を毎月やってるの。でもただのお勉強会じゃおもしろくないから、こうやってワインを楽しみながらってことにしたのよ」
 なるほど、さすがやり手の堀さんだ。
「でも、どうして今日はオレをここに?」
「勉強会って言ったでしょ。だから唐沢くん、ここで営業に役立ちそうな一ネタをみなさんに教えてあげてよ。ね、お願いっ」
 ったく、堀さんにお願いされたら断れねぇし。といっても、奥様に役立ちそうな営業ネタって……あ、そうだ。
「じゃぁ、こんなのでいいかな。巧みな営業マンに引っかからないための裏ワザって。巧みな営業マンが使っているテクニックを教えておけば、逆に警戒できるでしょ」
「あ、それいいな。じゃぁそのネタでお願い」
 結局堀さんの勉強会の講師を急遽引き受けることに。まぁ女性の扱いは得意な方だから、そのへんはうまくトークを織り交ぜて、楽しく伝えることに。
 小一時間ほど話を終えて、そのあとはワインを楽しむ。ワインについてはオレもそれなりに知識があるから、この奥様方の会話にはついけそうだな。
 それにしても、女性ってホントよく喋るな。オレもなんとか口をはさむが、その勢いは圧倒されるものがある。やっぱおばさんは苦手だわ。

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