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コーチ物語 クライアント34「同じ朝日を」その6
私が気づいたこと。それはこれだった。
「羽賀先生のおっしゃった、『同じ朝日を見よう』の意味がわかったんです。つまり、方法は別々でも、その目的が同じであることを大切にしなければならない。夫婦はそうでなくてはいけない……」
さらに、ここでもう一つ思い出した。
「先生が授業でおっしゃっていた、理念の大切さ。これもそうですよね。働く人だけでなく、お客さんも同じ思いを共有できれば、その仕事は必要とされて繁盛していく」
「そう、そのとおりです! いやぁ、そこまでお気づきになるとはさすがですね」
「いやぁ、ビジネスの方については、私も前々からその思いがありましたのですぐに分かりましたが。同じことが夫婦でも言えるとは……」
「そうなんですよ。多くのご夫婦がそこに気づかずに、気がついたら自分の思いや考えだけを相手に押し付けようとしてしまう。その結果、残念な結果になってしまうことが多いと、ボクは思っています」
「はい、我が家もその寸前でした。でも……」
ここで一つの疑問が湧いてきた。
「我が家では、何を目的とすればいいのでしょうか? 同じ朝日って、我が家では何なのでしょうか?」
私の質問に対して、羽賀先生はこんなふうに答えてくれた。
「残念ながら、それはボクにはわかりません。お二人が決めることですから。けれど、今それがわかっていなくても大丈夫ですよ」
「大丈夫って、どうしてですか?」
「まずは同じ朝日を見つける。その気持を奥様と共有してみませんか?」
「ちょっと気は重いですが……なんとかがんばってみます。あ、そういえば部長からの件、これも同じ朝日を見ることで解決するのですか?」
「はい、ボクの中では一つの案が浮かんだのですが。でも、それが正解じゃないですから。もうちょっとそこを探ってみましょうか?」
そこからさらに、羽賀先生のコーチングが始まった。
最初は羽賀先生の案を知りたくて仕方なかったが。徐々に自分がどうして独立してコンサルタントをしたいと思ったのか、そこ根幹が見えてきた時に、私の中で一つの答えがひらめいた。
「なるほど、その手があったか。これなら私の事業もうまくいきそうですね」
「はい、さらに奥様の心配もこれで解消できるかと」
「一石二鳥、いや三鳥ですね。うん、これならうまくいきそうだ」
「じゃぁ、まずはご自宅に帰ったら何から始めますか?」
「はい、このことを妻に話します。そして、一緒に同じ朝日を見つけようという提案をしてみます」
「うん、いいですね。では明日、部長さんにはどんな話をしますか?」
「もちろん、今思いついたアイデアを話してみます。これなら納得してくれると思います」
「なかなか自信満々ですね。とても良い表情をされていますよ。奥様と部長さん、この二つの件がどうなったのか、ぜひ教えて下さいね」
「はい、もちろんです!」
私は元気よく返事をした。うん、これならすべてが解決できる。私は元気よく、羽賀先生の事務所を後にすることができた。
家に帰ると、いつものごとく食事の準備だけがしてある。いつもなら一人で食べるところだが。私は妻の部屋を訪れ、話を聞いて欲しいとお願いをした。
「えーっ、なによ、今さら」
妻はめんどくさそうな顔で部屋を出てきた。私は自分の食事を後回しにして、先ほど羽賀先生のところであったことを話した。
最初はイヤイヤながら聞いていた妻だった。同じ朝日の話は後回しにして、先にビジネスアイデアの方を妻に話してみた。
すると、妻の表情が一変した。
「なるほどねぇ、それだったらこれからの収入もしばらくは安定しそうだし。ここで実績ができれば、他の仕事につなげられるってわけね」
「あぁ、そうだ。こういう仕事は最初の仕事をとれるかどうかで、これからが決まるからな。私もそこは心配していたが、この方法なら間違いない」
いつの間にか妻はニコニコ顔している。
「ご飯、あたためるね」
そう言って、テーブルに並べられている私の食事を温める妻。どうやら不安が一気に解消されたようだ。
そしてこれからが本題。いよいよ「同じ朝日」の話をすることに。けれど、あまり重たくならないように、あえて私は夕食を食べながら妻にこんな風に話しかけた。
「そういえば、羽賀先生のところでもう一つ教えてもらったことがあるんだ」
この時点で、妻の中では羽賀先生は尊敬すべき存在になっているのは感じていた。だから、羽賀先生の言葉といえば、聞き耳を立ててくれると思った。
「なに、どんなこと?」
うん、狙い通りだ。さて、いよいよ同じ朝日のことを伝えなければ。私は羽賀先生の例え話をそのまま使ってみた。
「例えば、夫婦で山登りに行こうとしよう。私はできるだけ高い山から朝日を見たい。だから、重装備して険しい山を登ろうと提案する。しかしお前は、そんな険しくなくていい。もっとなだらかな山の上から見たい。そう提案する。さて、どちらの案を採用する?」
「そうねぇ、あなたについていくのは大変なのわかってるから。できたらなだらかな山に、ゆっくりと登って朝日を見たいわ。朝日って、どこで見ても同じものを見るわけだから」
「そう、それなんだよ!」
思わず興奮してそう叫んでしまった。
「それって何よ?」
「方法は違っても、同じものを見に行く。つまり、夫婦って生き方は違っても、同じ目的を持って生きていくことが大事だって。そのことを羽賀先生から学んだんだよ」
「同じ目的ねぇ……じゃぁ、あなたはどんな目的を持ってこれから生きていきたいの?」
そう言われてドキッとした。ビジネスに対しての目的は持っていたが、家庭に対しての目的と言われると考えていなかった。
「そ、それはだなぁ……お、お前はどう思っているんだ?」
「あ、質問返しなんて卑怯だな。まぁいいわ。私はね、前からあなたにそのことをきちんと伝えていたと思うんだけど」
「前から伝えていた?」
妻の言葉を思い出そうとした。が、それらしい言葉が思いつかない。
「あらぁ、私の言葉、思い出せないの? まったく、男ってこれだから」
「うぅん、ごめん。お前の話をきちんと聴いていなかった証拠だな。本当に申し訳ない。ギブアップだ」
「まったく、仕方ないなぁ。じゃぁ教えてあげる。私はね、贅沢をしたいなんて思っていないの」
これは私にとっては意外な言葉であった。今の贅沢な生活を続けたい。だから私の早期退職を渋っていたのだと思っていたのだが。