コーチ物語 クライアント23「まさかの一日」その1
人生には三つの坂がある。上り坂、下り坂、そして……
「えっ、ボクが、ですか?」
会社に出社してそうそう、部長から呼ばれた。
「あぁ、赤坂くん、君にやってもらいたいんだよ。よろしく頼むよ」
よろしく頼む、そう言われて断れるわけがない。なにしろ上司命令なのだから。しかも、その仕事ってのが……
「まさかなぁ、噂には聞いていたけれど、ボクがやるハメになるとはなぁ」
部長室を出てから、ボクの肩は落ちっぱなしである。そう、人生の三つ目の坂「まさか」が今ボクに降り注いでしまったのだ。
部署に戻ってそうそう、同僚の視線がなぜかボクに降り注いでいる。そりゃそうだろう。まさか、噂されていたあの案件をボクが担当することになったのだから。一応ボクが務めているのは大手商社の四星商事。そこのエネルギー環境部で今までソーラー発電のプラント工事の仕事を担当していた。これは地球環境を取り巻くエネルギー問題を支える大きな仕事だと胸を張っていたのだが
そんなボクたちのところにとある噂が立っていた。それがこれ。
「合コン・お見合いパーティーの企画運営部門を新設するらしい」
これがどうして畑違いのボクたちの間で噂されていたのか? そういうところだったらもっと小さな民間企業がわんさか企画して街中で行なっているはずなのに。まぁうちの会社が手がけるにしても、そういうのだったらブライダル部門とかもあるのだから。そこにやらせればいいのに。
しかし、その噂が本当であることが徐々にわかり、なぜか私達エネルギー環境部の若手がその担当になるという話まで持ち上がっていた。
ボクは大学を出てから今まで、この四星商事のエネルギー環境の仕事一本で今まできていた。大学の専攻も工学部で同様の研究を行なっていたため、これが天職だと思い込んでいたくらいだから。つまりここまでは人生の上り坂をずっときていたと感じている。
上り坂だから、そりゃつらいこともあった。けれどそれをやりきった時の達成感、これを一度味わったら次の困難もどんと来いという気持ちになっていたのに。
本当にまさかの出来事が今ボクの身に降り掛かってきたのだ。
実は合コンお見合いパーティーってのは、今まで二度ほど参加したことはある。一度は友だちが企画して人数集めのために渋々参加したものだが。この頃は仕事がおもしろくて彼女をつくるなんてことは全く考えていなかったからなぁ。だから、適当にお茶を濁して時間を潰した記憶がある。
二回目は友だちが行きたいから、一緒についてきてくれないかと懇願されて行ったもの。けれど一回目のそれとは違って二回目はボクもあわよくば彼女ができれば、なんて淡い期待を持って向かった。
最初に一対一で短い時間、一人ひとりと話す時間が設けられ。そのときに仕事は何をしているかとほとんどの人がボクに聞いてきた。もちろん、ボクは正直に答えると、その後のフリータイムで女の子が寄ってくること寄ってくること。そこで思った。彼女らの目当てはボクじゃなくお金なんだな、と。結婚して旦那が四星商事なら見得も張れるし、自分が働かなくてもそこそこの生活はできると踏んでいたのだろう。
それを感じた途端、世の中の女性が信じられなくなって。結局ボクはどの女性にも希望を出さずに終了。もちろん、ボクにカップルができるわけがなかった。
という話を前に課の飲み会の時に課長を前に喋ったことがあったからなぁ。あのとき、お見合いパーティーはこうあるべきだ、なんて持論をかざしたような気がする。まぁ飲んだ席のことだから何を言ったのかはよく覚えていないが。
それがどうやら変に捻じ曲げられて、結局今回の合コンお見合いパーティーの企画部門設立の時の人選にひっかかったようだ。
「赤坂くん、君ならやれると信じているよ。追って部下を二名つけるから。それと君の待遇は今日からこれだから」
そう言ってもらった辞令には「課長待遇」と書かれてあった。これ、正確には課長とは違うんだよね。権限だけもらって給料は今の主任という立場と同じ。つまり責任だけ重くのしかかって、自分にとってのメリットは大してナシ。まぁ三十二歳のボクに、この会社の課長はまだ荷が重いってのはわかっているけど。
「赤坂、出世したなぁ」
「お前の仕事、期待しているぞ」
同僚からは明らかに冷やかしの声しか聞こえてこない。どちらかというと、厄介な不安事がなくなったからラッキー、という感じにしか聞こえてこない。その厄介な不安事を一気に引き受けたボクの立場はどうなるんだよ。
肩をがっくりと落とし、用意された新設の部門へと足を運ぶ。そこに部下が二人待っているらしい。
課長に案内され、行き着いたのは前は資料室という名前のただの物置だった小さな部屋。そこには机三つと電話が一台用意されているのみ。
「ここが赤坂くんに今日から働いてもらうところだ。そしてこの二名が君の部下となる。よろしく頼むよ」
そう言って紹介されたのは、一人はまだ新人で目をキラキラ輝かせている男性。いや、まだ男の子と呼んだほうがぴったりくる感じ。
「入社二年目の新藤彰といいます。よろしくお願いします」
大きな声と、やたらと大げさなお辞儀。やる気はあるけれど若さで暴走しちゃいそうな勢いを持つやつだな。そしてもう一人が問題だ。
「赤坂くん、よろしくね」
あっちゃー、なんでよりによってこの人なんだよ。妙に馴れ馴れしく、色っぽい感じでボクに寄り添ってくる。
「明神さん、もう昔のボクじゃないんですからね」
「あらぁ、あんなに可愛がってあげたのに。つれないわねぇ」
この明神さん、ボクが新卒で入社した時の先輩女子社員。ボクの五つ上で、このときにはすでに結婚していた。妙な色気があって、新人の頃の僕らにはちょっと高嶺の花って感じだったのだが。それはあくまでも見せかけ。実のところ、ボクら若手をその色気でからかって遊ばれていたんだ。一人の同僚なんか、半分その気になって手を出そうとしたら、いかつい旦那さんが現れて大慌てしたなんてこともあるくらい。
ただでさえまさかのスタートなのに、またまさかが待っていたとは。この先、ボクはどうなっちゃうんだろう……。
「で、君たちに任されるのはもう知っていると思うが我が社ならではのお見合いパーティーを企画し、そこで成婚率をあげようというものである。ただし、我々がやるのはありきたりのお見合いパーティーではない。我が社ならではのオリジナリティ溢れる、ユニーク、かつ成婚率が高いものを作り上げていく。それを企画運営するのが君たちの役目だ。一応私が統括マネージャーということにはなるが、実質はこの赤坂くんに任せるから。頼んだぞ」
「は、はぁ」
課長の言葉にも気のない返事しか出来ない。そもそも、このメンバーで何から手を付ければいいのやら、まったく見えてこないのだから。課長はボクに任せたの言葉しか言わずにこの場を去っていくし。さて、どうしたものか。
「赤坂くーん、一つ提案がありまーす」
「はい、明神さん、なんですか?」
「今夜、新設部門のお祝いに飲み会やろ、飲み会」
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