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コーチ物語 クライアント25「カフェ・シェリーの物語」その5

 マイに言った手前、展望台に行くことになった。ここはちょっとした観光地でもあるので、眺めは最高。周りには家族連れやカップルがたくさんいる。
「ねぇ、ソフトクリーム食べよ」
「あぁ、そうだな」
 マイはとてもはしゃいでいる。こうやって見ると、まだまだ女子大生。若い女の子だ。そんな女の子にこんなおじさんで釣り合うのか。正直不安がいっぱいである。
「はい、買ってきたよ」
「ありがとう」
 買ってきた、と言ってもお金を出したのは私なんだけど。まぁここは年上の男性の役割ではあるかな。
「で、先生、答えを聴かせてくれるんでしょ」
 ソフトクリームを舐めながら、いきなり核心を突く質問。これには正直参った。マイには回りくどい言い方や攻め方は不要。ここはストレートに自分の気持を伝えたほうがいいだろう。
「マイ、私と一緒にいて楽しいか?」
「うん、楽しくなかったらここまで一緒には来ないよ」
「私はこの先も、こんな関係をお前と続けていきたい。そう思っている」
「うん」
「でも、こんな親子に近いくらい歳が離れたおじさんで本当にいいのか?
「年齢差はそんなに感じたことないよ。それよりも先生は私にいろんなことを教えてくれた。何よりも人生を楽しむことを」
「そうだな。マイが高校生のときには変なことばかり教えていたけれど。でも私はそれが真理だと思っているから」
「マイもそう思っているよ。だからこうやって一緒にいるんだよ」
 マイのその言葉はとてもうれしかった。間違ったことはやっていなかったんだな。
 けれど、そうなればなるほど話をしておかなければならないことがある。
「マイ、私の気持ちを伝える前にお前に話しておかなければいけないことがある。その話を聴いて、その上で返事が欲しい」
「わかった。でもその話、後にしない?」
「えっ、どうして?」
「だって、なんか気持が重たくなりそうな話だもん。今はこうやって景色のきれいなところにいるんだから。どうせならこの景色を楽しもうよ」
 マイって時々私が思う以上の言葉を発してくれる。精神年齢はひょっとしたら私よりも高いのかもしれない。
 今はマイの言うように、この景色を楽しもう。
 ソフトクリームを食べ終わると、そのまま二人で歩き出した。どちらともなく、手を差し伸べて、そして手をつないで。
 その後、西脇さんのペンションへ移動。
「お久しぶりです」
「おぉ、久しぶりだなぁ。あのコーヒー好きの。しっかり覚えているよ」
 たった一回しかお会いしていないのに。しかも結構前の話なのに。西脇さんは私のことをしっかりと覚えてくれていた。
「君みたいな根っからのコーヒー好きはそんなにいないからね。あのときに交わしたコーヒー談義は私の中ではとても思い出深いものとなっているよ」
「ありがとうございます。今回は私の……」
 ここで言葉に詰まった。マイのことをなんて紹介すればいいんだ。教え子、とは違う。もう踏み込んだ仲と言っていいんだろうけれど。しかしまだマイからその返事はもらっていない。
 言葉に躊躇していると、西脇さんの方からこんな言葉が出てきた。
「なかなかかわいい恋人さんですね。まだ若いんじゃない?」
「はい、十九歳です」
「おやぁ、どこでこんな上玉をひっかけたんだ?」
 冗談っぽく言う西脇さん。私はひたすら照れるばかり。
「まぁ、そのあたりの話はゆっくりと。部屋は一つでいいんだよね」
「え、えぇ」
 ここまで来て別々の部屋、というのもないだろう。マイの方を見ると、当然でしょという顔つき。しかし、本当にいいんだろうか。まだ不安は残る。
 荷物を部屋に置いて、再びペンションのリビングへ。ここは喫茶店にもなっていて、西脇さんの淹れてくれるコーヒーを楽しめる。
「さ、どうぞ。自慢のブレンドだよ。飲んだら感想を聴かせてくれるかな」
 これこれ、このコーヒーに魅了されて私はさらにコーヒーの道を極めたいと思い始めたのだ。久しぶりに飲むなぁ。
「早速、いただきます」
 まずは香りを楽しむ。芳醇な、それでいてクセのないコーヒーの香りが私を包み込む。これだけで普通のコーヒーとは違うことがわかる。
 そしてゆっくりとコーヒーカップを唇に近づける。そこから黒い液体を舌の上に転がす。苦味と同時に酸味が混ざり、さらにそこから得も知れぬ独特の味が口の中に広がる。
 だがここで驚いたことがあった。以前飲んだ時と味が違う。
「あれ? 西脇さん、ブレンドの方法を変えました?」
「ん、どうしてだい?」
「いや、前に飲んだ時と味がちょっと違うように感じたのですが」
「いいや、何も変えてないよ。このブレンドは私が極めた味の一つだからね。そう簡単には変えないよ」
「そうですか……前に飲んだ時にはもっとコーヒーっていうアクセントが強かった気がしたのですが。今日はその中になんとなくですが甘みを感じるんです」
「そうか、そちらのお嬢さんはどうかな?」
「うぅん、先生ほどコーヒー通じゃないから味の違いってわからないんだけど。でも普通のより美味しくて、まろやかに感じるのはわかります。甘み、と言われるとそうかもしれないけど」
「なるほど、やはりそうか。いや、最近このコーヒーを飲むとお客様ごとに味の感想が違うんだよ。私のは常に同じ味に感じるのだけれど。そこで思い出したんだよ。私の言葉、覚えているかな?」
「はい、コーヒーは薬膳である。その人が今欲しがっている機能を補うことができる。今からやる気を出そうとしている人には興奮剤に。逆にゆっくりと落ち着きたいと思っている人には精神安定剤に。本物のコーヒー豆を使えば、その人が欲しがっている体の機能を回復する手助けをしてくれるのがコーヒーの魅力だ」
「ははは、よく覚えているね。だからひょっとしたら、このコーヒーは今その人が欲しがっているものの味がするのではないか、と」
 なるほど、そう言われればそうかもしれない。そこでわかった。今、私はマイとのこの前を考えている。もちろん、恋人としての付き合いをしていくことを望んでいる。だからその考えが「甘さ」というもので表現されたのではないか、と。
「これ、おもしろいですね。もしそれが本当なら、その人が今望んでいるものの味がする。まるで魔法のコーヒーですよね」
「だろう。けれど、その味の微妙な違いがわかるのは、いつも私のコーヒーを飲んでくれている人か、君みたいなよほどのコーヒー通じゃないとわかってくれないみたいでね。普通の人はそこまでコーヒーの微妙な味の違いなんて気にしないからなぁ」

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