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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第三章 真実とともに その2

「坂口さん、ですね。あなたの言葉を信じます。で、今日は一体どのようなご用件で?」
「はい、まずはここまでの経緯を話させてください」
 そうして私と石塚さんとの出会いから今までのことをひと通り話した。そして話し終わったときに私は羽賀さんにこう訴えていた。
「お願いがあります。どうしてこうなってしまったのか。どうして石塚さんが死ななければいけなかったのか。何が原因だったのか。それを探る手伝いをしてくれませんか?」
「手伝いと言っても……私は探偵じゃありませんし。といっても、この件は紗織さんのためにもはっきりさせたいところですね……わかりました。ボクに何ができるかはわかりませんが、お引き受けします。しかしその前にお願いがあります」
「はい、なんでしょうか?」
「坂口さん、今の自分の思いを、そしてやってきたことを紗織さんに正直に話してくれませんか? そろそろ下の花屋に彼女が来る頃ですから」
「わかりました。石塚さんの奥さんには正直に話をします。私たちの気持ちが嘘ではないことを、そして石塚さんが何を志していたのかをお伝えします」
 そうして私は石塚さんの奥さんと再び対面することとなった。
 私が羽賀さんのところを訪れたときに、ジンさんという探偵をやっている人も一緒にその場にいた。ジンさんは私と羽賀さんの話をじっと聞いていただけだったが、いざ石塚さんの奥さんと対面しようとしたときに待ったをかけてきた。
「坂口さん、だっけ。あんた、自分の都合のいいことしかまだ言ってねぇよな」
 自分の都合のいいこと。その意味がよく理解できなかった。
 キョトンとしていると、ジンさんは私の方に近づき、顔を近づけてさらにこう言った。
「紗織さんの旦那さん、一樹さんが死んだのは誰のせいなんだ?」
「だ、誰のせいって……」
「どうして一樹さんはそこまで無理をしなきゃいけなかったんだよ」
 私は何も言い返せなかった。
 ジンさんが言いたいことはよくわかっている。石塚さんがそうなってしまったのは私のせいだ。私があんなことを持ちかけなければ、石塚さんが死んでしまうことはなかった。
「あんた、自分の都合のいいことばかり追いかけて。紗織さんにわびの一つでも入れようと思ったのかよ。あぁっ!」
 そのことは頭になかった。そんな自分勝手なことは許されるわけがない。私はそのとき、大きな後悔の念にさらされた。
「私は、私たちは今の仕事に疑問を持ち、そしてそれをなんとかしたいと思っていた。今までやってきたことは自分たちのエゴだったんだろうか。本当に私たちは日本を安心して住める社会にしたいと思っていたんだろうか……」
 急に今まで自分たちがやってきたことに対しての不安が大きくなってきた。まるで正義の味方気取りで、自分たちの気持ちを満たすためだけにやってきたのかもしれない。
「坂口さん、今はジンさんの言葉で気持ちが複雑になっていると思います。けれど、石塚さんの奥さん、紗織さんには会わなければいけませんよ。そして何をしなければいけないのか。もうおわかりですよね」
「はい。まずはしっかりとお詫びをしないと。心から謝罪をさせていただきます。そして、本当に私たちが何を望んでやってきたのか。それを伝えさせていただきます」
「わかりました。では行きましょう」
「はい」
 そうして私は石塚さんの奥さん、紗織さんの前に立つことになった。
 羽賀さん、ジンさんの見守る中、一階のお花屋さんの前で紗織さんと対面。
「私たちの思いは今回羽賀さん達の行動によって成し遂げることができました。本当にありがとうございます。けれど、旦那さんはもう戻ってこない。これは私たちの責任です。本当に申し訳ありません」
 私はそう言って、深々と頭を下げて心からお詫びをした。激しく罵られてもいい。責め立てられてもいい。それは私の責任なんだから。
 だが紗織さんは予想外の反応を示してくれた。
「一つ教えてください」
「はい、なんでしょうか?」
「夫は、そして坂口さんを始めとする仲間のみなさんは、本当に私たちの住む日本を守ろうと思ったのでしょうか?」
 その言葉にはドキリとさせられた。さっきジンさんから同じことを突きつけられたからだ。
 このとき、私の頭には自分の家族の顔が浮かんできた。妻と、二人の息子。その家族が安心して暮らせる社会。そうだ、自分の自己満足のためじゃない。間違いなく家族のため。その家族を守るために私たちは行動してきたんじゃないか。それは石塚さんとも何度も何度も話し合った。
「も、もちろんです。私にも家族がいます。その家族が安全に、幸せに住む日本を守る。そのために立ち上がったのですから。その想いは信じてください」
 そう言うのが精一杯だった。
 すると、紗織さんはにこりと微笑んで私にこう言ってくれた。
「わかりました。これで私も救われます。夫の思いが本物だったって信じられます。夫は日本を守るために立ち上がり、そして危険な行為までして、結果的には死んでしまいました。けれど、その魂がこうやってみなさんの中で生きているのなら、私はそれで満足です」
 この言葉には勇気づけられた。私たちがやってきたこと。これは間違いじゃない。家族を守るため、日本を守るため。それはけっして自分たちのエゴではない。本当に心からそう思ってやってきたことだ。
「あ、ありがとうございます」
 そうだ、今度はこの紗織さんのような人たちを守らなければならない。そのためにもここでくじけてはいけない。私の中の思いがさらに固くなってくるのが実感できた。
 その後、もう一度羽賀さんの事務所に戻り一連の動きを整理することになった。が、ここで羽賀さんからこんな提案があった。
「坂口さん、犯人探しはやめにしませんか?」
「えっ、どうしてですか? 誰が内通者でどうして石塚さんが殺されたのか。そこを探らないとまた同じようなことが起きてしまうのではないかと」
「確かにそれは言えます。では一つお聞きします。坂口さんはこれからどのような行動をしていこうと思っているのですか? 人工衛星の制御技術と、それに絡んでのロシアとの交渉についてはすでにスタートしています。これはもう私たちの手を離れていますから」
 確かにそうだ。これまでは日本側が有利になるような情報を入手し、それを伝えようとすることに必死になった。それについては羽賀さんたちのおかげで無事にミッションを終了させることはできた。
 では私たちはこれから何を、どう行動すればいいのだろうか?
 それについては考えても見なかった。今は石塚さんがどうして殺されたのか、そのことしか頭になかった。
「今大事なのは、これから坂口さんがどう行動していくのか。それを見つけることじゃないかとボクは思ったんですよ」
 羽賀さんの言うことはその通りだ、間違いない。
「わかりました。まずは自分の行動を見つけること。それをはっきりさせないと紗織さんや私の家族に申し訳ありませんからね。でも、このままだと危険な状態だって不安は拭えないのですが」
 すると羽賀さんはジンさんを見て目で合図。ジンさんはうんとうなずく。
「その件については任せておいてください。坂口さんは犯人探しよりも自分の行動を探すこと。そこに意識を集中させましょう」
 なるほど、犯人探しについてはジンさんに任せるということなのか。その意思の疎通をアイコンタクトだけでやってしまうこの二人はすごいな。
 ジンさんは早速事務所を出て行動を開始した。
「ジンさんには何も伝えていないのに、大丈夫なんですか?」
「えぇ、彼に任せておいてください。それよりも坂口さん、自分のことについてもう一度考えてみましょう。なんどもお聞きするようですが、今回は何のためにこういった行動を起こそうと思ったのですか?」
「はい。家族を守るため。そしてこの日本を守るためです。そもそも、リンケージ・セキュリティがやっていること自体に疑問があるのです。この会社は表向きはセキュリティ会社ですが、裏は旧日本政府、相志党が有利に動くように組織されたものです。そしてリンケージ・セキュリティの社長。彼は今では逆に、相志党を影から動かすドンになっているとうわさされています。そんな、一人の思いで日本を動かされてたまるか。そうならないためにも、安心して自分たちが暮らせる社会をつくらないと」
 これは再三口にしたはず。なのに言葉にするたびにその思いが強くなり、さらに具体的になってきていることに自分でも気づいた。
「わかりました。では早速坂口さんのこれからの行動に対してコーチングで引き出していくことにしましょう」
「よろしくお願いします」
 私は羽賀さんに、そう力強く返事をした。

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