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コーチ物語 クライアント17「届け、この想い」その7

「ねぇ、舞衣さん。私の役目を取らないでよ」
 横からミクが 不満そうな顔で割り込んできた。そういえば今日はミクからコーチングを受ける予定だったんだ。それを見事に舞衣さんがコーチングしてくれるものだから。ミクのヤツ、ヤキモチをやいたかな?
「ごめんごめん。でもさ、素人の私の目から見てもトシくんの答えは見え見えなんだから。ミク、あとはうまく引き出してあげてよ」
「もっちろん。さぁ、トシ、観念して白状しなさい!」
「おいおい、それじゃぁ取調べじゃないか。思わず『私がやりました』って自白しちゃうところだったぞ」
 お店の中は笑いで包まれた。そのあとすぐにお花を買いに来たお客さんが来たので、お茶会はここで解散。ボクとミクは二階の羽賀さんの事務所へと場所を移動した。
「でさ、あらためて聞くけど。トシは将来どうしたいと思っているの?」
 ソファに腰をおろすやいなや、ミクはボクに核心をつく質問をしてきた。それについてはまだおおまかではあるが見えてきたところはある。
「たぶん話したと思うけど。やはりボクは葉山美容クリニックを継がなきゃいけないと思ってる。最初は親の敷いたレールだと思っていたけど。でも今はちょっと違っている」
「違ってるって、どんなふうに?」
「うん、やっぱ医者にはなりたいんだ。それも、美容外科という分野の。うちの両親の仕事をあらためて見ると、多くの患者さんに感謝されているんだなって感じてる。特に女性にね」
「そうだね、美容外科だからね」
「あぁ。それが金儲け主義だと思っていた時期もあったんだ。けれど美容整形をすることで、大きな自信と新しい人生を得られた人もたくさんいる。人に喜んでもらった数が成功の数だって何かで読んだことがある。
「それ、私も羽賀さんから聞いたよ」
「うん。だからもっと多くの人を喜ばせてあげたい。ボクの手でそれをやり遂げたい。そう考えるようになったんだ。そう考えたら、一番の近道はこれだと思った」
「これって?」
「うちの両親のあとを継ぐこと。せっかく両親が築き上げた基礎があるんだから。それをもっと広げていくことがボクに課せられた使命なんじゃないかって。そう考えた」
 そう考えた。口ではそう言ったものの、実のところ今頭に思い描いたことを言葉にしているだけであった。ミクにはさも前から考えていたような口ぶりで話してはいるが。そうか、これがボクの中にあった答えなんだ。それを自覚しながら話をしている自分がいることに気づいた。
「そこまで答えが出ているんじゃない。だったら悩むことはないとおもうけどな」
「でも……」
 ボクは自分の言葉につい反論をしてしまった。どうして「でも」なのだろう。何が嫌なのだろう。自分の言葉に疑問を持ちつつも、素直になれない自分がそこにいる。
「でも?」
「うちの両親、特に母さんはボクのこの気持ちを分かってくれるかなぁ。うちの両親は、ただ単に自分たちが築きあげてきたものをそのまま継続して欲しいだけなんじゃないかな。そりゃ、葉山美容クリニックが他の人手に渡ったり、一代で潰れたりしたら大変なことになるからね」
「なるほど、トシのご両親はそう考えているんじゃないかって、トシは思っているんだね。それって確かなの?」
「確かかって?」
 そう言われると確証はない。ただボクがそう思い込んでいるだけなのかもしれない。ただ両親に反発をしたいだけなのかもしれない。そうだとしても、それを認めたくない自分がいる。
「私ね、今のトシの話を聞いて感じたことがあるの。言っていい?」
「あぁ、いいよ」
 ミクはいつになく真剣な顔でボクを見つめる。それは、はしゃいではじけているミクではなく、コーチとしてのミクの顔であった。
「トシもご両親も、想いを伝え合っていないだけじゃないかって感じたの。お互いに受け入れるつもりがあっても、いざというときにそれを伝えていない。だから勝手に相手のことを推測しているだけ。それも悪い方にね。それがさらに伝え合うことを妨げているんじゃないかしら」
 ミクの言葉に、何も言うことができなかった。まさにその通りだ。このとき、さっき届けものをした石上めぐみさんの顔が浮かんだ。彼女もお母さんの言葉に耳を貸そうとしなかった。けれど心の奥では、お母さんに認めてもらいたいという想いがあった。そしてようやくお母さんの言葉に耳を傾けることができた。
 さっき舞衣さんたちと話をしたときに、ボクは「相手を受け入れることの大切さ」を切々と語ったじゃないか。なのにボクがそれをやっていない。まずはボクが心を開かないと、母さんも心を開いてくれるはずがない。
「ミク、ありがとう。なんだかふっきれたよ。もう一度実家に帰って、しっかりとボクの想いを伝えてみるよ。うん、ボクの進路は決まった。やはり実家を継ぐ方向でいろいろと考えてみる」
「うん、それでいいよ、それで。トシだったら必ずやれるって」
 そのとき、事務所の玄関の扉がガチャリと開いた。
「ただいまー。あ、トシくん」
 現れたのは羽賀さん。チノパンにジャケット、そして背中にリュック。手には自転車のヘルメット。どこからどうみてもアンバランスな格好なのだが、この人にはこれがよく似合うから不思議だ。
「トシくん、今日はありがとう。あのあとクライアントさんからメールがきてね。娘さんから電話があったって。クライアントさん、よろこんでたよ」
「そうですか、それはよかった。お母さんの想いが娘さんに届いたんですね」
「あぁ、これもトシくんのおかげだよ。お礼といってはなんだけど、今夜晩ご飯一緒にどうかな? もちろんボクのおごりで」
「わぁ、いいなぁ。もちろん私も一緒に行っていいんでしょ」
 ボクの返事より早く、ミクの方が羽賀さんにおねだりをしてきた。ミクの言葉は一見するとワガママにも見えるけど、そう思わせないところがすごいところだ。まぁボクが勝手にミクに惚れているっていうのもあるけど。
「わかった、わかった。そのかわり仕事は最後までやってもらうよ」
「えっ、仕事って? 今特に急ぎのはなかったと思うけど……」
 ミクの言葉に、羽賀さんはボクの方をツンツンと指さしている。あ、なるほど。ボクの相談を最後までしっかりと面倒見なさいってことか。
「ボクがいるとやりづらいだろうから。一旦席をはずすね。トシくん、ミクにしっかりコーチングしてもらってね」
「はい、ありがとうございます」
 本当は羽賀さんにコーチングしてもらいたい気持ちはあったんだけど。でも羽賀さんがミクに任せたんだから。そこは最後まで面倒をみてもらうか。
 羽賀さんは事務所を出ていき、またミクと二人っきりになった。よく考えたら最高のシチュエーションなんだけどなぁ。でも今はボクの課題をしっかりとやり遂げることの方が大事だ。
「で、どこまで話したっけ?」
 ミクの問いかけにボクは頭を悩ませた。
「あ、そういえば……羽賀さんの登場でわかんなくなっちまったな」
「まぁいいわ。で、結局トシはどうしたいの? 三十文字以内で簡潔に答えなさい。あ、句読点も含むからね」
 ミクの軽いジョークにちょっと気持ちが軽くなった。あらためて冷静になって自分のやりたいことを考えた。
「ボクは両親の跡を継ぐ。けれどボクのやり方で経営をさせてもらう。そのことを両親に告げる。これでどうかな?」
「うぅん、たぶん三十文字は超えているけど。まぁいいわ、合格にしましょ」
 ボクの答えにミクも納得してくれたみたいだ。
「じゃぁ、それはいつ実行するの?」
 この質問には即答できなかった。やろう、という意志があっても具体的な日時を決めようとすると、つい言い訳をしたくなる。
「うぅん、うちの両親は忙しい人だからなぁ。昨日もボクが久々に実家に帰ってきたのに、自分の言いたいことを言ってすぐにいなくなったし。何か一泡吹かせたいところなんだけど。」
 そう思ったとき、ふとあるアイデアが頭を横切った。
「ミク、今おもしろいことひらめいたんだけど」
「ん、何?」
「どうせなら……」
 ボクのアイデアを一通り話したら、ミクもニンマリと笑みを浮かべた。
「そういうの、大好き。じゃぁ早速行動開始しなきゃ。まずは百合さんに協力をしてもらわないとね」
 ミクは早速妹の百合に連絡。そしてボクのひらめいた作戦が決行された。

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