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コーチ物語・クライアントファイル6 私の役割 その3

「え、そ、そうなのか。だったら四星商事に顔が利くのか? ちょっとその羽賀さんを紹介してくれないか!」
 弘樹さんの目が変わった。何かあせっている様子もうかがえる。
「え、えぇ、いいけれど……」
「四星商事か……これでなんとかつながればいいんだけれど……」
 弘樹さんはこんな独り言をぶつぶつと繰り返し、ビールを一気に飲み干した。
 翌日、私は早速羽賀さんのところへ真っ先にうかがった。ちょっと朝早かったかしら。そう思いながらもドアをノック。
「羽賀さん、吉田ですけど。ちょっといいですか?」
 何やら奥で物音がする。羽賀さん、起きてはいるみたいね。そっとドアノブに手をかけると、鍵は開いている。
「失礼しまーす」
 そう言いながら部屋に入って様子をうかがう。二階にはほとんど来たことがなかったけれど、結構綺麗にしているのね。ミクちゃんや舞衣さんが片付けているのかしら?
「ふぁぁい、あ、吉田さん、おはよー」
 寝ぼけ眼の羽賀さんが、奥の仕切りのカーテンから登場。
「ちょ、ちょっと羽賀さん、眠いのはわかるけど。ズボンくらい履いてくださいよ」
「えっ、あっ、いけねぇっ。ちょっと待っててください」
 羽賀さん、大慌てでカーテンの奥に引っ込む。
「まったく、私が既婚者だからよかったけど。これが舞衣さんやミクちゃんだったら大変なことよ」
 いつもはキリッとした羽賀さんしか見ていないから、なんだか笑えてきた。こんな一面もあるんだな。
「お待たせしました」
 今度はいつもの格好の羽賀さんスタイル。うん、やっぱこっちのほうがキマってるね。ただし、ちょっと寝ぐせがついてるのがお茶目だけど。
「で、今日は朝早くからどうしたんですか?」
「昨日の話しのことなんだけど。弘樹さんが羽賀さんを紹介してくれないかっていうことなの。四星商事の元営業マンだって言ったら、眼の色が変わっちゃって。ね、なんとか弘樹さんの力になってくれないかな?」
 羽賀さん、ちょっと考えてる。そして顔を上げて私にこう言った。
「わかった、力になるよ。これはボクの責任でもあるし」
 羽賀さんの責任? どういうことだろう。
「とりあえず旦那さんに会いに行こう。詳しい話はこれからだ。すぐにでもアポはとれるかな?」
「えぇ、大丈夫だと思います。じゃぁ電話かけてみますね」
 早速弘樹さんに電話をしてみた。すると向こうはいつでもOKとのこと。
「じゃぁ早速陽光工業に伺いましょう。それと吉田さん、舞衣さんに言って一緒に行く時間を作ってもらえるかな?」
「えっ、私も一緒に行くの?」
「はい、吉田さんの力が必要になると思いますので」
 舞衣さんに断りを入れて、時間を作らせてもらった。忙しいのにごめんなさい。そして私の車で陽光工業へ。羽賀さん、普段は自転車だからね。
「あ、吉田さん。ちょっと旦那さんに電話してもらってもいいですか?」
「はい」
 そう言って羽賀さんは弘樹さんと話を始めた。どうやら弘樹さんだけでなく社長や経営幹部など主だった方たちとも会いたいとのこと。これは了承をもらったようだ。
「旦那さん、良い人ですね」
「うん、ゴミの日は弘樹さんから率先してゴミ出ししてくれるし、掃除とか片づけとかも結構細かくやってくれるんですよ。それに園芸が好きで、庭にちょっとした花とか野菜とかを植えているんですけど、私以上に細かく世話をしてくれるんです」
 それから私は、陽光工業に到着するまでずっと弘樹さんの話を羽賀さんにしていた。羽賀さんはしっかりと聴いてくれるし、いろいろと質問もしてくれるおかげで、到着する頃には弘樹さんがすっかり「自慢のダンナ」になっていた。
 そして陽光工業に到着。玄関では弘樹さんだけでなく社長と幹部たちが羽賀さんの到着を待ち構えていた。羽賀さんは早速名刺交換。羽賀さんはチノパンにジャケット、ノーネクタイという格好なのに、いかにもビジネスマンという印象を与えてくれる。これには驚きだ。
「早速ですが本題に入らせていただきます」
 羽賀さん、会議室に通されてそうそう話を始めた。私は会議室の隅の方にちょこんと座ってその成り行きを眺めている。私ってどうして連れてこられたんだろう? 私の力が必要になるって羽賀さん言っていたけれど。それってどういうことなんだろう?
「私が今からある占いをして、今起こっている事態を当ててみせます。もしすべて当たっているとしたら、これから起こることを予言します」
 羽賀さんの言葉に、今ひとつうさんくささを感じている陽光工業の社長や幹部社員。ただ一人、真剣な目つきで見ているのは弘樹さん一人であった。
「事の発端ははまな銀行が突然融資を断ってきた。それは間違いないですね」
「えぇ、確かに突然でした」
 羽賀さんの問いに弘樹さんが答える。羽賀さんはホワイトボードにそのことを書いて次の言葉を発した。
「そもそもこの融資は、新商品の製造で必要な設備や材料を買いそろえるために必要な資金を調達するため。さらにさかのぼると、この新商品の購入に目をつけたのは四星オプティカル。こちらが売り込んだわけでもなく、相手の方から先に打診があった」
 これについては、社員の一部しか知らない事実みたい。社長を始め幹部の顔色がここで変わった。羽賀さんは言葉を続けた。
「そもそも今回の新商品で使われた技術は、陽光工業がずっと前から開発を続けてきた特許技術。それをいざ市場に売り出そうとしたところなので、陽光工業としては四星オプティカルの申し出に対してすぐに反応した。もちろん、購入量や価格も申し分なし。こちらとしては渡りに船で、のらない理由はない。そうですよね」
 この言葉に、陽光商事側の社員はすべて首を縦に振った。

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