コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第七章 日本を動かすもの その3
私は東京大学の法学部を卒業。その後、ハーバード大学にわたり経営に関しての勉強をしてきた。その後、MBAを取得。そして帰国後は榊元首相の政策秘書となり、数多くの法案を成立させてきた。そのときの才能を見込まれて、佐伯孝蔵様のもとで働くことに。そして今では実質日本を裏で支える仕事に就いている。
つまり、私は優秀な人財であり、そのあたりにいる連中とはわけが違う。そのくらいの自負がないと、今のこの仕事をやっていけないのも事実ではあるが。
その私が今、目の前にいる蒼樹和雄という元秘書長である男と、コーチングをやっている羽賀純一という二人の男に「困らせてやる」と宣言されているという状況に陥っている。
どうしてこの私がこんな目に合わなければならないのだ。こんなのは私の仕事ではない。排除するべきだ。
そう心で思っていても、現実は目の前にある。
大したことない、こんな連中。そう考えていても不安は残る。この連中、一体何をしでかすつもりだ?
そもそも、この人工知能の佐伯孝蔵様はおそらく生身の佐伯様よりも有能はなずだ。人間には気まぐれという要素が含まれているが、この人工知能にはそういったものはプログラミングされていない。佐伯様のロジカル的な考え方がそのまま移植されている。だかから常に正しい判断を下す。
それに加えて私がサポートするのだから。その二人に何を仕掛けようというのだろうか。
「飯島さん、この人工知能の佐伯孝蔵は基本的には佐伯孝蔵が生きている時の思考回路を元にプログラミングされているのですよね?」
羽賀コーチがそんな当たり前というような質問を投げかけてきた。
「もちろん、その通りだ。今まで数々の問題をこの人工知能の佐伯様が解決してきた。何も恐れるものはない」
「なるほど、ありがとうございます」
羽賀コーチと蒼樹は再び何やら相談に入った。そして今度は蒼樹が私に質問をしてきた。
「飯島さんはこの人工知能が下した判断を信じていらっしゃる。そういうことですね?」
「あぁ、その通りだ」
「なるほど、ありがとうございます」
そして再び、二人が何やら相談をしている。残念ながらその声は聞こえてこないが、時折見せる笑顔がいやらしい。
「じゃぁもう一つ質問してもいいですか?」
今度はまた羽賀コーチが私に質問をしてきた。
「えぇ、どうぞ」
「飯島さんの下した判断とこちらの人工知能が下した判断。これが違ったときにはどのように対処するのですか?」
「私と佐伯様が下した判断、これが異なったことは今まで一度もありません。私は自分の判断の確認のために、この佐伯様の意見をお伺いしているだけです」
私は自信を持ってそう答えた。これは誇張でもなく、今まで一度たりとも二人の判断が異なったことはない。だからこそ、私は佐伯孝蔵様の後継者として今ここにいるのだから。
「なるほど。今までにはそういうことはなかった、と。じゃぁ仮に意見が違ったときには?」
「そんなことはありえないっ」
私はそう断言した。そう言えるだけの確固たる自信があるから。
「わかりました。ありがとうございます」
そう言う羽賀コーチが最後にニヤリとわらったのを私は見逃さなかった。
「それではぜひ飯島さんとこちらの人工知能に答えていただきたいことがあります。よろしいでしょうか?」
「えぇ、なんなりと」
相手も妙な自信を持っている。一体何を言い出すのか?
「まずお聞きしたいこと、それはあなたがたは日本をどのように導きたいと思っているのか。そこをお答えいただきたい」
何を言い出すのかと思えばそんなことか。
「ワシはな………」
人工知能の佐伯様が先にその答えを話し始めてしまった。
「ちょっと待って、先に飯島さんから………」
羽賀コーチがそういうのも聞かず、人工知能の佐伯様は話を続けた。
「ワシはな、あくまでも日本という国を守るためにいろいろなことをやっておる。今の官僚どもは考えが甘いっ。日本は常に海外からの情報攻撃にさらされておるのに、見えない敵に関して認識がないから外交問題でつけ入れられるのじゃ。じゃから、ワシが守らねばならん」
一気にしゃべり尽くす人工知能の佐伯様。
「やはりそうだったか。ありがとうございます」
何がやはりなのだろうか? だが私も佐伯様と全く同じ考えだ。
「では飯島さんは? まぁ後から同じだと答えれば済むものですがね」
「そんなことは言わないが、やはり私も佐伯様と同じ考えですよ。私は榊元首相の時に政策秘書をやらせていただきました。そのときに、イヤというほど諸外国からの攻撃を受けましたから、そこは身に染みています。だからこそ、日本を守るためにも情報は必要です」
「まぁ、そう答えるだろうと予想はしていましたが。逆に人工知能の後から答えてもらっても、人工知能も私たちの会話を聞いて解析をしているようですから同じような答えを並べることでしょうね」
なんだか私達が馬鹿にされているような感じを受ける。だが実際には同じ思いを持っていたとしても後から答えるほうが先に出した答えに合わせればそう感じてしまうだろう。
「だったらどうだというのかね。私と佐伯様は同じ答えを出すと言っているではないか」
私は毅然とした態度で羽賀コーチそう伝えた。
「いえいえ、これからが本番ですから。ではもう一つ質問ですが、これはお互いに答えてもらう前に、答えの公平性をもってもらうためのことを行なっていただきます」
「なんだね、それは?」
佐伯様のほうが先にそう答えた。
「なんてことはありません。同時にその答えを聞かせてもらいます。ただし、お互いに言っていることを聞きながら合わせてもらっては困りますので。この佐伯孝蔵の声の音量はしぼれますよね?」
「そんなのたやすいことじゃ。このくらいでどうじゃ」
人工知能の佐伯様は自分の判断で音量を絞った。そのくらいのことはわけない。そういうプログラムをしているのだから。
「じゃぁ飯島さんは障子のこちら側に来ていただき、ボクに答えを耳打ちしてください。人工知能の方は蒼樹さん、聞き取りをお願いしますね」
蒼樹は黙ってうなずき、佐伯様の声が出るスピーカーに耳を近づけた。私は羽賀コーチと一緒に障子の向こう側に移動。
「ではお二人に質問させて頂きます。あなたは何者ですか?」
えっ、どういうことだ?
「羽賀さん、それはどういう意味なのですか?」
「文字通り、そういう意味です。さぁ、答えてみてください」
それにどのような意味があるのだろうか? 私は素直に自分のことを伝えてみた。
「私は飯島夏樹。今は佐伯様の後継者として、さらにはリンケージ・セキュリティの秘書長として仕事をしている」
わざわざ自分の経歴まで言う必要はないだろう。耳を澄ますと、かすかではあるが佐伯様の呟く声が聞こえる。ただし、なんと言っているのかはわからない。
私が短くまとめたのに対し、佐伯様は長々としゃべっているようだ。確かに佐伯様の性格だったら、このような曖昧な質問に対しては自分の持っている情報をいろいろと喋りたがるはずだ。
えっ、佐伯様の性格だったら色々喋りたがる。だが私はものごとを簡潔に伝える方である。ということは………しまった、はめられたっ!
「羽賀さん、終わりましたよ」
「蒼樹さん、ありがとうございます。では向こうに行きましょう」
気づいたときには遅かった。佐伯様の答えが終わった時だった。
「さて、まずはボクの方からどのような答だったかを言わせてもらいますね」
羽賀コーチは先程私が言った通りのことを簡潔に伝えた。
「では蒼樹さん、佐伯孝蔵はなんと答えましたか?」
蒼樹はメモを見ながら話を始めた。
「ワシは日本を裏で操る男である。だれもワシのことを遮ることはできない。ワシが一番にやるべきこと、それは日本の情報を裏で守り、さらには日本という国を裏から守ること。だからワシは裏で日本を操る男として君臨しておかねばならない。それから………」
「もういいっ、私の負けだっ」
まるで将棋で詰められた、そんな敗北感を感じた。
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