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コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第三章 真実とともに その4

 今回の大磯との打ち合わせは、今回の人工衛星に関する情報が羽賀さんたちの手によって友民党にリークされたことに対しての今後の対応についてである。といってもその打ち合わせはポーズだけである。なにしろ、その裏には私たちの活動があったのだから。
 だが、この部屋自体どこで盗聴されているかわからない。社内では裏の活動に関しての話は一切禁句としている。だから私も大磯も、他人事のようにして会話を続ける。
「しかし、石塚が事故で死んでしまったのは驚いたな」
 突然大磯からそんな言葉が飛び出した。表向きは石塚さんは私たちの敵として今まで激しい攻防をしてきた関係である。
 本来、相手のハッカーがどんな素性の人間なのかを知ることはありえない。だが石塚さんに関しては別だ。私たちの敵が信和商事であり、そこに務めている石塚さんが天才的なハッカーであることは私たちの世界ではすでに知れ渡っていることなのだから。
 そんな石塚さんが危険を犯してまで行ってきた今回の機密情報の漏洩問題。これは信和商事としては大きな痛手であることは間違いない。
「石塚さんが亡くなったのは、私たちにとってはありがたい事なのでしょうが。けれど、なんだかちょっと物足りなくなりますね」
 あえて皮肉っぽくそう言ってみた。すると大磯は意外な言葉を発した。
「坂口くん、私はね、本当に惜しい人を亡くしたと思っているよ。もちろん、私たちにとっては邪魔な存在ではあったけれど。でも、石塚のあの力をもっといい方向に活用すれば、この日本もさらに良い国になるのだろうがなぁ」
 実際にそうしようとしていた矢先の事件であった。そんなことをあえてこの場で口にするなんて。大磯は何を考えているのだろう?
「まぁ、石塚さんほどの天才的なハッカーが今後私たちの敵にならないことを祈るだけですけどね。じゃぁ、さっきの話の続きをしましょう」
 そう言って私は話題を元に戻した。しかし、大磯は何を思って突然石塚さんの話をしてきたのだろうか? その意図がわからないまま、その日の打ち合わせは終了となった。
 その日以来、私は妙な視線を感じるようになってきた。自意識過剰なのかもしれないが、ひょっとしたら私は誰かに監視されているのかもしれない。
 これは羽賀さんのところに行ったからなのか? それを誰かに目撃されていたから、私の素行を監視されているのか?
 しばらくは私たちの裏の活動も休止することにしている。安全に安全を重ねないと、どこで秘密がバレてしまうかわからない。しかし、今回の事件はどう考えても私たちの裏のメンバーの誰かがどこかに情報をリークしたとしか思えない。それが誰なのか、早くジンさんの報告を聞きたいところだ。
 そんな調子で羽賀さんのところを訪れてから五日ほどが経過した。その日、私が自宅に帰ろうとしたときに、一人の女性が声をかけてきた。
「坂口さん、ですよね?」
 その女性は自転車のヘルメットを小脇に抱え、ショートパンツにメッセンジャーバッグという典型的な自転車乗りの格好をしている。とてもボーイッシュでかわいらしい女性だ。ただ、胸が小さいのが欠点ではあるが。
「はい、そうですが」
 いつもなら警戒してそんなにすぐには返事をしないのだが、意外な相手から声をかけられてうっかりそう返事をしてしまった。
「よかった。これ、羽賀さんからのメッセージです」
 そういって一枚の紙を渡された。そこにはただQRコードが描かれているだけである。私はそれを見ただけですべてを把握した。なるほど、これに情報が掲載されているのだな。
 私はその紙を無造作にポケットに入れた。が、実は無造作ではない。私のズボンのポケットは二重になっている。大事なものは奥の隠しポケットに入れておくのだ。そうすることでそれをなくすことはない。
 だが、周りから見れば無造作にポケットに突っ込んだように見える。そのため、何かまずいことが起きたときには
「ズボンのポケットに入れてたのでどこかで落としたみたいです」
と言い訳ができる。今回もそのように警戒をしてみた。
「じゃ、私はこれで」
 その女性は脇においていた自転車にまたがって、さっそうとその場を去っていった。羽賀さんのところにはあんな女の子もいるんだなぁ。
 私はそのQRコードに込められている羽賀さんからのメッセージを今すぐにでも読みたい気持ちを押さえて、早々と家路についた。家に帰ってからもすぐにはそれを取り出さず、家族と夕食を食べて書斎でのんびりする時間をあえて作ってからその情報の解析を始めることにした。
 QRコードは携帯電話から読み取ることができる。羽賀さんからの情報は、おそらくはテキストデータだけだと思う。早速それを展開。
 すると、そこには文章が書かれてあった。
「どれどれ……」
 私は携帯電話の画面にびっしりと埋まった文字を読み出す。
「なるほど、さっきの女の子は羽賀さんのところにきているアルバイトのアシスタントなんだ」
 最初はあの女の子の紹介が書かれてあった。名前はミクというらしい。今後、時々顔を合わせることがあるだろうからよろしくということである。
 そしていよいよ本題。
「えっ、これどういう意味だ?」
 私は目を疑った。羽賀さんからの報告はこうだった。
 まずは今回関わった四人のメンバーについて、現在の簡単な素行が報告されていた。だがそこには特に不審な点は見当たらないとのこと。
 続いて、今回石塚さんがどうして亡くなったのかについての分析が書かれていた。するとここで意外な事実が判明。
「石塚氏は今回の行動について、自分の会社である信和商事と敵対するリンケージ・セキュリティの双方に匿名で情報をリークしていた形跡がある」
 どういうことだ? どうして自分の行動をあえて双方に流す必要があったのだ? 石塚さんは何を考えていたのだ?
 どうしてそんな結論に至ったのか、そこまでは残念ながら羽賀さんのレポートには記載されていなかった。が、気になる一言は書かれてあった。
「石塚氏は二人いる可能性がある」
 これはどういうことだ? 石塚さんが二人いるって、意味が分からない。
 羽賀さんのレポートは残念ながらここまで。続きはまた詳細がわかり次第連絡するとの旨が記してあった。
 石塚さんが二人いる。ということは、亡くなった石塚さんとは別の石塚さんが今回の情報を匿名でリークしていたことになるのか。
 と、表面上では納得したつもりでも、まったく納得することはできない。そもそも石塚さんが二人いるということの意味がわからないのだから。
 それにしても、羽賀さんはこの情報をどこから仕入れたのだろうか。情報元は本当に信頼できるのだろうか? まずはそこを疑ってしまった。
 けれど、今羽賀さんのもとへ動くのは得策ではない。例の妙な視線は今も続いている。ひょっとしたら、この部屋の中にも盗聴器か隠しカメラが仕込まれいるかもしれない。そんな疑いを持ってしまう。
 ということは、この携帯に入れた情報もすぐに消してしまわないと。ただ削除するだけでは痕跡が残る。こういうときのために、余計なデータは確実に消せるような特別なプログラムを仕込んでいる。
 ミクさんからもらったこのQRコードもすぐに燃やしてしまおう。
 私はろうそくを取り出し、そこに火を灯し、部屋の灯りを消す。さすがにこの暗さだと監視カメラも細かい作業までは見ることができないはずだ。
 そしてQRコードの書かれた紙を取り出し、ろうそくの炎で全てを燃やし尽くした。これで証拠は残らない。
 その後、私は真っ暗な部屋の中でろうそくの灯りを見つめて瞑想を行った。実はこの瞑想は私の日課でもある。そのため、今までの一連の動作に不審な点は無いはずだ。
 瞑想しながら頭の中に浮かんでくるのは、石塚さんが二人いるという言葉。石塚さんは実は双子だったとか。しかしそんな話を聞いたことがない。それに双子だからといって、今回のような事になるとは思えないし。
 頭の中が混乱してきた。瞑想が迷走になってしまう。落ち着くどころか、逆に焦りの色が見えてきてしまった。
「ふぅ、落ち着かないな」
 私は瞑想をやめ、部屋の灯りをつけた。そのとき、背中に違和感が走った。と同時に何かが私の体の中に入ってくる感覚が。
「えっ!?」
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。が、次の瞬間、私の眼の前に真っ黒の格好をした人物が見えた。
 その人物はとっさに窓から飛び出して行った。なんだったんだ。
 ここで私はようやく気づいた。私の背中に、一本のナイフが刺さっていることを。
 その直後、私の意識がどんどん遠くに行くのを感じた。

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