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コーチ物語 クライアント25「カフェ・シェリーの物語」その4

「羽賀さん、なんだかやる気が出てきましたよ。私は私の味を西脇さんのコーヒーで出してみたい。そう思いました」
「先生、その意気ですよ。私も早く先生が淹れる究極のコーヒーを飲んでみたい。そう思いました」
「羽賀さん、ありがとうございます」
 羽賀さんのその言葉は私をとても勇気づけてくれた。その翌週の週末、私は早速西脇さんのペンションに訪問することにした。このとき、マイも一緒に連れて行く事に。
 するとマイの方からこんな言葉が。
「どうせ行くなら宿泊にしようよ」
「宿泊って、おい、一緒にか?」
「もちろん。ダメ?」
 この頃には私はなぜかマイと行動を共にすることが多くなっていた。といっても恋人という感覚ではなく、あくまでも教え子という見方でしかなかったのだが。
 しかし、次第に女性として意識をし始めているのも確かである。なにしろ若いだけではなくマイは客観的に見ても美人である。高校生の頃はまだそこまで意識をしていなかったが、女子大生になってからは化粧も覚えて妙に色気づいて。一緒に歩いていると、気恥ずかしさもあるが嬉しさもある。
 そのマイから宿泊の誘いがきた。男としてはちょっと胸が高鳴る。
「じゃぁ、一緒に行くか」
「うん」
 マイは私のことをどう思っているのだろう? まだ先生のつもりなのか。それとも男として見てくれているのか。その真意が見えない。
 これは羽賀さんに相談するべきだろうか? いや、そんなのは野暮な話だ。恋愛くらいは自分でケリを付けなければ。
 とはいえ、正直ドキドキする。女性とこうやってつきあうのは久しぶりである。でも、マイにはちゃんとあのことを話しておかなければならない。私がなぜ今独身でいるのか。これはちゃんと話さないといけないことだ。
 そして西脇さんのペンションに行く日。当然ながら私の車で向かうことに。マイが助手席に乗るのは最近では当たり前のこととなっている。そのことではもうドキドキする事はない。しかし、あの話をしなければ、ということ。このことでいつもよりなぜか緊張している私がいる。
「先生、今日はどうしたの?」
 マイはカンが鋭い。私の様子がいつもと違うことをすぐに見抜いた。
「い、いや、なんでもないよ、なんでも」
「うそっ、だってもう動揺してるじゃない」
 まったく、いつ話すかタイミングを見計らっているのに。少し冷や汗。
「何か話があるんじゃないの?」
 しばらく沈黙。そして大きく深呼吸。
「マイ、こうやって私と一緒に行動していて楽しいか?」
「うん、もちろん楽しいよ。先生と一緒だといろいろ学べるし。羽賀さんのおかげで新しい知識も得られたし。私ね、これから心理学をもっと勉強したいなって思っているの。今の大学は英語専攻だけど」
「そういえば、マイはどうして英語を専攻したんだ?」
「だって、先生が英語をやってるから」
 えっ、どういうことだ? 意味がわからない。
 きょとんとしている私に、マイはさらに言葉を続けた。
「先生が英語をやっているから、もっと私も英語を勉強したほうがいいのかなって。そう思ったの。だから英語専攻を始めたんだけど。でも、先生は英語をやっている時よりも成功の話とかいろんな人の講演会の話をしている方がいきいきしているなって。特に羽賀さんにコーチングを学んでいる時はね」
「そう見えるか?」
 確かにそうかもしれない。英語はずっとやってきているから、当たり前になっているが。最近は羽賀さんからコーチングを学び始めて、カウンセリングや心理学といった分野にも興味を持ち始めている。
「うん、だから今度は心理学をもっと勉強しなきゃって。そうすることで、先生の役に立てるでしょ」
「あ、あぁ、そうだな」
 マイが言っていること。これが何を意味しているのか。私の思考回路はそんなにうまくはできていない。けれど、きっとそうだろうという意識が働いているのも確かだ。
「で、先生の話は?」
 マイが話を戻そうとする。だが、この話をする前にきちんと確認しなければならないことがある。それを確かめないと、この話はマイにとってはとても重たいものに感じるだろう。
「マイ、お前にもう一つ聞きたいことがあるんだが」
「ん、何?」
 ここでも一度大きく深呼吸。これはさすがにドキドキする。とにかくさりげなく聞くことにしよう。
「マイ、お前は私のことをどう思っているんだ?」
「どうって?」
 おい、気づけよ。他のことじゃカンが鋭いのに、どうしてこういうことになると鈍いんだ。
「ズバリ聞くぞ。お前は私のことを先生としか見ていないのか。それとも男性として意識をしてくれているのか。どっちなんだ?」
 言った。心のなかでは冷や汗がどんどん出ている。が、あくまでも冷静な気持で運転を続ける。
 マイはなんと答えるのだろうか。その言葉が出てくるまでがとても長く感じる。いや、事実マイはなかなか答えを出してくれない。
 聞くべきじゃなかったのかもしれない。今の関係のまま、ずっといられれば。それでもよかったのに。これを聞くことで関係が崩れるのかもしれない。
 そんなことが頭のなかをグルグルとめぐる。そのとき、不意にマイが言葉を発した。
「ってか、先生はどうなの?」
「えっ!?」
 思わずハンドルを切りそこねるところだった。まさか質問返しがくるとは。
「こういうことは男性から言うべきものじゃないかなって。そう思うんだけどなぁ」
 うっ、まさかそんな答えが返ってくるとは。
 そこからしばらくの沈黙が続く。そして私はちょっと考え、そして意を決してこんな答えを出した。
「わかった。その答えはここで言うのもなんだから。西脇さんのペンションに行く前に、寄ろうと思っていた展望台があるから。そこで答えるよ」
「うん、わかった」
 久々の緊張が私の身体を走る。女性に自分の思いを伝えるのは今までに何度もあった。だが今回は今までのものとは違う。これが私のこの前を左右するかもしれない。そう思うとドキドキする。

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