コーチ物語 クライアント27「見えない糸、見えない意図」その8
「じゃぁ、こいつはどう見えました?」
今井さんが畑中さんについての意見に振る。これも最初にみずきが答えた。
「うーんとね、畑中さんってなんだかおとなしそう。今井さんが軽い遊び人だとしたら、畑中さんって真面目な人って印象かな」
それに対して畑中さんはちょっと愛想笑い。見た目はいい男なんだけど、そういうところの押しが弱いかなぁ。
「じゃぁ、真澄さんはどう感じたの?」
いよいよ私の番だ。さっき今井さんに伝えた時より心臓がバクバクしている。もしここで嫌われたらどうしよう。
でもここはミクの言葉を信じよう。
「そうですね。畑中さんってみずきが言ったように真面目で誠実な人だなって感じました。話を聴くときには口を挟まずに聴いてくれているから」
ここまではよし。次だ。私は一呼吸おいて言葉を続けた。
「その反面、反応が薄くてこっちの話を聴いてくれているのかなって思う時があるんです。うなずきとかあいづちとかがなくて。それと時々目線が話している人から外れちゃう時があって。そうされると、私だったらこちらの話に興味が無いのかなって感じを受けちゃいます」
言っちゃった。そのあと、畑中さんの顔を見るのがちょっと怖かった。けれどここは思い切って相手と向き合わなきゃ。
「なるほど、そうだったんだ。それで納得しました」
えっ、畑中さんの意外な反応。どういうこと?
「な、何を納得したんですか?」
「いえ、実は私ってお客さんから話しにくい人だって言われてたんです。で、先輩からはお客さんの話をちゃんと聴かないとダメだって教わって。だからジッと話を聴くようにしていたんですけど。それがもっとダメだったんですね」
畑中さんのその言葉を聴いて、なんだかホッとした。さらに畑中さんの言葉は続いた。
「たまに他の方を見ちゃうのも私の悪い癖ですね。話を聴いていて、もっとこうするといいのにな、こう考えるといいのになって思うことがあるんです。そのときにどうやら私って目線を外して考えているみたいですね。これは気づかなかったな」
そうだったんだ。そこで私はまたミクの言葉を思い出した。これを畑中さんに伝えなきゃ。
「コーチングでは頭のなかを空っぽにして相手の話を聴くっていうことをしないといけないんです。判断抜きで相手の話を受け止める。それが必要なんですって」
「なるほど、それはいいことを聴いた。それができれば私も営業マンとしてもっとお客様から信頼を得られるようになるかな」
「きっとなりますよ。ぜひ一緒にがんばっていきましょう」
私、思わず畑中さんの手をとって励ましてしまった。そのあと急に照れくさくなって手をパッと離しちゃったけど。
「あはは、真澄さんとなら一緒に頑張れる気がします。ぜひ一緒にコーチングを勉強していきましょう」
そんなこんなでなんだかいい感じになってきた。このあと、お酒と食事がはずんじゃって。畑中さんも私達に打ち解けたのか、それとも今井さんに引っ張られたせいか、やたらとおしゃべりになっていた。なんだ、生真面目な人かと思っていたら意外にそうでもないんだ。
お店を出て、なぜかみずきは今井さんと、そして私は畑中さんと別々の方向に歩くことに。名目はみずきと私をそれぞれ家に送っていくってことなんだけど。まぁ、みずきとは逆方向になるからちょうどよかったけどね。
そこで畑中さんが私にこんなことを言ってきた。
「さっきは正直に私のことを言ってくれてありがとう。今までそんな風にきちんと言ってくれる人はいなかったから、どこが悪かったのかがわからなかったんだよ」
「え、そ、そうなんですか」
「うん、真澄さんの言葉で自分の何が悪いのかがよくわかった。こういった厳しい言葉も今の自分には必要なんだよなぁ」
ミクの言った通りになっちゃった。
「これから真澄さんとコーチングを一緒に勉強できるのはとても嬉しいですよ。できればコーチングだけじゃなく、時々こうやって会ってもらえますか?」
うそっ、まさかの交際宣言!?
「は、はいっ」
ちょっと声が裏返っちゃった。でもすごくうれしい。今度こそこの恋愛をものにするぞ。今はコーチングという強い味方もついているし。なんだか今までと違ってやれそうな気がしてきた。
畑中さん、今日は紳士的に家まで送ってくれた。いくら私でもまだ会って二回目の人を部屋に上げる勇気はなかった。もしかしたら畑中さん、期待しているかもしれないな。
「あの……また今度、お部屋に招待しますね。だから今夜は……」
「あはは、まだ会って二回目ですからね。私もそんな軽い人だったらちょっと敬遠しちゃいます。もっとお互いを知り合ってから、ゆっくりといきましょうね。それじゃ、今夜はこのへんで。おやすみなさい」
最後まで紳士的な畑中さん。これで私の気持ちはさらに高まった。
翌日、私は早速ミクにお礼も兼ねて事の経緯を電話で報告。
「真澄さん、やったね!」
「うん、ミクのおかげ。ありがとう。私の赤い糸もこれでつながったかな?」
「もちろん、今度はその糸を切らさないようにね」
「今度こそは失敗しないわよ。そのためには彼の気持ちをしっかりと読み取って、何を意図しているかを感じ取らないとね」
「そのための訓練、ビシバシいくわよ〜」
「はい、ミク先生、よろしくお願いします」
うん、これからが楽しみになってきた。それにしてもコーチングってすごいな。最初は人の気持ちがわかるようになるためにっていう動機で始めたことだけど。こんなにも大きな影響があるんだな。
これをもっとうまくやれるようになって、もっと会社でもプライベートでも人の役に立てるようにならないと。そしてなにより、畑中さんのためになれるいい女に成長しないとなぁ。
月曜日、私はみずきにことの次第を報告。
「へぇ、畑中さんとつきあうことになったんだ。今度はうまくやってね」
「うん。で、みずきは今井さんとどうだったの?」
「えっ、えへへ……実は……」
「えぇっ、もしかしたら?」
「ま、まぁね」
「ったくみずきったらぁ」
言葉にはならなくても、みずきが言いたいことはとても伝わってきた。言わなくてもわかるなんて、私もコーチングが上達してきた証拠かな?
<クライアント27 完>
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